1-2)特視研究所職員、村山



「詳細はいつも通り、解剖のあとになりますよ。検案出すには色々足りていないんで」

 車内での村山の言葉は、鬼塚にとって疑問だった。検案を書くわけでもない、と言ったのは村山だ。問うまではしないが沸いた疑問に、ああ、と村山が声を漏らす。

「鬼塚さん今回初めてですもんね。そのへんも混ぜて説明しましょうか」

「……お手数おかけします」

「いーえ。とはいえ、移動中じゃ話半分になっちゃうと思いますし、正式な案内はこっちの検案出た時にします。なのでかるーく流し聞いて大丈夫ですからね。安全運転でお願いしますよ」

 にたりと笑って、明るく村山は言ってのけた。下がり眉と大きな半楕円のつり目のせいか、村山の表情は笑うと剽軽な印象を作る。目つきが悪いと言われることばかりの鬼塚にとって、その表情は見習いたさもある愛嬌だ。

 後部座席の村山から視線を正面に戻し、鬼塚はハンドルを握る。正直話は気になるが、運転をするからそうもいっていられない。村山の言葉に甘え、ほどほどに聞き流すのがいいだろうと意識しながら車を動かす。

「元々特視研うち――特視研究所はこの手の専門家ではあるんですけど、初動捜査にはあんまり行かないんですよ。科捜研と同じで、必要があれば今回みたいに臨場するけど早々ないって感じです」

「ま、そもそも特視研に限らず俺たちも初動はほとんどない。何度も言うが、なんでもかんでも最初からオカルトなんて馬鹿だ馬鹿。疑ったらキリがないにもほどがある。ないことを証明させようとしているわけじゃなくてあくまで事件に対処するために俺たちがあるだけでな、無駄に疑いすぎても意味ねーんだよ」

 オカルト課と呼ばれる部署にいる割にというべきかむしろいるからこその実感か、それとも単純に彼自身の性質からか。助手席に座る天道は面倒くさそうに言い切った。はん、と息を吐く音すら馬鹿にしたような調子だが、対する村山は軽く笑い返す。

「まあ、そういう訳で基本は現場できちんと見てもらって、その所見を聞いたうえで危なそうなものが上がってくる感じですね。殺人に限らず疑わしいものが上がってくるから、特捜室の皆さん書類関係で凄く鍛えられるって聞いてますよぉ」

「そこが苦手な奴はそもそも来ないしな。鬼塚も作業は少し遅いが確実だ。期待の星だね」

 に、と、その釣り目をさらに細めて天道が笑う。口角が大きく持ち上がるような笑い方はどこか含みを思わせるが、鬼塚は純然とその言葉を受け取った。

「有難うございます、精進します」

「……真面目も真面目すぎるくらいだしな。動ける系のアタリ案件きたら色々とって思っていたんだが、まっさかこんなのが先に来るとはねぇ。タイミングがズレてたら鈴鹿すずかの方と逆に出来たんだが」

 ままならないね、と天道が息を吐いた。先ほどの馬鹿にしたような調子とは違いややため息にも似たそれに、村山が眉を下げる。

「そのへんはしゃーなしってやつですよ。ええと、それで私の方は特視研の中でも外に動きやすいタイプですね。初動捜査に臨場するのはほんと珍しいんですが、現場周りとかは覗きに行きます。基本はご遺体の確認ですが、私の方で見えるものがないかって感じですね。まあだいたい皆さん捜査がしっかりしていらっしゃるので、そんながっつりは関わりませんが」

 そこで村山は言葉を切った。くる、と、村山の膝上で合わさっていた指先が回る。

「検案の時点で疑わしければ、解剖に立ち会います。そうでない時は書類で上がってきたものに対してこちらから声を掛けたり、ですね。所謂オカルト的な言い方をすると、「のろい」とか「まじない」のようなものが残っていないか――ご遺体をそのままにして大丈夫かどうか、最終チェックが私の仕事なんです。特視研の中でも基本って言い方される箇所ですね。事件の解決というよりは、ご遺体をお返しする時にそのご遺族に危険がないか、今回みたいなのだと調査する現場の皆さんの危険がないか。言ってしまえば次の事件に繋がらないかの最終チェックって感じなんです」

 とん、とん、とん。指先と指先が小さくぶつかり合う。それでもそれは静かなもので、みていればとん、という印象が合うのはわかっても、実際の音はならない程度のものだった。だから鬼塚にも天道にも伝わらない。

