第42話 テレジア殿の夜着?

 そうして、もう少し互いになごやかながら本音を吐露とろし合い――解散となった。


 馬車を門の前に用意させたとの事で、ノルドハイム枢機卿が態々わざわざ、門まで見送ると言ってくださったのだが――。


「――ルーカスさん! お帰りになられるんですか!?」


「て、テレジア殿?」


 パタパタと長い銀髪を揺らして邸宅内を走り寄ってきたテレジア殿に――俺は目を向けられない。


「……テレジア? せめて何かを羽織はおりなさい。ネグリジェ1枚とは、はしたないよ」


「え?――きゃあ!」


 いや、『きゃあ』じゃないよ?

 この世界で高貴な身分の女性は……こんなにも薄い夜着なのか?


 故郷に残してきた妹――ルーカスの妹を思い出しても、こんな服ではなかった。


 むねこぼれそうだし、その……透けそうじゃないか。

 精神はおっちゃんでも、身体は思春期の男なんだ。


 このアンバランスさに精神が乖離かいりして、身まで壊れそうだ。


 メイドの1人が羽織はおりを持って来てくれ、やっとテレジア殿は人前に出られる服装になった。


 まぁ――俺はいきなり、身を清めていて裸を見せてしまったんだがね?

 うん、よく考えれば――どの口で『はしたない』などと言うんだろうか?

 はははっ!

 なんだ、同類だったか!


「本日は、お招きいただきありがとうございました。テレジア殿、本当に楽しかったですよ」


「あ、いえ……。お父様とは仲良くなれましたか?」


 少し不安そうに、上目遣いで聞いてくる。


 ああ、そうか。

 戦場で、きっとノルドハイム枢機卿と俺は仲良くなれると推薦すいせんしていたからな。

 俺たちが2人で何を話していたか。

 そしてどうなったかが、不安なんだろう。


「テレジア。安心しなさい。――私とルーカス君は、もう友の間柄だよ」


「……え?」


「はははっ! そう言う事です。馬が合いましてなぁ。いや~、テレジア殿が引き合わせてくれたお陰で、良い御仁と友になれました。ありがとうございます!」


「あ、いえ……。友? お父様とルーカスさんが、お友だち……ですか?」


 歳の差があると思っているのか、ノルドハイム枢機卿と俺の顔を何度も見比べている。


 嘘ではないか、酔っ払いの戯れ言ではないかと疑っているのだろうか?

 酒精しゅせいもあり少し心地良くなってはいるが、アルコールに飲まれるような無様は晒していない。

 この心地よさの大半は、良き人と出会えた心地よさだろう。


 広い見識と、無自覚に形作られた己のルール――義の為に成すべき事を成す。

 そんな御仁と友になれた喜びだ。

 実年齢も近いしね。


「それではルーカス君、行こうか」


「はい」


「え……。お父様が、館の外まで送られるんですか?」


「当たり前じゃないか。娘の友であり、私にとっても大切な友なんだよ? 見送りぐらいはするさ」


「わ、私も……同じ所まで送りますね」


「これはありがたい。このような非才な身に、こうまでして頂けるとは……。友へ頭が上がりませんな」


 そうして家令のルーク殿とノルドハイム枢機卿を先頭に、俺たちは館を出て門を目指す。


 心地良い夜風が、ほろ酔いの身体に沁みる。

 こう感じるのは、やはり――おっちゃんの証だな!


「……お父様が門の前まで誰かを見送りに出るなんて、初めての事ですよ? やっぱり、お2人は気が合いましたね」


 テレジア殿は、少し声を潜めながら声をかけてきた。


 その表情は嬉しそうにほころんでいて、俺まで笑顔になってしまう。

 やはり、皆が笑顔でいられるのが良い。


 武とは、この笑顔を護る為の一手段なんだと実感させられるよ。


「俺とは年齢も近いですからね。忘れがたい、良い時間でした」


 テレジア殿は俺の言葉に「またそのような冗談を」と笑っているが……。

 これは冗談じゃないんだよな。


 いつか頃合いを見て、テレジア殿にも転生について打ち明けてみようと思う。

 テレジア殿の中で、聖女と呼ばれる事に何らかの決着が付いた頃にでも。


 そうしてあっという間に門の前まで辿り着き――。


「――それではね、ルーカス君。……また近いうちに会おう」


「急なお呼び立てで、申し訳ありませんでした。……あの、私の恥ずかしい格好については忘れてください」


「本日は私のような者の為に、素晴らしい時間をありがとうございました。ノルドハイム枢機卿に、テレジア殿。そしてルークさんに使用人の皆様方にも、深くお礼を申しあげます」


 腰を曲げ、深々と礼をする。

 そうして再会の約束を交わしてから、俺は馬車へと乗り込む。


 馬車が見えなくなるまで、ノルドハイム邸の皆様は見送り続けてくれた――。


「――うん、ノルドハイム枢機卿の邸宅から帰った後だと……ボロさが際立つな!」


 自分の寮に戻ってきた俺は、開口一番にそう口にした。


 ほこりっぽい室内。

 きしむ床、押すだけでギィギィと開くドア。

 どれもこれも、ノルドハイム邸と比べれば人が住む場所とは思えない。


「この世界も大概、貧富格差ひんぷかくさひどい。ま、これも――これから高めていく伸び代と思えば、むしろ燃えると言うものだ」


 最初から良い所に住んでいては、立身出世りっしんしゅっせいしてもその喜びが薄まる。


 この国で成り上がるか、それとも……。


 ノルドハイム枢機卿との会話でも出た戦功や組織としての腐敗の話じゃないが、これからどうなるかはまだ分からない。


 分からないからこそ――面白くてやり甲斐がある!


「人を不快にさせない為にも身形はキチンと清潔に保ちたい。先だっては衣の質を高めよう。明日は冒険者ギルドで依頼でも受けてみようか! 楽しみだな~。はははっ!」


 そうして俺は、明日の事を楽しみに思いながら床に就く。

 枕には、おっさんの臭いも抜けた髪の毛もない。

 改めて、若くフレッシュな身体に生まれ変わったのを実感する。


 そうして翌朝、俺が寮の庭で素振りをしていると――。


「――失礼。貴殿はルーカス・フォン・フリーデンで間違いないか?」


「……そうですが、貴方は?」


「私は王城に仕える守衛騎士しゅせいきしだ。明け方にまで及んだ戦況報告せんきょうほうこく論功行賞ろんこうこうしょうについての会議の結果、貴殿には陛下から褒美が渡されることになった。これより急ぎ、王城へ登城するように」


 急な来訪者によって、俺の冒険は先延さきのばしされた。


 それは一方的で、嵐を予感させる言葉だった――。



―――――――――――

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