第2話 天人来寇
あれから十四日。すごい変化が目の前で起きた。その証拠に¥はカグヤがかなり大きくなったことだ。いろんな意味で。
身長はもう私の口元ぐらいまであるし、それに伴って食べる量がかなり増えた。そのおかげで来年が凶作だったら二人仲良く野垂れ死ぬのかも知れない。
最初に会った時は六歳程度の小童だったのに今ではもう私と同い年と言ってもおかしくない。
そしてご飯を終え、夕日が沈み綺麗な満月が上がり始めてそろそろ寝床に向かう。しかしそこにはカグヤがいなかった。
「あれ? カグヤ?」
しばらく探していると縁側で座り、泪に沈んだような顔をして顔を見上げて月を見ていた。
何かあったのかな?
私はゆっくりカグヤに近づくと隣に座る。
一旦整理しよう。カグヤはここ最近ずっと楽しそうに過ごしていた。もし悲しいことがあるのなら誰かに何かされた?
——この時どんな声をかければ良いんだろう? わからない。
するとカグヤは私の着物の袖を握ると潤った目で私を睨んだ。
「良い加減にして」
「え、えっと……。どうしたのカグヤ?」
「とぼけても無駄。貴女は気づいていたでしょ?」
カグヤはどこか悲しそうな顔になる。
何か、悩んでいる。何かに悩んでいるに違いない。
私は心を落ち着かせる。
「――なにかあったの?」
「――最近誰かの声がするの」
「声?」
「今すぐ山の頂上に来い。穢れと触れるなって。毎晩夢の中に入ると聞こえてくる」
カグヤは震えながら話す。
「――」
「怖い。自分が何者か、そしてその声の主を知るのが怖い」
なるほど。分からない。
けど、顔を見ると本当に怖がっているみたいだししょうがない。今日は一緒に寝てあげよう。
「大丈夫。何かあったら私が守ってあげる」
「――私は貴女も怖い。貴女はどうして私を今もこの家に住まわせてくれるの?」
カグヤは恐怖の矛先を私に向ける。
「——小さな女の子が一人で山にいるなんて危ないじゃない」
「――要するに……純情?」
「勝手に思っときなさい」
「ありがとう」
カグヤはようやく笑みを見せた。
次に瞬間家が激しく軋む音が鳴り響き、その場にいられないほどの揺れが襲った。
続けて目の前の地面が割レ、風が家の中に吹き込むと私は体を吹き飛ばされ柱に頭をぶつけた。
「――くっ!」
体勢を立て直すと禍々しい月を模したお面を被った目の前に大男がおり、カグヤを脇に抱えてこちらを見ていた。
カグヤは頭から血を流し、血の雫が流れ落ちているのが見えた。
男はカグヤに羽衣を着せる。
羽衣も着せられたカグヤは急に背丈が縮み、初めて会った時の同じ大きさになった。
「き、貴様!」
「――」
大男はカグヤを抱えたままどこか走って行った。
『お兄ちゃん!』
かつての私を思い出す。剣の台座に取り込まれ、消えた兄を。
「くそっ!」
私は足元に転がっていた亡き兄の遺した剣と盾を持って大男を追いかけた。
大男は見た目に反して足が早く、まるで大蛇みたいだ。いくら足を回しても差が縮まらないなんて。
大男を追って私は道なき道で山を登ってる。あ、確かカグヤは夢で聞こえた声に『山の頂上に来い』って確か言ってた。
もしかしたらこの大男がカグヤの頭に声をかけてきた張本人?
私はさらに足を回す。すると大男はカグヤを肩に乗せたまま腰につけていた刀を抜くと私目掛けて突進して斬りかかる。
私はそれをしゃがんで交わし、脇の下を前に転がって潜ると大男の背後を取る。
私は剣先を大男に向けた。
大男はゆっくり振り向くと私に視線を合わせ、少し後ろに下がった後肩に乗せていたカグヤを木に寝かせた。
「へぇ〜。あんたにも一応心があるんだ」
大男は再び太刀を振る。攻撃の動きはとても遅い……私でも倒せる!
