パトリックの狂恋(胸糞悪い表現あり、閲覧注意)

※注意!

性暴力描写がありますのでご注意ください。苦手な方はブラウザバックを推奨します。かなりきつい描写になってます。




 時はヴァイマル伯爵家の夜会でエマに別れを告げられたところまで遡る。

(エマ嬢……どうして……? どうして……?)

 パトリックは茫然と立ち去るエマの後ろ姿を見ていた。

 そしてその後、体の底から湧き上がるどす黒い感情は、パトリックの全てを支配していた。

(つまりそういうことか。許さない……エマ嬢と僕の仲を引き裂こうとする奴ら……絶対に許さない。地獄の底に突き落としてやる)

 醜く歪むその表情は悪魔よりも恐ろしいものであった。

(大丈夫だよ、エマ嬢。邪魔者は全て排除してあげるからね。そうしたらきっと君は僕の元に戻って来てくれるよね?)

 パトリックは小さくなるエマの後ろ姿を再び見て、ほんのり口角を上げた。

 アメジストの目には光が灯っていなかった。

「ロルフ、最近エマ嬢に接触した者の素性を1人残らず調べろ」

 その後、やって来たロルフにパトリックはそう命じる。

「承知いたしました」

 ロルフは顔色1つ変えずに頷いた。






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 数日後、ランツベルク家の王都の屋敷タウンハウスにて。

(やはりこいつらか)

 パトリックはロルフが調べ上げた資料を見て顔を歪める。

 そこにはカサンドラ達について事細かに書いてあった。

(カサンドラ・グレートヒェン・フォン・アーレンベルク。エマ嬢に接触した令嬢の中の1人。こいつが元凶か。そういえばこいつは以前やたらと僕にアプローチをしていたな。着飾っただけで中身のない満艦飾には全く興味が持てないんだけれどね)

 パトリックは絶対零度以下に冷め切った目でカサンドラの資料を見ていた。

 パトリックはカサンドラがエマにした行為を全て把握した。

(穏便なやり方では時間がかかるな。エマ嬢がああなってしまった以上、手段を選んでいられない)

 パトリックはニヤリと口角を上げる。

「ロルフ、今から言うことを君にも手伝ってもらう。まず……」

 パトリックはロルフに指示を出す。すると、珍しくロルフは困惑した表情になる。

「パトリック様、それはいささか……」

「ロルフ、今まで僕に出来なかったことなどないだろう?」

 ニヤリと笑うパトリック。アメジストの目には光が灯っていない。

「全く、貴方というお方は。承知いたしました」

 ロルフは軽くため息をついて苦笑した。






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 そして数日後の新聞記事の1面には、カサンドラの自殺やその他貴族の醜聞に関する記事まみれになった。

「思ったより早かったな。まあになれば、奴も自殺するしか選択肢はなくなるだろうね。ロルフ、本当にご苦労だったよ」

 パトリックは口角を上げ、満足気に新聞を読んでいた。

「本当に、パトリック様は恐ろしいお方ですね。あれは犯罪レベルですよ」

 ロルフは苦笑してため息をついた。

 そう、カサンドラの自殺やカサンドラの取り巻きの失脚は全てパトリックが仕組んだことなのであった。

 ロルフに、パトリックが怪しいパーティーに参加している噂を流してもらった。それに食いついたカサンドラはパトリックに会いたいが為にそのパーティーに参加。そしてそこで睡眠薬を飲まされ、パトリックが雇った数人の悪漢に純潔を奪われたのだ。睡眠薬も、丁度目覚めた時に純潔を奪われている最中であるように、パトリックが上手く調合したのだ。その後、逃げるようにアーレンベルク公爵家の王都の屋敷タウンハウスに戻ったカサンドラは先程のことを誰にも打ち明けられず自殺を選んだ。

「エマ嬢を取り戻す為なら僕は何だってやるさ」

 パトリックはニヤリと笑った。

「しかし、ヴァイマル伯爵家は破産させる必要がございましたのでしょうか?」

 ロルフは怪訝そうな表情だ。

「まあ、カサンドラの取り巻きであるヴァイマル伯爵家の三女だけ陥れたらいいとは思ったが、ヴァイマル伯爵家はシェイエルン伯爵家の最大の取り引き先だ。シェイエルン伯爵領は鉄鉱石の産地。ヴァイマル伯爵家はシェイエルン領の鉄鉱石の7割を購入している。ヴァイマル伯爵家を破産させたら売り上げの7割がなくなり、自然とシェイエルン伯爵家も危険な状況に陥る。鉄鉱石はガーメニー王国ではありふれた資源だから、わざわざシェイエルン領の物を購入する必要もないしね。ヘルムフリート・ヴォルフガング・フォン・シェイエルンへの嫌がらせにはなるだろう」

