四章 深夜に義妹から相談される

どうすれば寝られるの、お兄ちゃん

 お兄ちゃん?

 意識の外から早那の声が聞こえてくる。


「お兄ちゃん、少しいいかな?」

「……なんだ?」


 早那の声に弱弱しさを感じ取り、俺は身体を揺すられる前に意識を眠りから浮上させた。

 重い瞼を引き上げると、部屋の闇の中に妹らしき華奢なシルエットが見えた。

 横たわったままベッドサイドに置かれたテーブルランプを点ける。

 テーブルランプのオレンジの照明が早那の姿を明瞭にした。

 早那は助けを求めるような目で俺を見ていた。


「どうした早那?」


 就寝してから訪ねてくるほどの訳があるのだろう、と早那の心中に思いを馳せながら問い掛ける。

 不安げに早那が口を開く。


「ホテルのベッドが慣れなくて寝付けないの。どうしようお兄ちゃん?」

「どうしよう、と急に言われても」


 早那の相談に乗ってあげようとは思いながらも、明確な答えがなく当惑する。

 ベッドや枕が変わると寝られないタイプの人はいるものだが早那が該当するとは。


「眠れないと思うから眠れないんじゃないかな。目を閉じて楽しいことでも考えていたらそのうち寝てるよ」

「そんな簡単に寝付けないから困ってるの」


 俺の返答を聞いて不服気に言う。

 それもそうだろうな。

 しかし、俺に相談されても知恵なんてないんだよな……

 ――――――

 ――――

 ――すー、すー。


「お兄ちゃんだけ寝ないで!」


 早那の叫び声で慌てて瞼をこじ開ける。

 知恵を貸すつもりがいつの間にか眠りに落ちていた。


「悪い。どうすれば眠りにつけるか、だよな?」

「答えを言う前に寝ないでよ」

「ご覧の通り、俺は初めてのベッドでも寝られちゃうからな。すまんが早那、部屋の明かりをつけてくれ」


 俺の指示で早那が壁に設置されている照明にスイッチを押すと、天井から明るくなっていき部屋全体に明るさが行き渡る。

 急激に目に入る光量が増して眩むような感覚に襲われながらも、ベッドの上で上体を起こして早那に正対した。


「そこで突っ立っていても話しにくいからベッドに座っていいぞ」


 ベッドの傍で棒立ちしている早那を手招きする。

 早那は遠慮を感じているゆっくりとした動作でベッドの端に腰掛けた。

 俺の方はベッドの上で胡坐に姿勢を変えてから相談に対しての返答を考える。

 ……何も思いつかない。


「俺には慣れないベッドで寝られないときの解決法なんてわからないぞ」

「薄々はそうだろうと思ってたよ」


 俺の返答は予想の範疇だったらしい。

 あんまり期待されてないんだな。


「わかってたならどうして俺に相談するんだ?」


 わざわざ俺に相談した理由を知りたくて尋ねた。

 早那は恥ずかしそうに頬を赤めて答える。


「お兄ちゃんが一番真剣に考えてくれそうだから、それが理由じゃダメ?」

「ダメじゃないけど、家族に相談されたら一緒に考えてあげるのは普通の事だろ?」


 そう聞き返すと、肯定も否定もせずに微笑した。

 早那の微笑の意味を推察しようとするが当たりがつかず会話が途切れる。

 話が進まないと感じたのか、早那がベッドのシーツを撫でながら口を開く。


「お兄ちゃんはどうして慣れないベッドでも寝られるの?」

「そんなこと聞かれてもな。特に何かを意識してるわけじゃない」

「枕の高さとか布団の質感の違いとか気にならないの?」

「気にはなるけど寝られる。俺にとって布団の違いはさほど睡眠の邪魔にはならないんだろうな」


 聞かれるままに答えていると、早那が残念そうに眉根を下げた。


「やっぱりお兄ちゃんって鈍感なんだね」

「やっぱりってなんだよ。やっぱりって」

「やっぱりって思ったからそう言ったまでだよ」


 早那の口振りからするに俺は以前にも鈍感だと思われる言動をしたのだろう。

 何も心当たりはないが。

 そんなことよりも、と早那は話を戻す。


「私が寝られるようになる方法、考えてよ」

「そうは言われてもなぁ」

「なんでもいいから思いついたこと言って」


 早那の要望に応えて、真面目に睡眠導入の方法を思案する。

 俺が思いつく案なんてこれぐらいだな。


「早那は眠ろうとしてないか?」

「どういうこと?」


 突飛な問いかけに、早那は疑問符を浮かんだような顔で俺を見返す。

 早那は自覚がなかったのか。


「早那は常日頃から寝ようと意気込んで寝てるのか?」

「そんなことないよ。自然と眠たくなるから布団に入ってる」

「なら今回も寝ようと考えるな。睡魔がやってくるまで待っていればいい」


 受け身な理屈を答えとして提案した。

 早那は困った表情をする。


「でも、眠たくなるかどうかわからないよ?」

「日頃は寝る前に何をやってる?」

「決めてるわけじゃないけど、宿題を終わらせたり読書したりしてから寝てる」

「それじゃあ今日も宿題か読書でも、と言いたいところだが早那の事だからそれらが出来ないから寝られないんだろ?」

「うん。高校から配布された宿題は終わらせちゃったし、読書はいつでも出来るから本は持ってこなかった」


 それじゃ、どうやって早那に睡眠導入させるか?

 宿題と読書に共通すること……勉強と活字を読むこと……あー、なるほど。


「なあ早那。何か頭を使うことでもしないか?」

「頭を使うこと、どうして?」

「宿題と読書はどっちも頭を使うだろ。早那は寝る前に頭が疲れるような行動をしていたんだよ」

「頭を使って疲れたから自然と眠くなってた、ってこと?」

「そういうこと。だから何か頭を使うことをやろう」


 促すと、早那はしばし目を上げて考えた。

 目線を俺の方へ戻して答える。


「しりとり、とか?」

「早那がやりたいなら付き合うぞ。俺も目が覚めちゃったから頭を使わないと」


 眠れない早那に合わせるつもりで言うと、早那は申し訳なさそうに目を細めた。


「ごめんねお兄ちゃん。私が起こしたせいだよね」

「どうせすぐに寝られるから気にするな。それでしりとりやるのか?」


 早那に負い目を持ってほしくなく俺はすぐさま話題を戻した。

 うん。やる、と早那は頷く。


「そうか。やるからには容赦しないぞ」

「私だって負けないよ」


 俺の言葉に発奮して早那が対抗意識を燃やす。

 しりとりをやると決めると、途端に喉の渇きを感じた。


「しりとりには付き合うが、喉渇いたから自販機の方に行きながらでもいいか?」

「私もちょっと喉渇いたかも」


 喉の部分を手で押さえながら早那は微苦笑した。

 ベッドから降りて俺がしりとりを始めると、早那が嬉しそうに返してくる。

 しりとりを続けながら部屋を出て、二人で並んで自販機を目指して廊下を歩き出した。

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