私は刀の背に足を乗せ、高く飛び上がった。
「斬れる!」
私は大男の頭を叩き斬った。
大男は頭から光の滴を出しながら体勢を崩すとその場に倒れた。私はカグヤに近づく。
「怪我は擦り傷だけ……軽傷で良かった」
カグヤから羽衣を脱がせる。
「……縮んでる?」
正直幻であって欲しかった。
暫くして背後からうめき声が聞こえ始めた。
重い腰を上げて振り返ると大男は悶え苦しみながら仮面の目から光を放ち、仮面だけを残して体は光の粒となって消えた。
不思議と足の震えが止まらない。
「——何か嫌な予感」
それから程なくして仮面は宙に浮き、おどろおどろしい目が私をギロリと見た。仮面の目はどう見ても作り物じゃない、明らかに人間の眼だ。
そして一瞬仮面の目が光ったと思ったら腕が生えた。仮面自体の大きさも変わり、目だけでも私の背丈より大きかった。
「本当、気持ち悪い」
仮面は手から火球を出してお手玉のようにポンポン回す。
火球は赤色から紫色へ変わっていき、最後には白色に輝いた。
火球が白色になった瞬間周りの草木が湯気をあげ始め全身が焼き尽くされそうなほど当たりが熱くなった。
「——!」
カグヤを抱いて今は逃げないと!
私はカグヤを抱えて山奥にとりあえず逃げ込む。次の瞬間背中が焼けるほど熱くなる。
すると目の前に月の仮面が落ちる。同時に鋭い爆発音とともに地面が激しく波打つ。
「あぁぁぁ!」
全身が痺れて動かない……。
次に瞬間仮面は火球を私目掛けて投げつけた。
「ま、まずい……」
私はカグヤをしっかりと脇に抱えると火球を一か八かで剣で跳ね返した。
「——っ!」
熱い!
右手を見ると炎の明るさのせいなのか手が真っ赤に焼けている。
その時前から悲鳴が聞こえた。
「ぎゃーっ!」
前を向くと幸運にも火球が当たったのか仮面は一瞬で全体が燃え上がっている。
そして徐々にゆっくりと天に登っていき、しばらくすると動きを止めると腕が鞭のようにしなるようになった。
「あれは……コマ?」
仮面が目から光の粒を出したと思ったら、光の粒が集まりコマを作る。すると仮面は腕を駒にぶつけると勢いよくそれは私の元に飛んできた。
「あぶなっ!」
コマは木に当たると一瞬にして木っ端微塵になった。
あれに当たるとただでは済まされないか。
「また面倒くさそうなものを……」
仮面は地面に降りると私目掛けて足を振り下ろしたり尻尾で叩きにくる。
私はカグヤを前に抱え、炎と仮面からカグヤを守りながら逃げる。
炎はすでに山中に広がり、逃げ場がない。
振り返ると仮面は私を追いかけながら容赦せず次々とコマを飛ばす。
よく見ればコマは早いけど次のコマを作り出すまでかなり間がある。ならさっさと終わらせよう。
仮面が腕をしならせコマを叩き飛ばした瞬間、一瞬だけ止まったのを見て足を強く踏み込んだ。
「今だ!」
私は仮面に近づくとカグヤを抱いたまま剣を高く振りかぶって勢いよく仮面の頭に突き刺した。
仮面は再生することなくそのまま煙となって消えた。
「あれ? 周りの火が……」
仮面が消えたのに合わせて周りの火も小さくなって消え焦げ跡だけを残した。
周りにはただの深淵だけしかない。私はカグヤを降ろす。それから少ししてカグヤは頭を押さえながら起き上がった。
「良かった。大丈夫?」
しかし、どこかおかしい。まるで初対面のように私を見ている。
「カグヤ、私だよ。マカ」
やめて、嘘だよね?
カグヤは首を傾げると困った顔で私を見た。
「マカ。マカって何者? 私って何者?」
「え……何を言って?」
「マカは誰? 頭の中で私に話しかけてる子供達は誰?」
「ちょっと落ち着いて!」
私はカグヤの両手を握る。
「顔と名前は一致する。だけどその人とのかかわりが分からない」
「ゆっくり。ゆっくり深呼吸すればいい——」
「無駄ですよ。彼女の記憶は全てあの羽衣が消し去りました。けどまさか断片が残っているとは〜。失態! じつに失態!」
「——!」
深淵に太鼓と土笛それから琴の音色が森中に響き渡る。
その音色は上から——。
空を見ると牛車が空からこちらに向かっていた。
牛舎の中には笑顔でこちらを見る中性的な容姿の者が一人だけぽつんと乗っていた。
そして私の目を見て微笑むと舞い始めた。
「太古より〜。源氏は大神に義を尽くし〜。邪たる神がくれば剣で薙ぎ払う〜。……だが、無欲たる神の前には赤子たれ」
いったい何が起こってるの?
