第7話 魔王の娘はバーチャルアイドル


 ――バーチャルアイドル。


 それは2D、もしくは3DのCGで作られた架空のキャラクターのことだ。

 主にインターネットで活動しており、動画サイトなどで実況やPR案件などの配信を行う。


 ログドラシル・オンラインでも、広報活動の一環として専属のバーチャルアイドルが生まれた。

 実際のゲームには登場せず、あくまで広報用のマスコットキャラとして賑やかしを担当していたのだが……。



「ワシさまの奮闘空しくサービスは終了! アカウントもサクっと消されたのだ」


「それならどうしてゲームの世界に存在できるんだ? ゲーム内のデータやグラフィックは未実装だったはずだろ?」


「次のアニバーサリーでサプライズとして実装予定だったのだ。しかし、サービス終了のスケジュールと予算繰りの関係でお蔵入りとなったのだ!」


「うわ、世知辛い……」


「このままでは死んでも死にきれぬ。故になんかグワーっとした力で、ババーンとゲームの世界に転生してやったのだ」


「おまえも俺と同じイレギュラーなNPCってわけか」



 どちらかと言えば、無銘と同じような未実装データに近いのだろう。

 それがサービス終了と同時に枷が消えて、勝手に動き出したわけだ。



「だからと言って、おまえに忠誠を誓う理由にはならないがな」


「なぜっ!?」


「バーチャルアイドルでも設定上は魔王の娘なんだろう? なら、こちらの世界の常識に照らし合わせたら人を食って生きるはずだ」


「そ、それは……」


「同情はするけどな。俺だっておまえと同じ境遇だ」



 俺は鼻先に突きつけていた無銘を振って、リリムを拘束していた縄を切った。



「せっかく手にした第二の生だ。せめて人里離れた場所で静かに暮らすんだな。そうすればお互い、悲しい目に遭わずにすむ」


「タクト、おぬし……」



 俺が一歩下がると、周りで様子を見守っていた村長が心配そうに声をかけてきた。



「解放してよかったのですか。危険な魔物なのでしょう?」


「ああ。この村なんて一瞬で消し飛ぶほどのな」


「ひぃっ!?」


「だけど、こいつはそれをしなかった。縄で縛られて大人しくしていた。人を襲うつもりは最初からなかったんだろう」


「……ふん。知ったような口を」



 リリムはその場で立ち上がって、俺の言葉を鼻で笑ってみせた。

 縄から解放された右腕をグリングリンと回して、調子を確かめている。

 それから小さな右手を掲げると、赤い爪を『シャキン!』と伸ばした。



「ふふふ、タクト・オーガン。ワシさまを千年の呪縛から解き放ったその功績、しかとこの身に刻んだぞ。おぬしにはあとで、たっぷりと礼をしてやろう……」



 リリムは邪悪な笑みを浮かべながら、赤い爪を村長たちに向けた。



「だが、その前にまずはキサマらだ!」


「ひぃ! お助けっ!」


「くくくくっ。そう恐れるでない。すべては一瞬で終わる……」



 恐れをなして逃げ惑う村長たち。そんな彼らにリリムは……。



「勝手にご飯を食べてごめんなさいでした!」



 指先を揃えて、綺麗な土下座を決めた!



「もうしませんから許してください。こっちの世界に転生してからお腹ぺこぺこで死にそうだったんですぅぅぅぅ!」


「え~っと…………」



 事情がわからない俺と村長は顔を見合わせる。

 すると、隣にいた農夫が説明をしてくれた。


 なんでも家族で夕食を楽しんでいたら、土間の方で物音が聞こえたらしい。

 野良犬かと思って様子を見に行ったら、リリムが備蓄用の果物を失敬していた。

 すでにいくつか果実を食べ終えており、食い意地が張っている。

 注意するだけでは反省しないだろう。そう思って縄で縛って捕まえたそうだ。



「オラたちじゃ盗みの罪は裁けねぇっすから。村長さんに相談しに行ったんす」


「そういや盗人が出たからって呼び出されたんだったな」


「うるうる……」



 設定とはいえ魔王の娘だ。プライドも高いだろうに土下座を続けている。

 目に涙をためているのがあざといが、反省する心は本物だろう。

 魔王の娘と名乗るから話がややこしくなったが、事件そのものはシンプルだった。



「リリムなら人を襲って食べることもできた。けど、こいつは果物で飢えをしのごうとした。もちろん窃盗は裁かれるべきだが……」


「魔物相手に人間の法は通用しませんよねぇ」



 村長はヤレヤレと肩をすくめると、リリムの肩をぽんと叩いた。



「私たち農夫も冬のひもじさを知ります。あなたの心中はお察ししますよ。よければウチでご飯を食べていきませんか?」


「いいのか!?」


「その代わり、皿洗いをしてもらいます。それで窃盗の罪も許しましょう。失った食糧は私の方で補填ほてんしますのでご安心を」


「おお……っ。ニンゲン、アッタカイ。ワシさま、カンドウ……」



 感動のあまり、リリムは人の心を初めて知った怪物のように涙を流していた。

 これにて一件落着。よかったよかった、とみんなで村長の家に向かおうとすると……。



!!」



 従来のクエストで戦うはずだった、イノシシモンスターが現れた!



「こんなときに面倒な!」



 俺が無銘を構えて迎え撃とうとすると……。



「おぬしは下がっておれ」



 リリムが前に出て、向かってくる巨大なイノシシと対峙した。



「大丈夫なのか?」


「ふん。あんなイノシシごとき、ワシさまの敵ではない。せっかくの機会だ。魔王の娘の実力を見せてやろう」



 リリムは不敵に笑い、右手をイノシシに向けて叫んだ。



「喰らえ! デンジャラス・ブラック・サンダー・オーバードラ……っ」


「ブモオオオオオオオオオっ!!!!」


「イブっ!?」



 あ、吹き飛ばされた。



「なぜだ!? なぜワシさまのDBTOデンジャラス・ブラック・サンダー・オーバードライブが発動せぬ!?」



 リリムは思ったよりも頑丈で、イノシシの体当たりを喰らっても無傷でその場から立ち上がった。

 必殺技? が発動しなかったようで、驚愕の表情を浮かべながら自分の右手を見つめている。



「フシュウウウウウウウウ!」



 イノシシはUターンを行い、リリムにトドメを差すべく鼻息荒く狙いを定めている。



「そんなこったろうと思ったよ」



 俺はリリムを庇うように前に出て、改めて無銘を構えた。


 拘束されたリリムは何もしなかったわけではない。

 普通に捕まって普通に縄で縛られ、普通に身動きが取れなかったのだ。

 なぜなら……。



「リリムは未実装だったんだろう? なら戦闘用のデータも存在しない。あるのは見せかけの設定だけだ」


「そんな……っ!」


「安心しろ。あとで対策を教えてやるさ。今はとりあえず……」


「ブモオオオオオオオオオっ!!!!」



 ターゲットを俺に再設定した大イノシシは、真っ直ぐ愚直に突撃してきた。

 動きは速いが見切りやすい。

 攻撃が当たるその直前、【ムーブ】で一歩横に移動してから。



「今夜は牡丹ぼたん鍋だ!」



 スキルなしのただの斬撃で、イノシシを一刀両断した。





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バーチャルアイドル リリムちゃんの宣伝コーナー

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 リリム「ほう……。このおっさんやるではないか。ワシさまの家来にしてやろう」


 ここでワシさまからの宣伝なのだ!

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