第3話 新たな発見

 一見すると気が付かない。だが、改めて観察してみると、それらの違和感は明らかだった。


 植物。もともと三枚の葉を持つ植物が五枚持っている。花弁の形状が奇妙に歪曲わいきょくしている。同植物であるのに、形が不揃いなものが目立つ。


 昆虫。足がわずかに多い。触覚の長さが異なる。サイズ、はねの色彩、器官の構造などが微妙に異なる。


 大きな動植物では大きな変化は見られなかったが、こと小さな生物、つまりライフスパンが短く、成長速度が速いものには、より多くの変化が生じているようだった。変化は地上に限らず、魚類や菌類なども同様であった。


「奇妙だが、ありえない変化ではない。どれもいびつな進化ではなく、我々の感覚からすれば奇異に映るが、考えようによっては別の進化の道を辿り、そこで安定したものだとも言える。これを裏付けるように、変異されたものたち、それらが相補的に生態系の中で関わり合いを見せているようにも感じる。しかし通常、これらの変化がこの短期間で起こり得ることはない。絶対にだ」


 科学者のキャスターが力説した。ゼネックが慎重な姿勢で問い掛ける。


「可能性でも何でもいい、何が起きていると言うのだ?」


「進化が促されている、もしくは、遺伝子が互いに協力的な変異を起こしている。恐らく、人為的に引き起こされたものだ」


「Oh! なんてこったい」


 重苦しい空気を吹き飛ばさんと、エンジニアのシャハルが手を挙げて陽気な仕草をした。その場は幾らか和んだが、ゼネックらは改めて気持ちを引き締め、彼らを取り巻く奇妙な空気を感じつつ、更なる調査の手を広げた。


 調査開始から十日目。


 宇宙船の着陸に端を発する明確な危険性はなく、やや緊張感を失い掛けていた頃合い。動植物や環境の変化を中心として調査を調べていたゼネックらだが、遂に決定的なものを発見した。


「おい、こっちへ来てくれ」


 シャハルが声を張り上げて叫ぶ。一同は何事かと彼の元へ駆け付けた。


 そこは足元が草原に覆われた、なだらやか起伏を持つ地帯だった。森の中の不意に開けた、光の差し込む一地帯という形容が適切だろうか、一見しただけでは、特に異常は見当たらない。


 シャハルは一同の到着を確認すると、その場で片足を持ち上げ、つま先で軽く地面を小突こづいた。シャハルはゼネックらを見て、軽く顎をしゃくる。ゼネックらはシャハルの脇に立ち、同様に足元の地面を確かめた。すると、微かに地面とは異なる反響があった。


「何だ、これは?」


「おい、何やってんだ、爆発しちまうぞ! ……何てな」


「全く、悪い冗談はやめろよな」


 いぶかるゼネック、はやすシャハル、たしなめるキャスター。三者を中心に、彼らは周辺をくまなく調査した。すると、シャハルが存外真面目な表情をして言う。


「恐ろしいほど見事に地面と同化した機械だ。凄いぜ、苔に小植物、小石なんかまで、全て周囲の環境を再現してやがる。何よりこの踏み締めた時の感覚だ。絶対とまでは言えないが、普通に歩いていたらまず気が付かない。俺だって、意識を集中していたから気が付いたんだ」


「確かにな、俺も言われなければ分からなかっただろう。どうだ、調べられるか」


「まあ、待ってな。人手と道具が必要だ、すまないがベースからいくつか道具を取り揃えて来てくれないか」


 機械の調査に一両日。彼らは周囲の地表を注意深く観察し、慎重にその機械らしきものを掘り起こした。それはコールドスリープの機械であることが判明した。大きさとしては人一人を優に包み込むものだ。満遍まんべんなく降り注ぐ陽の光の元で眺めても、機械的な質感はなく、形状こそ幾らか人為的だが、表面は全く地表そのものであり、地面をそのまま固定化させて取り出したようにも錯覚する。


 それはゼネックらに馴染みのある技術ではなく、より高度なもののように思えたが、シャハルが興味深い真実を告げた。


「だがな、ガワはあれだが、機械のずっと内部、まあプログラム的なものだな。それは俺たちのものとそれほど変わらない」


 その言葉は、その見慣れぬ技術が、実際には自分たちの技術との共通点があることを示唆していた。


「それで、もう解読出来たのか?」


「ああ、俺を誰だと思ってるんだ。ご希望があれば、今すぐにでも開けられるぜ」


 全員が固唾かたずを飲んで見守る中、キャスターが表情を崩さずに提言した。


「やらなければ、いつまで経っても真実には近付けない。違うか?」


 ゼネックが無言で頷く。他も同様であった。彼らは銃火器を装備した上で機械を取り囲むように配備を終えると、適切な距離を置いた上で、シャハルにコールドスリープの解除を促した。


 シャハルは機械の側面にある、隠されたパネルに手を伸ばすと、熟練の手つきで操作を開始した。そして数十秒後。水を打ったような静寂の中、内部から響き渡る機械音と共に、ゆっくりとカバーが持ち上がった。機械が振動し、空気を鳴動させる。そして、青白い光と煙を周囲に漂わせながら、中から一人の人物が姿を現した。


 煙が晴れるに従い、その者の様子が明らかになっていった。内部にいたのは、想像上で良くあるような奇怪な生物ではなく、人間の形をしていた。


 ヘルメットで表情は見えないが、その人物に対し、思い当たる節がある者は誰もいなかった。だが、その服装と装備は、ゲノムアークに搭載されているものと、素材から色使いまでほとんど変わらないものだった。今でこそゼネックらはそれを着用していないが、それはもう嫌と言うほど身を包み、訓練中は生活を共にしたものだ。


「おいおい、悪い冗談だぜ」


 さしものキャスターも思考が回らず、心情を虚空に向かって吐露することしか出来なかった。

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