そして舞い踊ると否やカグヤに手を向けた。
「姫巫女よ~。今、お迎えにあがり申した~。ささ、月の都にかえりませう~」
「―――」
その時牛車の中から手の平とカグヤと同じぐらいの身長の小さな天女が大勢牛車の中から出てきて私とカグヤを取り囲んだ。
「あ、あなたは何者なのよ!!」
「――我の名は照留伊テレルイ。月におわす大神の使者なりけり」
牛舎の人、テレルイは不気味な笑みで応える。
「…‥使者」
「嫌だ……怖い……やだ」
隣を見るとカグヤが涙を流して、私の袖を握った。だが天女はそのカグヤを無視して無理やり連れて行こうとする。
なにが無欲よ。
どう見たってカグヤを無理やり連れていこうとするだけで強欲じゃない。
「姫巫女は穢してはならぬ。純粋な無欲の身にするには我が大神がおわす都でないといけない——」
私はカグヤの手を握って剣を握る。
「——カグヤは人形じゃない」
私はカグヤの周りにいる天女を斬り捨て、私は牛車に剣先を向けた。
「カグヤは人形じゃない! カグヤは一人の人だ。無欲なはずが無い!! 何が無欲で無いといけないのよ。どうしてカグヤは自由に生きてはダメなのよ」
するとテレルイは不気味な笑みを浮かべながら話す。
「欲、すなわち穢れは恐ろしきもの。穢れを求めた先には邪がある。人は皆邪に向かっている。姫巫女が邪を知ってしまえば世界が邪となる。我らはそれを防がねばならぬ」
「ばっかじゃないの」
私はテレルイに対して吐き捨てる。
「人はあなた達と違って、そんなに邪な存在じゃない。逆に縛る方が邪を求めるでしょう? それにあなたはカグヤから夢も希望も消し去った。どう見てもあなた達の方が穢れてるわよ」
「……」
すると和たちたちを取り囲んでいた天女はどこからか弓を取り出すと私に向かって構える。
正直いうと無欲と言う割には短気すぎる気がする。
私はカグヤの手をしっかり握ると背後にいる天女を一人切り捨てた。
そしてテレルイを見ると剣先を向ける。
「へぇー。そう来るんだ」
私はまた突撃してきた数体の天女を斬る。
「あなた、思っていた以上に傲慢ね。無欲はどこに行ったのかしら!」
私は飛んでくる矢を剣で弾きながら後ろに下がっていく。カグヤは状況を察してくれたのか私に合わせて少しづつ下がる。
けど流石にこれ以上数が増えられるとキリがない。
「あ」
するとカグヤは何か声を出す。
「森の奥にある神社に行かないと」
神社?
神社ってあの石で出来たやつなら森の奥にある。
でもどうしてその情報を今いうの?
「よく分からないけど行かないといけない。マカ、行こ?」
私はそろそろボロボロになった天女を捨てて、もう一度こちらにきた天女を捕まえて盾の代わりにする。
「それは絶対行かないと駄目なの?」
「絶対」
えーと行けってことか。
「あーもー!」
私はカグヤを脇に抱えると神社に向かって走り出した。
「分かった。しっかり掴まって!」
矢の雨の中私は狛主神社に向かった。
神社に着くと私は物陰に隠れ、追手が来ていないか見る。
「見た感じ、今は大丈夫そうか」
私はカグヤに座るように言う。
「カグヤは一旦そこに座って。ちょっと周りを見てくる」
「……ここにいないとだめ」
カグヤはすっと立ち上がって私の袖を掴む。
「追手が来てるかもしれないでしょ?」
「だとしてもだめ」
「どうして?」
「分からない。だけどここから、この神社から出ちゃだめ」
カグヤは目を潤わせながら上目づかいで見てくる。
これ断ったらダメなのね。
「分かった。ここにいる」
その時追い風が襲った。
「災難でしたね。まさか彼らが刺客を送り込んでくるとは」
「——!」
後ろから声?
