第37話 おじさんの、おおっとテレポーター


「ワシさま、ダンジョンアタックは初なのだ。さっそく乗り込むぞ!」


「待ってくださいリリムちゃん。せっかく作った防具です。きちんと装備しないと」



 エリカはリリムの首根っこを捕まえると黒い毛皮のマフラーを巻き付けた。リリムはマフラーをモフモフと触りながら嫌そうに眉をしかめる。



「うえ~! 首がチクチクするのだ」


「我慢してください。そのマフラーには【レジスト魔法防御】効果があります。魔法を食らってもある程度は耐えられるでしょう」


「【ブラッディファング】の毛皮から作った貴重なレア装備だ。あんまりワガママ言うと鍛冶屋の爺さんが泣くぞ」


「【ブラッディソード】とお揃いにするとコーディネートに統一感も出ますよ」


「言われてみればたしかに! さすがはエリカ。乙女心がわかっておるな!」



 エリカのフォローによって、リリムは上機嫌で毛皮のマフラーを首に巻く。

 エリカはいつの間にかリリムの扱いに慣れていた。


 マフラーの他にも、食糧を詰め込んだリュックや医療キットも持ち込んでいる。

 途中で足りなくなった場合は、馬車に戻って補充も可能だ。



「出発前、エリカはギルド長から何を渡されたんだ?」


「先輩が使っていたアミュレットです。このアミュレットにもレジスト効果がありまして。御守おまもりとしてくださいました」



 エリカは胸元にぶら下げているアミュレットを握りしめ、バイデンがある方角の空を見上げる。



「先輩はワタシを試していたようです。魔法のチカラではなく冒険者としての有り様を」


「そうか……」


「みなさんにはお恥ずかしいところを見せてしまいました。タクトさんにはアドバイスもいただいてしまって……」


「いいって。本音をさらけ出してくれて助かった。冒険を楽しみたいって気持ちは俺も同じだからな」



 贖罪しょくざいなんて重苦しい動機では、冒険者を続けられないだろう。

 バグやチートの廃絶こんぜつ。それはすなわち、バグによって生まれた自分自身を罰するのと同じなのだから。



「バグを解決するのは俺も賛成だ。だけど、四六時中気を張ってたら疲れるだろう? 世の中には楽しいことがたくさんある。エリカにも”今”を楽しんでほしい」


「タクトさん……」


「その通りなのだ! 美味いものを食べ歩くのもいいぞ。今回のクエストが終わったら一緒に屋台を回るのだ」


「その台詞は死亡フラグだからやめておけ」


「しまった!? このままでは一級フラグ建築士になってしまう!」


「ふふっ。やっぱりタクトさんたちはおもしろいですね」


「同感であります。一緒にいるだけで元気と勇気を貰えるであります」



 エリカが朗らかに笑い、シェルフィが腕を組んで頷く。

 『世界を救う』みたいな気負いはない。いつもの俺たちでいこう。



「それじゃあ行ってくる」


「ご武運を!」




 ◇◇◇◇◇



 待機組のシェルフィを残して俺たちは嵐に踏み入った。


 真っ白な灰が視界をさえぎり、前も後ろもわからなくなる。

 指の先すらも見えなくなって、自分がどこに向かっているのか。立って歩いているのかすら自信がなくなる。



(この感覚……。【禁域きんいき】でも味わったな)



 俺はもしや、と思って無銘を頭上に掲げる。

 すると、白い嵐の向こう側に一瞬だけ目映い光がきらめいた。



「二人ともあの光を目指せ!」



 無銘は道を指し示す特殊な効果がある。

 リリムとエリカに呼びかけて、光差す場所へ歩みを進めると……。



「ここは……」



 気がつけば、広場らしき場所にたどり着いていた。

 広場の真ん中には紫色の清水しみずが湧き出ている泉があり、顔を削り取られた天使(?)の像が建ててある。



「いつの間にこんな場所までワープしていたのでしょう」



 エリカが言うように、俺たちは廃墟の街の中心部にいた。

 東西南北に石灰石の建物が立ち並んでいる。街の広さ的には商業都市バイデンと大差ない。


 街のすぐ外には、灰の嵐が轟音を立てて渦巻いている。

 嵐は街の上空まで広がっており、周囲は曇りの日のように薄暗かった。

 人気はなく、ゴゥゴゥ……と風の暴れる音だけが不気味に響き渡っている。



「外の嵐から街の中心まで30分以上はかかると思います。それなのに一瞬でワープしました。おそらく……」


「テレポート系のトラップだな。侵入者を外に出られなくするんだ。どこから入ってきたかわからなければ戻るに戻れない」



 下手をしたら各々別の場所にワープさせられていたのかもしれない。

 しかし無銘が道しるべとなり、おかげでエリカは俺と合流を――



「って、リリムがいないっ!?」



 リリムはさっそくフラグを回収していた……。

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