 パトリックは口角を吊り上げる。

「ロルフにエマ嬢のことを調べさせた当初、家族以外で彼女と関わりがある者として情報が上がったのがヘルムフリートだ。奴は邪魔で邪魔で仕方なかったんだよ。それに、ヴァイマル伯爵家の夜会でエマ嬢に絡んできた癇癪令嬢。ロミルダ・タビタ・フォン・ホルシュタインと言うらしい。我儘わがままでマナーもなっていなくて癇癪が酷く、社交界で嘲笑の的になっている令嬢だ。下世話な令息達の間では、彼女が結婚出来るかどうか賭けているらしい。……彼女もヘルムフリートを排除する駒として使えそうだ」

 パトリックはクククッと笑う。アメジストの目には光が灯っていなかった。






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 パトリックにとって全ての始まりは、孤児院で奉仕活動をするエマの姿を見かけた時。

 その日、パトリックは寄付の為に孤児院に訪問していた。その時、偶然子供達と共に走り回ったり、自ら土に触れて子供達と共に遊ぶ令嬢を見かけた。その令嬢は、太陽のような屈託のない明るい笑みを浮かべていた。

(何だあの令嬢は!?)

 パトリックはその令嬢に、本能的に、強烈に心を惹かれたのだ。一目惚れである。

 今まで家族以外の他人に興味を全く示さなかったパトリック。それゆえ、パトリックは自分の変化に戸惑いを隠せなかった。

 彼女と話してみたい、仲良くなりたい。

 心の底から湧き上がる欲望。

 孤児院の院長フォルカーに聞くと、彼女はリートベルク伯爵家の令嬢で、名前はエマ・ジークリンデ・フォン・リートベルクだということが分かった。

(エマ・ジークリンデ・フォン・リートベルク……)

 パトリックはエマから目を離せなかった。

「ロルフ、あの令嬢……エマ・ジークリンデ・フォン・リートベルク嬢について調べてくれ」

 気付けばパトリックはロルフにそう命じていた。

 そしてロルフが調べ上げた情報をじっくりと目にするパトリック。

(エマ嬢は成人デビュタントしたばかりなのか。そして姉と兄と弟がいる。姉のリーゼロッテ嬢は社交界の白百合、兄のディートリヒ卿は琥珀の貴公子と呼ばれるほどの美貌の持ち主。一方エマ嬢の容姿は醜くはないがそれほど美形というわけでもない。でも……)

 パトリックはエマの笑顔を思い出す。

(あの太陽のような笑みは社交界でも有名なのか。エマの笑顔、そして機知に富んだ会話に惚れ込む者は多いというわけだな)

 パトリックは資料を読んでそう感じた。

(それから……ヘルムフリート・ヴォルフガング・フォン・シェイエルン。こいつのエマ嬢への言動は酷いものばかりだな。エマ嬢に好意を寄せているのは明らからしいが……気に入らない)

 パトリックは冷たい表情で資料を見る。

(それと、エマ嬢が孤児院に行く日程は……)

 何とパトリックはロルフにエマが孤児院に奉仕活動へ行く日程まで調べさせていたのだ。

 それからはエマの日程に合わせて孤児院に訪問をし、エマと仲良くなるパトリック。しかし、それだけでは足りなくなった。共に孤児院で奉仕活動をする友人という立場を手に入れ、エマの太陽のような笑顔を見る度に、欲が生まれた。エマを閉じ込めて自分だけのものにしたいと。

 気が付くとパトリックはひたすらエマの肖像画を描いていた。彼女の肖像画を描き、眺めることで、湧き上がる衝動を抑えようとしていた。

 エマから『好き』とはどんな気持ちかを聞かれた時、パトリックはエマに嘘をついた。パトリックの『好き』は、そんなに優しく温かいものではない。恋だの愛だのそんな感情を通り越し、心の奥底から止めどなく湧き上がるどす黒い渇望に近い。エマを自分以外と関わりを取れない場所に閉じ込めてしまいたい。自分がいなければ生きていけないようにしたい。それがパトリックがエマに抱く『好き』という感情だ。

 しかしパトリックは分かっていた。エマを閉じ込めて自分だけのものにしてしまうと、太陽のような笑みはもう見られなくなると。自分の欲望はエマを怖がらせてしまうと。

 






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 そして時はエマがランツベルク城に泊まっているところまで来る。

「色々あったけれど、エマが僕の元に戻って来てくれた。このまま婚約の話を進めてしまおう。僕はエマがいないとどうしようもなく駄目なんだ」

 パトリックはポツリと夜空に呟いた。その呟きは、夜空の闇に吸い込まれていった。

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