海をゆく勇者

 ボクたちの真夏の大冒険は目的地に近づくにつれて、道のアップダウンが多くなった。

 登り坂を幾つか越え、何度か休憩を取りながら、ヒョウタン池がやっと四人の前に姿を現した。


「オーッ」と声をあげて自転車を停める。

 池の水面が真上の太陽に反射して、鏡のように白く輝いている。


「来たぜー」

「でかいなあ」

「でかい」

「湖じゃん」


 向こうに見えるのがクジラ橋だろう。

 エンジ色に塗られたその形が、確かに横を向いたクジラに見えた。


「二時間じゃ無理だったあ」

「やっぱり遠かったよなあ」

「でもオレたち来たね」

「うん、ホントに来たよ」


 タッセイ感に気持ちが高ぶり、四人の顔が輝いている。


「まず飯にしようぜ」

「腹へったー」


 土手に座って目の前の大きな池をながめながら昼食にした。

 ボクは昆布のおにぎりに続いて、コロネパンの袋を開ける。

 テルの缶コーラが吹き出た。


「テルがパンクした時は正直あせった」

「俺たちじゃ直せなかったもんな」

「ホントは泣きそうだった」

「助けてくれたおじさんに感謝だよな」


「帰りは早いんじゃない」

「一回走ったしな」

「下り多いし」

「ラクショー、ラクショー」


「絶対大ナマズ見つけてやる」

「ナマズー、待ってろ~」

「まずボートの方まで行こうぜ」

「行こう行こう」


 ボート乗り場に着くと、コンクリートの桟橋の横に、古びた木製の桟橋が並んで残っていた。

 岸から半分は水に落ちてしまっているが、ペンキがはげた先端部分だけが残っている。

 突然アッキが「だー」と叫んで跳んだ。ギリギリ跳び乗った。

「おー、ビビったー」と振り向き、「来い」と手まねきした。

「おりゃー」とテルが続いた。

 テルの着地で古桟橋がギッと音を立てて揺れた。振動で水面に波紋が広がる。

 二人が「来い、来い」と手まねきする。


 正直こわい。

 池の底が見えないし結構深そう。

 本気出して跳ばないと届きそうにない。

 三人も乗って崩れないかな。

 でも勇気を出した。


 そして跳んだ。


 バランスをくずしそうになったけど、二人が手で支えてくれた。

 ギシッ、ギギーとさっきより大きくきしむ音が聞こえた。

 お腹の下の方がキューっとした。


「タカシ、セーフ」

「次、ヒロ、来い」


 ヒロは首を振って固まっている。


「オレ、ムリ」

「とべるって!」

「ムリだって」

「大丈夫!」

「……」

「来いって!」

「……」

「やってみろって!」

「……」

「つかんでやるから!」

「もーっ!」


 やけくそ気味にヒロが跳んだ。

 古桟橋は四人乗っても大丈夫だった。


 岸に戻ったヒロが、幼稚園のころ池でおぼれたこと、通りすがりの人に助けられたこと、新聞に小さくのったこと、それ以来水がこわいこと、戻りのジャンプは目を開けて跳べたことを一気に話した。

 半泣きと興奮が入り交じった顔をしていた。でもどこかうれしそうだった。


 大ナマズは見つからなかった。

 池沿いに場所を変えながら、拾った長い棒で水の中をつついたりしてみたが、どこにも姿はなかった。

 テルが持って来ていた釣竿でルアーも投げてみたが、一度もあたりはこなかった。

 そもそもそんな簡単に見つけられるとは誰も思っていなかったし、大ナマズのことよりも、自分たちだけで知らない場所へ行くことに心が動いた。

 だからあまりがっかりはしなかった。


「将来何になりたい」

 アッキが池に小石を投げながら言った。


 しばらく間があって、

「オレ、バンドやりたい」

 はっきりとした口調でアッキは言った。

「◯◯◯や△△△のような世界に通用するバンド」


 初めて聞くカタカナの名前だった。


「そのためにギター上手くなりたい」


 アッキすごいなあ。


「オレは歌手かな」

 続いてヒロがそう言った。

「まんじゅう屋継ぎたくないし、ハハハ」

「そうなれたらいいな」


 うん、ヒロ、歌上手いしな。

 テルが続く。


「オレは父さんのような商社マン」

「いろんな国に行けるし」

「でも本当は毎日釣りして暮らしたい」

「漁師はムリ。きつそうだし。プロの釣り師とか、へへへ」


 うん、テルらしいな。


「タカシは?」


 そう聞かれて答えに困った。

 幼い頃は電車の車掌さんとか言ってたけど、今はそうじゃない。

 じゃあ何って聞かれても、何も思い浮かばない。


 ボクって、何になるんだろう。


「まだ決めてない」

 そう答えるのが精一杯だった。

 みんな自分の将来のことを考えていてスゴいなと思う。

 自分だけつまんない答えをしたことが、はずかしかった。


 ボクって一体、将来何になるんだろう。


「あっ!」

 ヒロが前を指差した。


 生まれて初めて見る野生のカワセミだった。

 池の鉄柵にとまるとチョンチョン跳ねてまたすぐに飛びたった。

 それは一瞬だったが、青、水色、グリーン、オレンジの小さな花火がはじけたような、鮮やかな残像が目に焼きついた。



 まだよくわからないけど、この日のことは何か意味を持っているような気がしている。


 行けないと思えば行けない。

 行こうと思えば行ける、かもしれない。

 行きたいと思うことから始まる。

 行こうと思うことが大切なんだ。

 そんなことが強く心に残った。


「待てよー」

「遅いよー」

「うりゃあー」

「先行くぞー」


 日が大きく傾き始めた中、そんなことを考えながら家路を急ぐ。

 自転車を立ちこぎしながら、海の中を悠々と歩くアレキサンダーの姿がふと頭に浮かんだ。

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