第6話 コハクの友達

 日もだいぶ落ちてきた頃、川のそばに集まった冬夜たち三人の前には、小さな男の子が座り込んでいた。


 先ほど、志季が冬夜の背後に見つけたのはこの男の子である。

 その正体は、冬夜の足を掴んだ幽霊だった。おそらく小学校低学年くらいだろう。


「ちびっこにしてはずいぶんと力があったな」

「俺もびっくりだよ。すごい力強かったからね」

「まあ、幽霊だから歳は関係ねーか」


 志季と冬夜は揃ってあぐらをかきながら、それぞれそんなことを話す。


 二人のやり取りを隣で眺めていた猫姿のコハクが顔を戻し、今度は男の子を見上げた。


「どうして、みんなを川に引きずり込もうとしてたんですか?」


 そう言って小首を傾げるコハクに、男の子はゆっくり口を開く。


「……さびしかったから。ともだちがほしかった」

「そうだったんですね」

「……うん」

「冬夜さま、志季さん、この子を助けてあげられますか?」


 コハクが冬夜と志季の顔をじっと見つめる。

 冬夜はそんなコハクの頭を撫でてやりながら、静かに言った。


「もちろんそのつもりだよ」

「このまま放っておくわけにもいかねーし、まずはちゃんと状況を把握するべきだな」


 冬夜の隣にいる志季も、そう続けて頷く。

 二人の答えに、コハクの表情が明るくなった。


「君はどうして自分がここにいるのかわかる?」


 冬夜が男の子の顔を覗き込んで、問い掛ける。


「……」


 しかし男の子は黙って、ふるふると首を左右に振るだけだった。


「そっか。じゃあちょっと失礼して、亡くなった時の様子を見せてもらうね」


 冬夜は優しく微笑んでみせると、男の子の額に自身の手のひらをかざし、そっと目を閉じた。


 こうすることで、亡くなった時の状況や記憶を読み取ることができるのだ。もちろん志季も含め、大抵の退魔師は同じようなことができる。


(どれどれ……)


 しばらく手をかざしていた冬夜だったが、ある程度を読み取ったところでまぶたを上げた。


「冬夜、どうだった?」

「うん、ちゃんとわかったよ」


 志季の言葉に、冬夜がしっかりと頷く。次には額に浮かんだ汗を手の甲で拭いながら、男の子にまっすぐ視線を向けた。

 そして、不思議そうに首を傾げる男の子に言い聞かせる。


「死因は、足を滑らせてこの川に落ちたことによる溺死できし。亡くなった時期までは読まなかったけど、どうやら夕方に一人でいた時だったみたい。で、幽霊として目覚めたのが最近ってとこだね」

「最近になって、しかも夕方に事件が起きてたのはそういうことか。ちょうどこの時間帯に未練が残ってたってとこだな」


 なるほど、と志季が納得したように腕を組む。


 冬夜は志季と一緒になってぐるりと辺りを見回すが、花などが供えられていないところから、かなり前に亡くなったのだと想像できた。


 亡くなった時期も読み取ろうと思えばできるが、今回はそこまでする必要はない。術や武器の使用だけでなく、読み取りも意外と精神力を使うのである。


「だからその時の記憶はなくても、寂しくて、友達が欲しかったんですね」


 悲しげな表情でしょんぼりとうつむくコハクは、今にも泣き出してしまいそうに見えた。


 きっと、『まだ小さいのに亡くなってしまってかわいそう。ちゃんと成仏してほしい』などと思っているのだろう。


「そうなんだろうな」


 志季の同意の言葉に、コハクが顔を上げ、さらに続ける。


「ボクも溺れたことがあります。その時、冬夜さまに助けてもらいました。今、ここにいられるのは冬夜さまのおかげです。でも、この子は助けてくれる人がいなかったんですね」

「うん、だから俺たちが今助けてあげるんだよ」


 冬夜がもう一度コハクの頭を撫でてから立ち上がると、正面に座ったままの男の子はその様子を目で追った。


「……もう、さびしくなくなるの?」

「そうだよ。もう寂しくないから、ゆっくりおやすみ」


 冬夜がまた微笑みを浮かべながら改めてしゃがみ込み、男の子の左胸にそっと自身の手を当てる。

 すると、男の子は心底嬉しそうに笑って、それから静かに目を閉じた。


「うん、おやすみなさい」


 男の子の胸に当てた冬夜の左手、その手首についている腕時計から淡い光が溢れ出してきて、男の子の全身を徐々に包んでいく。


 コハクは、その様子をただ黙ってまっすぐに見つめていた。


 しばらくして光がすっかり収まった頃には、男の子の姿も同様に消えていた。


「……ちゃんと成仏できましたよね?」


 コハクは冬夜の足元に寄ってくると、丸っこくて可愛らしい前足をその足の甲に乗せる。

 うつむいていて表情はうかがえないが、泣くのを必死に我慢しているようだった。


「ああ、大丈夫だよ。それに、コハクはもうあの子の友達でしょ」


 冬夜はそんなコハクをゆっくり抱き上げて、ポンポンと背中を優しく叩いてやる。

 その言葉と手の温かさにコハクはようやく安心したのか、


「はい、あの子はボクの友達です。……ありがとうございました」


 小さくそれだけを紡いで、息を吐き出した。


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