振り返ると脚まである青い髪を垂らし女の人が笑顔でこちらを見ていた。
女の人は透き通った白い肌で、タンポポのように明るい感じがする美しい人というのが印象に残る。
「あの、お姉さんは一体?」
「——来ましたね。天船が」
「——あ」
上を見るとさっきのテレルイ及び無数の天女が黄金に輝く船に乗ってこちらを見下ろしていた。
「しょうがありませんね」
お姉さんはそういうとどこからか竪琴を取り出す。竪琴の大きさは人の胸板ほどの大きさ。お姉さんは私に竪琴を胸に押し付けた。
「えっと、これは?」
「ワタシの歌に合わせて弾いてください。弾けますか?」
「す、少しだけなら」
とは言ったものの一回お祭りで触った程度だしどうしよう……。
私は物陰に隠したカグヤを見る。
カグヤは不安そうな目でこちらを見つめていた。
しょうがない。イチかバチかだ。
私は女の人と眼を合わす。女の人は「ふっ」と少し笑う。
「では行きますよ」
すると女の人はまるで鈴のように綺麗な音色を発した。
「——勇者たけきひと。妹を思ふて数多年あまたとし。勇者たけきひと征く妹の国へと……」
私はその歌に合わせるように竪琴を弾く。
二つの音の調和は森羅万象の神々を癒す。それは神のみならず、全ての命を癒すよう。
木々が打ち鳴らす音は太鼓となり、風の音は笛となってこの空間の音すべてが混ざり、幻想的な音楽となった。
空に目をやるとテレルイと天女たちは苦しみ始めた。それから程なくして上空と去っていく。
すると空は先ほどまでの不気味な感じが消えて普通に綺麗な夜空という感じに戻った。
女の人は歌い終わると私を抱きしめた。
「改めて、ワタシはナビィ」
「ナビィ……ですか。日向神の愛称と同じですね」
「それはありがとうございます」
するとナビィさんは剣の台座に指を指す。
「とりあえずあそこに座りましょう。それと――」
ナビィさんはカグヤがいる場所に向けて大きく手を振った。
「ほーら。貴女もこちらにいらっしゃい」
「――」
カグヤは困惑しながら私を見る。
「大丈夫! 多分この人は悪い人じゃない!」
私が大きな声でそう言うとカグヤは頭を上下に動かし、ゆっくりと立ち上がって子猫のように警戒しながら歩いてきた。
そして私の近くに来ると咄嗟に後ろに隠れた。少し可愛く思えてきた。前からだけど。
ナビィさんは嬉しそうに笑う。
「あらまぁ~。大変仲がよろしいのですね」
「……ふん」
なんだろう。今のカグヤとはそういう関係でも良いのかな?
「まぁ、とりあえず座ってゆっくりお話ししましょうか。ほら、隣にどうぞ」
「では、失礼します」
私とカグヤはナビィさんの隣に座った。
「では早速ですがこの神社のことは知っていますか?」
「え、え~と」
「知らないんですね」
ナビィさんは呆れたように言う。全く持って反論できない。
ナビィさんは私の顔を見て何を思ったのか自慢げに見てくる。
「けど、私は知ってますよ。この神社の成り立ちや意義も全て」
ナビィさんは目を細めながら得意げに私を見る。なんだろう。ちょっと珍しくムカッと来た。
「ナビィさんは一体何をしているんですか? 服装的に巫女さんなんで様々な神社を回ってそうなんですが」
「逆に聞きますが貴女はどうしてこの神社を知らなくて?」
ナビィさまは真顔で私の顔をじっと見る。この人表情の変化多くて逆にすごい。
ナビィさんは呆れながら腰を上げた。
「しょうがありません。私が直々に説明します」
そしてナビィさんは剣が刺さっていた台座に指を差す。
「この神社に納められた剣はかつて古の勇者が邪神を討伐するために使いました。それも幾多の戦いで。が、何故かないみたいですね。今は…‥」
ナビィさんは私の前にしゃがむ。
「ご存知ですよね?」
「――知らないって言ったら?」
「この場でじたばたと赤子のように泣きますよ。考えてください。良い大人がジタバタとですよ?」
この人もしや知っている? なら、ここは嘘をつかないでおこう。
「今から数年前、突然消えました」
「どういった経緯で?」
「知っていたら言いますよ。本当に消えたんです」
「―――」
ナビィさんは私に疑いの視線を送る。だってどうせ言っても信じてくれないだろうし。
「まぁ……。そういうことにしておきましょう」
そう言ってナビィさんはカグヤを抱きしめる。
「――!?」
カグヤは突然のことで石のように固まった。
「あの、本人怖がってるみたいなんですが」
「あらそう?」
ナビィさんは申し訳ない顔をして離した。
「あー。この神社の意義について話し忘れてしました。とは言っても――」
「剣を納めている場所でしょ?」
「本当にそれだけなんですよねー」
ナビィさんは「ははは」と笑う。
「……で、それがどうしたんです? それにここにナビィさんがいる時点でだいぶ怪しいです。それにあの天人について知っているような口ぶりでしたし」
「――ほう」
ナビィさんは胸を打たれたのか感心した顔になる。
「よく気づきましたね。あまりにも話をそらし続けるので悩んでたんですよね」
――は?