 村山の瞼は軽く伏せられているものの、その指先のリズムを追っているようには見えない。

「他の特視研メンバーと違って、私のは裁判に使われるようなものではないですし、捜査にもさほど重要ではありません。あくまで確認ですので。一般的な検案のような重要性もない。私の検案は怪異検案書――そこに残滓がないか、どういう意図でそのご遺体があるのかを追いかけたものなんです」

 怪異検案書。鬼塚は内心で、馴染みない言葉を繰り返した。そういう部署であると聞いて書類に触れては来たが、それでも鬼塚の中でその単語はまだ浮いている。

 どちらかというと、鬼塚にとって意識は宗教犯罪被害者へのフォローと言った感覚があった。そもそもオカルトと言われるような事象との縁もない。

 そういう中で唯一浮かぶ事件に、鬼塚はハンドルを握る力を強めた。それから意識して手の位置を動かす。村山が言うように安全運転でなければならない。どんな時でも事故は避けるべきだが、警察官が業務中に事故など一等洒落にならないだろう。

「……鬼塚刑事は、『幸福の芽』ご遺族と関わったことがあったんでしたっけ」

 先ほどまで指先が合わさるだけだった村山の手は、互いを押さえるように組み直されていた。運転している鬼塚はそれらの所作まで見えていなかったが、しかしやや静かになされた声に少しだけ身を固くする。

特捜室うちに来たきっかけみたいなもんだからな、特視研側にも軽く言ってある」

 すぐに答えることが出来なかった鬼塚に代わっていったのは天道だ。来たきっかけ、というのは鬼塚の知るものではなかったので、そうなのか、とだけ認識する。確かに、配属の時にその話はされた。他部署である特視研に言った理由はわからないが、オカルトという共通点から連携を多くすると聞いているので業務上必要なものなのだろう。ぐるり、と思考を巡らせ、宥め、そうして鬼塚は口を開いた。

「……お力になりきれませんでしたが」

 苦いものを噛み潰す心地は噛み砕き、端的に言葉を落とす。ようやっと自身の言葉で答えた鬼塚に、村山は一瞬だけ憐憫を見せた。しかし、すぐにその表情はにたりとした軽薄な笑みに隠れ、消える。

「そういえばあの事件も『目』がらみでしたね。とはいえあっちは今回と違って人がえぐり出したものですし、オカルトではない、となったものですが」

 あの時は解剖から関わったんですよね、という声音は軽く、明るさすら感じられる。表情も相まって真剣みを感じられない声音ではあったが、しかしその声の調子に鬼塚は意識して細く静かに息を吐いた。

 鬼塚は大柄な体と厳めしい顔つき故に粗野な人物と見られることがあるものの、本質的には聞く人間であり、どちらかというと人の機微を細かく拾い上げる性質を持っている。

 村山は軽薄な語調を使うが、その語調はおそらく気遣うためのものだ、という判断はこの短い時間でもよくわかった。そしてそれ故に、気を遣わせる自身の至らなさが息苦しさとなる。

「ああいう事件の時も、怪異検案書は書きます。あの時はそういう残滓がなかったって書類で――といっても、私は別に特異な能力があるわけでも技術を持っているわけでもないので、あくまで所見でしかないんですが」

「そうなんですか」

 敢えて鬼塚の様子を指摘しない村山に、鬼塚は静かに相槌を入れた。ええ、と返す声の調子はやはり軽い。

「見て即わかる技術があれば最高なんですけどねえ、そんな便利なものはないんでとにかく私は存在する情報から推察するしかないんです。だからこそ現場ですることもそう多くない。現場の調査は皆さんの方が専門家ですからね」

「フィクションであるような異能みたいなもんがあれば便利なんだがな、だーれもそんなもんないからこその特視研せんもんかってやつさ」

 原因が即わかればそもそもうちの部署もいらねーだろうしなあ、と天道が面倒くさそうに言いきる。いらない、と言ってしまっていいのかはわからないが、しかし異能でなくても道具があれば書類を確認する前に鑑識でふるいにかけることは可能だろう程度の想像はついた。

「だから、私がするのは結局ご遺体の確認が主です。ご遺体の状況を見て、現場の情報を得て、手順が残っていないか確認する。解剖に立ち会えるなら立ち会いますし、解剖に立ち会うほどでなくても念のためお返しする前のご遺体を確認して、みたいな形が多いです。残滓、っていうのは、所謂なんだかオカルト的第六感とかではなくて、手順の残滓――そういう、まだ使の確認なんですね」

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