第44話 異能大乱戦③


 理市は呆気にとられたが、驚愕したのは最上も同じだった。鉄の塊は巨大な弾丸のように、タコの化け物に見事に命中した。

 千載一遇せんざいいちぐうのチャンスだった。触手の力が緩んだ隙をのがさず、理市は拘束から脱出した。猫のようにやわらかく床に着地する。


 すかさず、頭上から切断された太い触手が落ちてきた。理市は反射的に横に飛ぶ。間一髪で潰されるところだった。

 タコの化け物を見上げると、天辺にいる最上の上半身は無事だが、太い触手を数本失ってダメージを負っているようだ。


 倉庫に飛び込んできた鉄の塊は、よく見ると異形の車だった。車体のいたるところに、リアルな眼球が貼りついている。何とも不気味な眺めだ。バチバチと瞬きを繰り返し、理市の方を睨みつけた。

 理市も一度乗ったことのある、ヒカルの眼球自動車に間違いない。


「運転しているのは、やっぱりヒカルさん?」

「犬飼理市、さっさと乗れ。すぐに奴がくる」

「奴って、それ、誰のこと?」

「ざっくり言うと、私の敵だ」


 理市が眼球自動車に乗り込んだ時、シャッターに開いた大穴から、スーツ姿の男が入ってきた。優雅に歩きながら、ボロボロになった上着を脱ぎ捨て、ネクタイを外して投げ捨てる。その一挙手一投足から、理市は目が離せない。


 乱れた髪型を手櫛てぐしで整えると、金髪の美青年は爽やかな笑顔を浮かべた。ここが恋人との待ち合わせ場所であり、バラの花束を手にしているように錯覚してしまうほどである。


「奴がさっき話した私の敵だ。〈旧支配者の末裔〉ビル・クライム。わかりやすく言えば、在来種の生存を脅かす危険な外来種。アライグマやブラックバスのようなものだな」


 ビルは笑顔で眼球自動車に近づいてくる。理市は否応なく、決断を下した。

「よくわかった。アライグマを始末してやるよ。だが、その前にヒカルさん、何か武器をくれ。今の俺は限りなく人間に近い。化け物どもを倒すだけの力がないんだ」


 ヒカルはにっこり笑って、

「ああ、そういや、そうだったね。その望みを叶えてやろう」そう言って、右手を抜き手のように理市の胸に突き入れた。「ほい、どうぞ」

「ヒ、ヒカルさん、何を……」


 ヒカルの右眼は真っ黒な眼窩がんかが開いている。もっとも、すぐに奥の方から「しゅるん」と新たな眼球が現れて、眼窩を埋めた。


「6時間ほど前に強制徴収をしたけれど、今度は強制移植ね」

「それって、まさか、3年前と同じ……」


 ヒカルは〈響き眼〉を理市の心臓に癒着させたのだ。理市は鮮明に覚えていた。その後にやってくる七転八倒の苦しみは、全身の骨と筋肉が砕けるような激痛をともなうことを。


 理市の胸の奥が、ドクンと跳ねた。

「やべぇ、今度こそ激痛で死んじまう」

「じゃあ、犬飼理市、後はよろしくね」

 ヒカルに突き飛ばされ、理市は車外に転がり落ちてしまう。非情にも、眼球自動車は理市を残して、そそくさと逃走に入った。


「ヒカルさん、ひでぇ。マジ悪魔」

 理市はうまく呼吸ができず、床の上でのたうち回っていた。〈響き眼〉は、理市の血と肉を響かせる。全身37兆の細胞の活性化を促し、急速に身体を作り変えるのだ。


 無防備な理市の前に、ビル・クライムが近づいてきた。

「おいおい、仲間割れか? ひどい御主人様じゃないか」

「ヒカルさんは別に主人じゃねぇ。俺たちは対等な付き合いだ」

「おや、そうかい? 君はてっきりサーヴァントだと思ったが」


 ビルは〈触手の王〉を見上げて、

「最上、それぐらい軽傷だろ? いつまでも大袈裟に苦しんでいるんじゃない」

 師匠の叱咤を受けて、〈触手の王〉は直ちに起き上がった。まるで、先生に怒られた子供が背筋を伸ばしたように見えた。

「さっさと叩き潰せ」ビルは冷ややかに命じた。「僕は彼女を追う」


 次の瞬間、美青年の姿はかき消えていた。残されたのは、床に横たわった理市と、数本の触手を失ったタコの化け物である。最上は巨体を苦し気に蠢かせ、残った触手をねじ合わせて、高々と掲げる。当然、殺意を込めて。


「ちょっと待て、最上」

「じゃあな、犬飼理市」


 触手ハンマーが振り下ろされ、轟音とともに理市は潰された。

 最上の攻撃は執拗だった。触手ハンマーが何度も繰り返し打ち下ろされ、理市の肉体は粉々になったものと思われた。悲鳴を上げる暇もない、あっけない最期だった。


 ようやく、最上が攻撃をやめた。理市のいた場所には、クレーター状の大きな窪みができている。窪みの真ん中に赤黒い塊があるだけで、他に肉片や骨の欠片すら残っていない。


 最上の哄笑が倉庫に響き渡る。

 だが、それはすぐに止まった。

 赤黒い塊の中から、銀色の尖ったものが生えてきたのだ。槍の穂先に似ているように見える。いや、それよりも似ているのは、獣の角だった。


「この死にぞこないがっ」

 触手ハンマーが再度打ち下ろされたが、打ち下ろす前に、銀色の角が貫いていた。

急速に5メートルも伸びて槍のようになった角が、太い触手を次々と貫いていく。肉片と体液が弾け飛び、最上は甲高い悲鳴を上げる。


 赤黒い塊がムクリと身体を起こす。犬飼理市の外見は、一変していた。

 赤黒い肌。額から生えた銀色の角。逞しく隆起した体躯は2メートルを超えている。双眸そうぼうは好戦的に光り輝き、威嚇するように鋭い牙を打ち鳴らしていた。


 その姿はまさしく、〈鬼〉そのものである。

 不死身であると同時に、戦いに最も特化した存在。それが〈古き神々〉の世界における、〈鬼〉の定義である。


〈監視者〉であり穏健派であるヒカルは元々、戦闘を好まない。そのため、周囲に〈鬼〉たちを配置して、彼女を警護させていたのだ。その意味では、〈鬼〉はガーディアンであり、サーヴァントであり、見方によっては下僕という言い方もできる。もっとも、理市はヒカルと対等の立場を主張するかもしれないが。


「最上、好きなようにやってくれたな。お返しをさせてもらうぜ」

 コキコキを指と首を鳴らすと、理市は予備動作もなしに、いきなり高々とジャンプした。素早く身体を回転させると、空中で攻撃の態勢をつくる。


〈触手の王〉は残った触手を交差してガードとするが、巨大であるがゆえに動作がワンテンポ遅い。それどころか、触手を理市の足場に使われて、やすやすと接近を許してしまう。


 理市の右の拳が異形のスピードで、最上の顔面にぶち抜いた。

 しかし、最上も異形である。理市の拳を巧みに受け流し、その威力を半減させる。

 こうしてここに、異形同士の戦闘の火ぶたは切って降ろされた。



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