【短編】俺の幸福な結末
白鳥座の司書
暁が覆う闇
「ご存知? ラディアさんがリーランド家の養子だって噂」
「知ってる。知ってる。噂によればラディアのお母様の先祖はこの学校の創立者である魔法騎士の一人だったらしいけど、お父様は魔術が使えない凡才だったらしいわよ」
「なんか無口でマリオネットみたいだよね。容姿は綺麗だけど」
「兄のルシルド先輩はあんなに完璧なのに」
僅かに発光する奇妙な植物が巻きついた噴水か聞こえる流水の音。小鳥のさえずり声。
そして暖かい日和。
私を囲む白い壁には様々な植物の壁画が描かれている。
昼下がりの神立聖魔法学校の中庭。噴水の縁に座っていた私は耳障りなクラスメイトの噂話さえなければ、すっかり眠っていた所だ。
制服である黒いコットを纏った彼女達は近くに噂の張本人である私が居る事に気づいていないのだろうか。
何となく手元を見下ろしてみると。今は亡き実の母から貰った指輪がステンドグラスから差し込む緑の光を反射していた。銀色のリングの上には三日月の形をした宝石が光り輝いている。
「やぁ、ラディア。こんな所で何してるの?」
頭上から優しい少年の声が響く。
俯いていた顔をあげてみればそこには一人の少年が立っていた。
栗色の髪。頬のそばかす。美しい翡翠色の瞳。
クラスメイトのミカだ。
「兄様と待ち合わせよ。ミカは?」
「僕は試験の帰り。お兄さんの教室はこっちじゃないはずだよね?」
ミカが首をかしげる。
「それがね。あっちの寮に所属している兄様のお友達が少し怖いくて」
具体的な名前をいくつか挙げるとミカは直ぐに納得したように頷いた。
「あぁ。あの人達、家柄ばっかりこだわるからね。君みたいな優しい人とは相性が悪いか」
「褒めても何も出ないからね」
「おや。事実を言っただけだよ」
思わず彼から目をそらしてしまう。
すると再び笑い声。
先ほど、噂話に興じていた女子達だ。
「あー。あいつ凡才のミカじゃない」
「ラディアもあんな奴なんて放っておけばいいのに」
掌返すの早すぎだろ。
様子を察したミカがこの場から離れようとしたので制止する。
「あの噂好きの猫ちゃん達なんか放っておきなさい。ミカは凡才じゃないし、なにより魔術が使えない人間を凡才なんて呼ぶのはここぐらいだって知らないのよ」
そう。ミカは魔法が使えない。しかし、これはミカが凡才であるからでは無く呪いにかかっているのが原因だ。
ミカは優しく微笑む。
「いや。僕はこの後、エレメント合成論の授業があるからここで。お兄さんはまだ来ないみたいだけど、結構待ってるの?」
ふと中庭の時計を見る。
待ち合わせの時間はとうに過ぎていた。
「えぇ。それにしても遅いわね。いつも遅刻なんてしないのに」
「何かあったのかも」
ミカの言葉に鼓動の高鳴りが加速する。
兄は完璧な存在だ。勉学、人間関係、どれを取っても申し分ない。
それでも万が一の事があったら?
そう考えると少し恐ろしくなる。
もし約束を破ってここから離れたら彼は何と言うだろうか。
いや、万が一ここから離れて兄とすれ違いになっても「兄様が心配だから探しに行った」と正直に説明すればいいだろう。
「そうね。探しに行ってみる」
「心当たりはあるの?」
「一応ね。兄様とその友達がいつも秘密の会合で使っている場所」
私も立ち上がると、噂好きの少女達は全く違う噂話に興じていた。
「そういえば今朝の新聞見た?」
「あー。暁が脱走したってニュース?」
「あのテロリストの男?」
「そうそう! あいつの配下が今でも一般人に紛れ込んでいるらしいよ」
「こわーい」
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