生贄姫vs王妃教育

パクパク王妃教育


ジンの用意した王妃教育の『先生』はもちろん、魔族の賢者、子どもの顔したサイラスである。



王妃教育に呼び出され、ベアトリスは一人で魔王城の裏庭に来た。



「こんなところで王妃教育の勉強をするのかしら?」



ベアトリスは裏庭の禍々しい様子に息を飲む。



「お、恐ろしい光景ですわ……」



裏庭には食魔植物が棲息していた。



うねうねした太い茎の先っぽに、人間国でいうヒマワリの花が咲いている。その花に目鼻口の顔がついた珍妙な生物の名は



食魔植物「パクン」だ。



左右に裂けた口の中には凶暴な歯が綺麗に並んでいた。



魔族の中でも最硬度の歯を持つ植物で、噛みつかれたら一瞬で死が訪れる。



ベアトリスが城の影から裏庭を伺うと、パクンはガチンガチン硬い歯音を鳴らして涎まで垂らす。



(加護があるので攻撃されても平気ですが、うかつに襲撃など受けたくないのが女心ですわ)


「では、不本意ながら始める」



いつの間にか隣に立ったサイラスがパチンと指を鳴らすと、ベアトリスの身体が浮く。



「さ、サイラス様?何ですの?!」



ベアトリスは抵抗する間もなく、パクンのテリトリー内に運ばれてしまった。


食魔植物パクンの茎の先っぽがうねうねとベアトリスに照準を合わせる



「王妃教育ではなかったのですか!?」


「これが王妃教育だ」


「魔物に襲われるのがですか?!説明がなさ過ぎますわ!」


「パクンがお前を襲うから、この裏庭からパクンを退けろ。殺せとは言わない。退けるだけでいい」


「どうやって?!」


「最初は何を言っても無駄だ。さっさとやれ。戦闘開始だ」



人間国で曲がりなりにも貴族として生きてきたベアトリスに「戦闘」は程遠い言葉だった。



「ぇええーー!」



素っ頓狂な声を上げて頭を抱えるベアトリスの頭上で、パクンがパクパク口を開けて噛みつくが初代魔王様の加護に阻まれる。



「ちなみに加護の強度観察実験も加味している」


「なんですって?!」


「いや、こっちの話だ」


「いやああ!」



パクンが頭上でガチンガチン狂暴な歯音を鳴らしてベアトリスが叫ぶと、サイラスがクスクス笑う。



ベアトリスはこの状況で笑うサイラスに冷ややかな気持ちになる。何も可笑しくない。



「サイラス様、本気ですか?!私、戦ったことなんてありませんわ!キャア!!」



ベアトリスが迫りくるパクンから隠れたくて頭を隠してしゃがみ込む。サイラスは淡々と口を動かした。



「魔国民は誰もお前を王妃とは認めない。


お前が、弱いからだ」



パクンのガチンガチン鳴る歯音の向こうのサイラスの言葉をベアトリスは何とか聞き取る。



「魔族は極めてシンプル。


強いものに従う。


弱い王妃には、誰も従わない」



弱い王妃を認めたなら、魔王にも不信感が募る。魔王さえも弱くなったのではと疑いが生まれる。



脳筋の魔国民は後先考えず、すぐに暴動を起こすだろう。



脳筋魔国民は力だけは強く、数は多い。束になってアホ魔国民が暴れれば、もう言葉は通じず魔王も力で一掃するしかなくなる。



「弱い王妃など立てば、


魔国『内戦』崩壊まで一直線。


強い魔王と王妃は、この魔国の秩序だ」



サイラスの温度のない言葉は、ベアトリスに深く響いた。



(王妃には強さが必須ですのね)



賢者サイラス先生の言うことには無駄がない。



だがベアトリスはまだ反論する。ガチンガチン凶悪な歯音が耳に痛いが、口が回る限り口を働かせるのはベアトリスの戦闘方法だ。



「私は女性で剣も握ったことがなくて」


「エリアーナと同じだ。彼女も女性で剣を握ったことがない」


「エリアーナ様は魔族で、魔術をお使いですわ!私には魔術は使えませんわ!」


「使えるはずだ。その指輪でな」



サイラスがベアトリスの指にはまった古臭い指輪を指さした。



「初代魔王様の加護を使って戦えということでしょうかキャアー!!」



ベアトリスが食魔植物に齧られるたびに叫ぶのを眺めて、サイラスはケラケラ腹の底から可笑しそうに笑った。



「ケッケケケケケ!細胞の叫びは面白いな」


(細胞ですって?!)



サイラスの笑い声など初めて聞いたが、子どもの狂気染みた笑い声はとても気味が悪い。可愛さの欠片もなかった。



十分笑いきったサイラスは裏庭を去っていく。



「夕方までパクパクされたら帰っていい。本当に食べられたら笑ってやる。できないなら、王妃などやめろ」


「ちょっとサイラス様もう少しヒントぉおお!!いやぁあ!本当に置いて行くのですかぁ?!キャアぁあ!!」



夕方まで裏庭ではベアトリスの叫び声が響き渡った。




夕方になり逃げ出したベアトリスはぐったりしていた。



「あんなパクパクされて、どうやって退けろと?!」



すっかり深夜だが、風呂上りのベアトリスはジンの寝室を訪れるために廊下を歩いていた。ジンに夜に部屋に来るように言われていたのだ。



王妃教育で疲れ果てたベアトリスだが、今度はソワソワしてしまう。



(私たちって新婚ですわよね……そういうその、初夜ってその、いつあるのかしら?!)


『結婚の儀を交わしたんだ。全てに合意のはずだが?』



いつかのジンの台詞がベアトリスの脳内をぐるぐる回っている。



(ま、まさか、今からエッチな王妃教育なんてことが?!)



新米王妃ベアトリスの悩みは尽きない。

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