ピンクのグラジオラス
「ルナ様は、結婚に愛は必要だとお思いですか?」
マルセルに相談してしばらくしたらある日。薔薇園でのティータイム途中でシャルルはルナにそう聞いてみた。
すると、ルナからはこんな答えが返って来る。
「いいえ、そうは思いませんわ。結婚はビジネスあるいは、お互いが背中を預け合い戦うことだと考えております。信頼は必要でも、愛は必要ないかと存じますが」
いつも通りの上品な笑みのルナ。
「そうですか……」
シャルルは少し俯いた。はっきり言われると寂しさが溢れ出す。
「ルナ様の仰ることはよく理解できます。国同士や貴族同士の政略結婚はビジネスですからね。ただ……やはり僕は、結婚には愛がある方が理想的だと考えています。僕の両親は、政略結婚とはいえ愛し合っていましたから」
シャルルは少し寂しそうに笑った。
「シャルル様、
「そう仰っていただけるのはとても光栄です。僕も、ルナ様と共にこの国をもっと良くしていきたいです」
シャルルはキームン紅茶を一口飲み、一呼吸置く。そして言葉に力を込める。
「ただ僕は……ルナ様のことを愛しています」
シャルルのサファイアの目は、真っ直ぐルナのアメジストの目を見つめている。
「お好きなものを愛でる時や好物をお食べになる時の表情がとても魅力的です。それから、ルナ様と文通したり、時間を共有するこおはとても楽しいです」
シャルルは明るく満面の笑みに切り替える。
「僕はルナ様を愛しています。しかし、だからルナ様も僕を愛してくださいとは言いません。ルナ様から信頼されているだけで充分です。ただ、僕が勝手に気持ちを伝えたかっただけです。ルナ様、これからもこの国をよくしていきましょうね」
明るい笑みのシャルル。サファイアの目は真っ直ぐ力強かった。
(今はこれでいい。少なくともルナ様に嫌われてはいない。これから僕に対して恋愛的な好意というか……愛を持ってくれたら、それでいい)
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シャルルがルナに想いを伝えてから数日後。ルナの負担にならぬよう、シャルルは自分の気持ちを押し付けることは決してなかった。しかし少し、ほんの少し変化があった。
公務のない休日、シャルルはルナに誘われて温室でポーカーをしていた時のこと。
シャルルは手持ちのカードとルナの表情を交互に見る。
相変わらず上品な笑みのルナ。
シャルルの手持ちカードはダイヤの6、7、8、9、10だ。2番目に強いストレートフラッシュである。
(ルナ様……腹の底が全く読めない。まさにポーカーフェイスだな。だけど、このカードなら勝てるはず)
「シャルル様、いかがなさいますか?」
相変わらずミステリアスで上品な笑みのルナ。
「このまま勝負します」
シャルルは自身ありげに微笑んだ。
2人は手持ちのカードをオープンした。
「そんな、勝てると思っていたのに……」
シャルルはルナのカードを見て驚愕する。溢れ落ちそうなくらいサファイアの目を見開いている。
ルナのカードはスペードの10、
「悔しいですね。チェスもポーカーもルナ様に1度も勝てたことがない……」
シャルルは素直に悔しさを表情に出した。
特に何かを賭けているわけではなく、単純な遊びだ。
「たまには負けてみたいものでございますわ」
ルナは微笑んだ。その笑みは、いつもの上品な笑みとは少し違い、柔らかかった。シャルルはそのことに気が付いた。
甘美で格調高くエレガントな薔薇の香りが、ふわりとシャルルの鼻を掠める。
(ルナ様、自惚れかもしれないけれど、僕に心を許してくれているということかな?)
シャルルは満足気に口角を上げた。
シャルルが侍従から紅茶を受け取ると、揺れた空気によりテーブルに飾ってあるピンクのグラジオラスがルナの方へ寄った。
変化はこれだけではなかった。2人でニサップ王国国境付近にあるラファイエット侯爵領に視察へ行った時のことだ。晩餐を終え、バルコニーで星空を眺めるルナを見つけたシャルル。少し話した時、ルナからこんなことを聞かれた。
「シャルル様のお好きなお料理やデザートはどういったものでしょうか?」
シャルルとルナは政略結婚だったので、普段は政治など仕事の話が多かった。だからこういったことを聞かれることがあまりなかったのだ。
シャルルは内心驚くも、微笑んで素直に答える。
「フォアグラのソテーと苺のミルフィーユが僕の好物です」
「でしたら、今度シェフに提案してみますわ」
「それは嬉しいですね。ルナ様、ありがとうございます」
シャルルはサファイアの目を輝かせ満面の笑みを浮かべた。ルナも、いつもとは違いどこか嬉しそうに微笑んでいるように見えた。シャルルはルナのアメジストの目がいつもより美しく感じた。
星空の中、2人は穏やかな時を過ごしていた。
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その翌日、シャルルとルナはラファイエット侯爵家の武器庫に異常がないかを確認していた。
そこで悲劇が起こった。
柱が崩れ落ち、支えをなくした天井の一部が落ちてくる。
落下する天井の真下にいたシャルル。咄嗟のことで逃げる判断も遅れた。シャルルはそのまま天井の下敷きになってしまうと思いきや、何者かから体を強く押されてそうならずに済んだ。
天井はドーンと音を立てて床まで落ちた。
埃が舞う中、シャルルはゆっくりと目を開ける。
そこにはシャルルにとって信じたくない光景が広がっていた。
天井の下敷きになり、頭から血を流している、意識のないルナの姿。
「ルナ様ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
頭が真っ白になり、シャルルは泣き叫んだ。
ピンクのグラジオラスの花言葉:ひたむきな愛
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