第30話 みんなでパクパクしないで

「おー、進んでるな」


 マインたちに『街づくり』を指示してから数日後。


 俺は現地視察に来ていた。

 ノームのマインたちが作業している場所へは、自宅から裏道を伸ばせば徒歩3分くらいでたどり着ける。


 そのトンネルを抜けると、体育館ほどの広い空間に出た。その奥ではまだノームたちが、さらに空間を広げようと作業に励んでいる。近づいていくと――


「えっさ、ほいさ! えっさ、ほいさ!……あれっ? 社長?」


 ジャージ姿のマインが、ほっぺを土で汚した顔で振り向いた。


「現場監督にいらしたのですか!? さすが社長は勤勉ですね!」


 相変わらずの労働至上主義。

 地下なのに、いい笑顔すぎてまぶしいぜ……。


「遊びに来たんだよ。それにしても、かなりの作業スピードだな」


 なんなら、この整地作業が一番大変だ。

 山の中をくり抜いていくんだから相当な重労働。体のちっこいノームたちには酷かと思ったんだが。


「社長の作ってくれた穴のおかげですよ! この便利穴!」


 マインが言うのは、俺が《クリエイト》で作った、土を捨てるための深い穴だ。

 整地作業の敵は、掘ったときに発生する大量の残土ざんど。ダンジョン外に捨ててしまうと目立ちすぎる。


 だから、この穴をダンジョン深層にある【奈落アビス】という底なしの穴に直結させて、マインたちは掘った土をここに捨ててるわけだ。


「どれだけ土を放り込んでも埋まらないなんて。おかげで作業がグングン進みます」


 グイッと頬を拭って、またいい笑顔を見せるマイン。

 本当に働くのが好きなんだなぁ。


「そうだ。ちょっと全員、休憩しないか」

「えっ? いえいえ、まだぶっ倒れるには早いですよ?」

「そうなる前に体を労るのが『休憩』なんだ。これ社長命令な?」

「社長命令!? ならば全力で休憩します!」


 マインは作業中のノームたちに向かって叫ぶ。


「みんな~! 一生懸命休憩しますよ〜!!」

「落ち着いて休憩してくれ」


 ノームたちがワサワサと集まってくる。

 俺は、そんな『社員』たちに向かって、


「差し入れがあるんだ。ほら、これ飲んで元気をつけてくれ」

「なんです、それ?」

「エナドリだ」


 決まっている。元気になるにはこれが一番なんだ。緑色の液体の入った瓶を受け取り、不思議そうに眺めるマインたち。


「さあグイッと」

「はあ。ではお言葉に甘えて……ングッ、ングッ……んんッッ⁉︎」


 マインたちがくわっと目を剥く。


「目が冴えて力がみなぎってきます! なんですコレ、なんですコレ⁉︎」


 おお、いいリアクションだ。実際、体力回復効果もあるしハードワークで疲れた体には効くだろう。


「これならいくらでも働けますね! 不眠不休で、体が朽ちるまで労働できます!」

「「「ムッフーーン!!」」」


「だからそこまで酷使する気はないんだってば」


 しかし考えてみれば。

 マインたちがこの『労働』に夢中になるのと、俺がキャラメイクやクリエイトにハマるのは似たようなものなんだろう。作業内容もほぼ同じだし。


 ただ彼女たちは人に指示されたほうが気合が入るらしく、そこが相違点だが。


「わざわざ現場まで足を運んでくださって、差し入れまで恵んでくださるなんて……私たちの社長は最高です! エナドリ最高!!」

「「「ムー! ムーー!!」」」


 うん、エナドリの素晴らしさを理解できるあたり、見どころもあるしな!


「そうだ、整地が終わって建物作るようになったら、このエナドリを配布する場所も作ってくれないか」

「もちろんです! 他にもご要望があれば何なりと」


 要望か。

 今度はメディたちも連れて来て、色々とアイデアをもらうのもいいかもな。


「マインたちの欲しいものも作っていいからな?」

「私たちのですか? ではでは、効率よく仕事をできるように現場横に詰め所だとか、退勤管理のための黒板だとか、そんな設備も……⁉︎」

「ニーズが渋いが……もちろん」


 最初はノームの手持ち無沙汰を解消するための街づくりだったが、マインたちを同好の士だと思うとちょっと楽しい。


「社長ありがとうございました。休憩も終わりです! バリバリ掘りますよ~」


 元気百倍、スコップを掲げてマインは仕事に戻っていった。



 ■ ■ ■



 家に帰ると、リビングでメディとニューがくつろいでいた。ソファでごろごろしてTV代わりのモニターを眺めていた。


「ん、朧は?」

「わらわはこっちじゃよ」


 振り向くと――

 裸にエプロンを着たキツネ美女が立っていた。

 エプロンの胸元はぱっつんぱっつんで、もう胸はほとんどこぼれ出てている。


「おかえりなさいませなのじゃ、あるじ殿。さあさあ、寝所へ行って仕事の疲れを癒やしましょうぞ……!」

「ご飯にするとか、風呂にするとか、そういう選択肢はないのな」

「っっ!! 台所や風呂でしたいと!? もちろんオールオッケーじゃ! さあ、お好きな場所でわらわの体を――」

「よっこいしょ」


 ここはあえて放置。

 メディたちが座っているソファに俺も落ち着いた。


「ふふ、なるほどのぅ。あるじ殿はやはり焦らし上手じゃ。それとも、ここでなさるのかぇ? よいぞよいぞ」

「おかえりー、アルトさま」

「おかえりなさーい」


 結局。

 俺の右腕に裸エプロンの朧が抱きついてきて、左腕にはニューが頬を擦りつけてくる。メディは俺の膝のうえに乗ってきたので、みんなでモニターを見物。


「お、今日も来てるのか村娘ちゃん」


 もはや彼女の来訪は恒例になっていた。

 

