第2話 とても不味い

 殺伐とした空気の教室から、校庭に移動したルーク達。


 ルークは変わらず〈敗北者ルーザー〉の少年に話しかけ続けている。


 それが更に周りの反感を買う。


「あの転入生はなんで〈敗北者〉にあんな興味を持ってるの?」


「知らない。変わり者同士気が合うんじゃないか?」


「気が合うって言っても、一方的に話しかけてるだけで──」


「んなことどうでもいいんだよ!!」


 イライラが最高潮にまで達した金髪の男、ヘイルが周りにパチパチと雷を漏らしている。


 教室ではあの後もルークに無視され続け、怒りを溜めに溜めていた。


「殺す」


「こらこら、事故で殺したのは仕方ないけど、殺意を持って殺そうとしたらさすがに止めるからな」


 担任の教師が軽い調子で言う。


「うぅ……、命令以外は無視で私は悲しいよ」


「……」


 ルークはルークでヘイルを無視しながら、〈敗北者〉の少年に無視され続けていた。


「逆に私のことを教えてあげようか? でもそれはちゃんと話してくれるようになってからの方がいいか」


 無視をされ続けているルークは一人試行錯誤して少年から言葉を引き出そうとしている。


「転入生、構えろ。現実を見せつけてやるよ」


「ん? あぁ、いいよ。さっさと終わらせて名前聞くんだから」


 額に血管を浮かべているヘイルと、別のことで頭がいっぱいのルークという正反対の感情の持ち主達が睨み合う。


「ところで、そのおもちゃはなんなんだ?」


 体格のいい男子生徒、ランメルがルークの腰に掛かる剣を指さしてそう言った。


「ん? これは剣って言うんだよ?」


 ルークが鞘を持ちながら不思議そうに言う。


「んな事は見ればわかる。なんで剣なんて持ってるのかを聞いてるんだよ」


 この世界では魔法が全て。


 だから相手に近づかないと意味の無い剣を使う者はいない。


 魔物相手ならまだしも、人相手にはまず意味が無い。


 近づく前に魔法を放たれるから。


「言い訳の為だろ? 俺達に負けたのは魔法を使わずに剣で戦ったからって」


「それなら納得だな。雑魚の考えそうなことだ」


 ヘイルとランメルがそう言うと、笑いだし、他の生徒も一緒に笑いだした。


「……」


「なんだ、図星で何も言い返せないか? 今なら機嫌がいいから全裸で泣きながら謝れば許してやるぞ?」


 ヘイルがルークを下から舐めるように見る。


 その提案に他の男子生徒も声を上げ始めた。


「そうだそうだ、どうせ勝てないんだから脱いじまえ」


「うちのクラスの一位と二位を怒らせたんだからな」


「だから早く諦めて脱げよ。ほら、ぬーげ」


 そうして男子生徒から脱げコールが始まった。


「……はぁ」


 そんな中、本気で呆れ返った様子のルークがため息をついた。


「入るとこ間違えたかな? でもどこも同じか。結局どこも無能しかいないんだよなぁ」


 ルークはつまらなそうに少年の方を向いた。


「私が色々言われて辱められたら少しは反応してくれるかと思ったけど、無反応。悲しいけど初対面の女がどうなろうと興味は無いか。私は無いしな」


 ルークはそう言って少年の手に触れる。


「やっぱそうだよね。まぁ無能の雑魚みたいだしいっか」


 ルークはそう言って少年から手を離して未だに脱げコールをしている生徒達に向き合う。


「無能達、殺すけど卑怯とか言うなよ」


 ルークはそう言って剣のつかを握り駆け出した。


 そして呆気にとられていたヘイルの左腕を斬り落とした。


「は?」


「なに?」


 何が何だかわからない様子のヘイルがルークを睨むと、ルークは気にせず今度は胴体に剣を向けて斬り抜いた。


「ありゃりゃ」


 だけどそれはランメルが金髪を引き寄せたことで避けられた。


「まだ開始の合図は掛かってねぇだろ!」


「お前達は実戦でもそう言うつもりなの? そもそも私は言ってあげたじゃん」


「狂ってやがる」


「雑魚程ズルだ卑怯だって言うよね。私はあんたにを教えてあげただけだよ?」


 この学校を卒業したらほとんどの者は魔物と戦うことになる。


 その時に魔物相手に『ズル』だの『卑怯』だの言ってる者は一番に死んでいく。


「ずる賢い奴は人を使えば大丈夫とか考えるんだろうけど、自分は戦わないで腕を鈍らせてると結局死ぬんだよ」


 ルークの声はとても冷たく、そして鋭い。


「クソ担任! 止めんじゃ無かったのかよ!」


「本気で殺す気は無かったから」


「んな訳あるかよ! ランメルが引いて無かったら死んでたろ!」


「ヘイルが油断しすぎなのは事実だけどな。それにしたって、死んでたろ、あれは」


 ヘイルがキレながら担任を睨みつけ、そしてランメルが静かに睨む。


「教える奴が無能だから無能しかいないんでしょ?」


「反応出来なかった訳じゃない! 私は──」


「どうでもいいよ。それより始めの合図が無いから負けたとか言い訳されたくないから早く始めて」


 ルークはめんどくさそうに少年の元に戻った。


「ちゃんと利き腕は残しといてあげたけど、言い訳する?」


「お前ら如き片腕で十分なんだよ!」


「ずっと思ってたけど、いちいち叫ばなくても聞こえるから。うるさい」


 ルークが耳を両手で押さえた。


 そのタイミングで担任の教師が「始め」の合図をした。


 どうやら無能扱いされたのが気に食わなかったようだ。


 その合図と同時にヘイルは雷の矢をルークに飛ばした。


「死んどけ」


 雷の矢は教室同様にルークに当たるのと同時に消えた。


「自分達は恥ずかしげもなく卑怯なことをする奴らに、殺す気満々の攻撃を止めない担任。クズしかいないのかな?」


 ルークが呆れた様子で剣の柄を握る。


「クソが」


 ヘイルは次々と矢を飛ばしていくが、その全てがルークに当たると同時に消えていく。


「馬鹿の一つ覚え。……でもないか」


「ちっ」


 ルークが半身を仰け反らせてランメルの拳を避けた。


 ヘイルの雷の矢を陽動にして、ランメルがルークに攻撃を仕掛けた。


「二対二って言っても、そっちは何も出来ない無能がいるから結局二対一だ。手数で殺す」


「不味いんだよなぁ」


 ルークがそう呟くと、ヘイルはニヤリと笑った。


「どうした? その無能を選んだのはお前なんだぞ、言い訳でもするか?」


「これ以上はほんとに不味くてやばいのでっ」


 ルークがランメルを蹴って後ろに飛んだ。


 正確には少年のところに。


「不味かった不味かった。……ふぅ、ごめんね」


 深呼吸をしたルークが少年に今までに無い程の優しい声で謝罪をしてから少年の頬に手を当てて、口付けをした。


 時間にして五秒程の口付け。


「美味しかった、ご馳走様」


 ルークがいつも通りの声で口元を指でなぞりながら言う。


「顔色一つ変えないのはちょっとショックだけど、まぁいい、や!」


 ルークが振り向きざまに剣を抜いて剣先から人を覆うのには多すぎる量の炎を飛ばした。


「こっからがちょっと本気」


 ルークはそう言ってニヤリと笑った。

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