いや、ここは我慢しよう。怒るとまた話が脱線する。
そしてナビィさんは拍手を止めて話し始めた。
「あの天人は恐らく月から来た者たちでしょう。今回彼らを撃退できたのは先ほどの狛の唄と呼ばれるものです。天人たちはこの歌が苦手みたいで、なんとか撃退することが出来ました」
ナビィさんは私から竪琴を取ると弦を弾き優しい音色を奏でた。
「はい。天人たちは穢れを嫌います。彼らが言う穢れはよく分かりませんが、天地アメツチの神々に捧げる祝詞が苦手なのです。恐らく日の神と月の神が兄弟であるため、姉を怒らせてはいけない決まりがあるのでしょうね」
「……そういうことか。なら、どうして彼らはわざわざカグヤを?」
「――さぁ? 分かりません」
「――」
するとナビィさんは前のめりになって私の顔を覗き込む。
「突然ですが貴女はこの子を守りたいですか?」
「……当たり前じゃないですか」
「――ならついてきてください」
するとナビィさんは神社の入り口に向かって歩き始めた。
「あ、待って…‥。どうしたのカグヤ?」
カグヤは私の袖を掴んだまま動かなかった。
「どうしたの?」
「あの人信頼しても良いの?」
「怖いの?」
「分からないの。気が付いたら名前だけ知っていてあとは何も知らない人がそばにいる。私は誰を信頼すればいいの?」
「――」
迂闊だった。
確かにカグヤからすれば私は名前だけ知っている不審者に変わりっこない。
さらにそんな不審者は私を守ってくれた? どうして? とカグヤの心の中にはこういった感情が渦巻いてもおかしくないはずだ。
なら今言うべき言葉は何? その言葉は簡単に構成しても良いの?
「ねぇ? どうすればいいの?」
「――」
私にできることはただ一つ。
「怖くない」
たったこれだけだ。私の経験上不安に駆られている時は一言だけの方が逆に安心できるからだ。
「ほーら! 早く来てください!」
入り口を見るとナビィさんは手を振りながらぴょんぴょん飛んでいた。
あの人大人しいのか騒がしいのかどっちなのか……。
「ほら、行こ。多分あの人そこまで悪い人じゃないと思うから」
「……分かった」
カグヤはまだ不安そうな顔をしているけど何とか納得してくれたみたいだ。
それから私とカグヤはナビィさんのもとに行った。
神社の入り口には大きな石碑が鎮座している。兄を失ってからここの地に踏み入れたことなんてなかったけど、こんなものがあったのか。
「ところでナビィさん。この石碑をじっと見つめているようですが」
ナビィさんは胸に抱えていた竪琴を渡す。
「マカさん。この竪琴で狛の唄を奏でてください」
「あ、はい」
私はナビィさんに言われた通り狛の唄を奏でる。すると地面が波打ち、石碑が後ろに動き始めた。
そして徐々に穴が見え始め、石碑が動くたびにその穴は大きくなって、最後には石碑があった場所に大穴が出現した。
「これは……」
やがて石碑が止まると私は体を前に傾けて底を見るが真っ暗で何も見えない。
私はナビィさんを見る。
「あの、これは?」
「狛の祠です」
「祠……。これがカグヤを救うのと何か関連があるんですか?」
「――天人たちは恐らく再び満月が高く登る時に現れるでしょう。だけどこの祠には天人たちを祓うことができる力を手に入れることが出来ます。詳しくは祠の主が話してくれるはずです。いればですか」
そしてナビィさんは穴に指を差す。
これで本当に救えるの? 力といっても実は手に入らないだけど、ナビィさんが私を嵌めようとしている恐れもある。
だけど、ならどうして天人を——。
私はナビィさんを見る。ナビィさんは笑みを浮かべているだけだ。
「本当に、救えるんですよね?」
「——えぇ、救えます」
「もしカグヤに何かあれば斬りますよ」
「えぇ、カグヤさんは私が見ています」
「それから——」
「では、ご武運を――」
するとナビィさんは私の胸倉を掴む。
「意地見せてください!」
「てっ、わぁー!」
私はそのまま大穴の中に放り込まれ、叫び声は長く反響した。
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