 欲しがりな彼女は、ちょいちょい村を抜けだしてダンジョンへ癒やされに来ている。今日は——



「あっ⁉︎ やんっ、入って来ないで! 汚いからそんなところっ!」


 先日の檜風呂を流用した『足湯』が本日のトラップだ。


 木製のベンチに座り、ロングスカートを膝までたくし上げて、ほっそりとした足を湯に浸けて。


 ……ただし、ただの湯ではない。ドクターフィッシュが回遊するフットケアバスだ。

 湯の中でも元気な特殊な小魚で、人間の手や足を浸けると古くなった角質を食べに寄ってくる。


 ごく小さい魚だし痛みなんてなくて、むしろ、


「く、くすぐったいのっ! そんなところパクパクされたことない、みんなでパクパクしないで、パクパクやだっ、集まって来ないでっ! みんなで私のことパクパクしないでっっ……!」


 身をよじらせて悶える村娘ちゃん。本当に嫌ならさっさと足を引き抜けばいい。今日は拘束も何もしていないんだから。


「あぅんんっ……! 指のあいだ……中に入って来ないでっ⁉︎ みんなで入って来ちゃいやっ! だめだめ、こんな一辺に相手したことなんてないっ! なんでこんなにしてるのに満足しないの⁉︎ 激しいっ、ずっと激しいよぉっ⁉︎ ビチビチしてるっ、激しいパクパク……き、きもちいいっ、パクパク気持ちいいのッ! んくぅうううんっっ!」


 

 今日も好評のようで良かった。


「アルトさま、めでぃもアレやりたい」

「いいぞ。あとでな」

「じゃあニューは、アルト様のをパクパクしてあげた〜い♡」

「待てい、それはわらわの役目じゃ! 銅級の小娘がでしゃばるでない! わらわは白銀級じゃぞ、白・銀・級!」


 神級のメディにはすっかり従っている朧だが、やっぱり下の等級には厳しい。でもニューはそんなのどこ吹く風で、


「ふーん。ねぇ、メディちゃんも一緒にやろ? アルト様のことパクパクするの」

「……アルトさま喜ぶ?」

「うん、泣いて喜ぶよ」

「捏造すな」


 ニューは顔を近づけてくると、真っ赤な舌をチロっとのぞかせて、


「私のベロ、触手みたいにヌルヌルで、動かすのもうまいんだよ? 腰が抜けちゃうまで、た〜くさん吸いついてあげるね?♡」

「めでぃもベロ長い!」

「だよねー、メディちゃんも長くていっぱい動くもんね。2人でアルト様のこと、パクパクしようね♡」


 なんでメディの舌が長いことを知っているのか気になるけど……。


「ってことなんでー、すみませーん♡ 神級のメディちゃんと一緒なので〜」

「ぬぐぅううううう……⁉︎」


 さすがに可哀想になってきたので朧の頭を撫でて慰める。ピコピコのキツネ耳がこれまた、手触りが心地いいんだ。


「ほわぁああ⁉︎ さ、さすがはあるじ殿じゃあ〜、く、くぅうん……」

「あーズルい~! じゃあニューたちもパクパクしてるあいだ撫でて欲しい~」

「届かないだろ」


 足だろ?

 座って足をパクパクされてたら、頭まで手は届かないよな?


 つーか。ソファでふんぞり返って、女の子たちに足をパクパクさせるとか鬼畜すぎる。絵面が酷すぎる。

 しかし彼女たちはどこまでも積極的で、


「パクパク♡ アルト様のなが~い、ふとぉい♡」

「あごつかれる……でも好き! おいしい♡ はむ、あむっ……アルトさま、きもちいい? めでぃたちのお口、きもちいい? くぽっ、くぽ♡」

「んジュル、ジュルっ♡ おのれニューよ、おぬしネバネバすぎるじゃろ♡ メディ殿も意外と激しい……しかし、わらわの舌技もなかなかのモノであろう? ふふっ、ぐぽっ♡ぐぽッッ♡」


 結局、3人に寄ってたかってパクパクされてしまった。





「ふぅ……」


 長時間にわたるパクパクの結果、メディたちもようやく満足して、俺に抱きつきながらまったりしている。


 俺は心地よい倦怠感に包まれながら、モニターの村娘ちゃんを眺めて考えていた。


 

 ――このダンジョンでモンスターたちとひっそり暮らす。

 それが俺の目的だ。


 だがどうにも、ダンジョンの入口は塞げそうにない。そして運命力というか、ゲームの強制力というか、その入口は簡単に見つかってしまうようだ。


 キアとイメルダみたいな勘のいい盗賊はもちろん、村娘ちゃんみたいに迷い込んでしまうケースもある。


 ……これはもう止められないんじゃないか、というのが俺の予想。


 そしてイメルダに聞いた話なんだが、入口には不思議な魔力があって、男は侵入できないようになっているらしい。


 これも、原作ゲームを考えてみれば腑に落ちる。

 なにせエロゲだ。


 えっちなトラップに嵌まって、モンスターたちにあれこれされるのは女性キャラばかり。それ以前に、侵入してくるのは女冒険者ばかりなんだ。そいつを再現するかのように、入口は男女を選別しているんだろう――


 こんな不自然な場所、すぐに注目を浴びてしまうに違いない。女冒険者ならまだトラップで誤魔化せるが、それ以外の人間に狙われたら厄介だ。


「なにか対策を考えないとな――」

 

 メディの頭を撫でながら俺は独り言ちた。


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