第38話 調査する者たち


 こころよく、と言えるかわからないが鈴蘭は、クラスメイトである霧崎へのネゴシエーターを頼まれてくれた。

 黒瀬は日ごろから、困りごとに関して、彼女にだけは任せる性質があった。

 友達を越えて家族のような気やすさはある。

 実際家族ぐるみの付き合いである。


 彼女は彼女で、頼まれごとを片付けるのが得意のようだ、好きなようだ。そういう意人間はいるのだろう。なんだかサブクエが増えたようでお得だ、という声を漏らしていたが、イマイチ黒瀬にはその感覚が伝わらなかった。


「例えば、今女神が問題なわけだけど、その戦闘時にあの霧崎が、霧崎までが敵に回るとする―――その場合は完全に『詰んでる』と思ってるんだ、俺視点だと」


「ああー」


 鈴蘭は意見に納得はしてくれた。

 最悪の事態としてはそれがある。

 霧崎は敵か味方か―――それとも、どちらでもないのか。

 女神を返り討ちにし、文字通り煙に巻いたりなどしてきた令和忍者ではあるが、黒瀬は自分のことを最強だ、とは思っていない。

 

 神を相手取っている。

 ……いくら暴れたところで、いずれは転生させられる。

 現実的な未来は見えていた。

 女神の前では、そんな弱い態度は見せてたまるものか、と思っているだけで。

 弱音を吐いて助かる道があるならば、やるかもしれないが……というスタンスの黒瀬だった。


 何週間後、何日後———明日かもしれない、それは。

 転生ゲートをくぐる日が。

 しかし今のところやってきた女神が、運にも恵まれ、自滅のように異世界送りにされている。

 心境は勝利に程遠い―――なんなんだよこれ、という感覚であり。

 思い通りにはいかないだろう。


「だがあのおかしな女、おかしすぎる女がいれば話は別だ……」


その辺りが鍵になるかもしれない。

あとは鈴蘭との共闘。



 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




 と、鈴蘭に対してネゴシエーターを頼んで数日が経過している間に、黒瀬の方も動いていた。

 個人的に彼女の情報を調べていたのだ。

 もちろん、近しいクラスメイトに訪ねて回りはしなかった(黒瀬に友人が少ないことも一因であるが)。

 あからさまに嗅ぎまわる真似をすることも可能―――と思われがちだが、怪しすぎること、この上ない。


「恥ずかしくてできねえわ」


 そんなシンプルというか、わかりやすい方法で諜報のプロになろうなどと、おこがましい。

 ではどうするか。

 しかし世の中、この世界、不思議なものなのだ。

 別に尋ねなくても良いのだ。

 自分の口を回す必要もないのだ。


 黒瀬が時間の空いた時に、何気なく(を装って)、椅子に座る霧崎を見つめているとする。

 クラスの男子どもが、なんだ、霧崎のことが気になるのかー?と楽しげな顔になり、やめとけやめとけ、と妙に事情を深く知っているかのようなキャラになり、霧崎は以前から団体行動を好まず、こうした部分があり―――と解説役に変貌するのである。

 

 その間、黒瀬が一度も「彼女について教えてくれ」と言っていないにもかかわらず―――である。

 こういう人間がいるから、何時の世の中も忍者というのはやっていられるんだな、なんてことを知った、気づき始めた黒瀬である。

 忍者というか、日本に限らず、か。

 ご先祖さまもこのように立ち回っていたのだろうか―――立ち回る必要もない、周りが動いてくれる。


 兎にも角にも、得られた情報を整理するしかない。


 霧崎わかちについては、クラスであまり目立たない―――いや、目立たないわけではないが強い交友関係がない、というようなことしか理解できなかった。

 あまり目立たないようにふるまっているのだろう。

 その割には友人がいない―――あの調子ではさすがにどうかと、俺も感じる。

 

 友人らしき女子も「いや、仲がいいというほどでも無い、普通に喋ってるだけ」というような意見であった。

 令和忍者としては胸がざわつく。

 彼女が嫌われているとか、そういうことではない―――目立つのだ。

 

 ひどく目立つのだ―――このレベルの一人になると。

 孤立するにも、つまり、高い技術が必要だと黒瀬は考えている。


 なにも、友人が多い楽しげな人間だけが目立てるわけではない。

 見た目とかはこの際あまり問題ではない。

 忍び隠れる者黒瀬としては、嫌うしかない―――遺伝子レベルで嫌悪感が出る女である。

 やむを得ない事情があるのならば、まだしもだが―――。


「あいつ、身体が弱いらしい、確か小学校の頃病院に通っていた時期があって―――」


「ああ、通りで!納得だわー」


 噓をつけ、と思い黒瀬は人が信じられなくなった―――背後でクラスメイトが楽しげに盛り上がっているが。

 人間離れして神にすら通用する身体能力を目にした黒瀬である。


「黒瀬、お前も気をつけろよ、睨まれっぞ」


「……まあ」


 ダメだなこりゃ。

 まあ、もとより、人の話は信用出来ないものが多いと教わってきた黒瀬であった。

 令和忍者の、家庭の事情である。

 他人の言う情報には信用できるものがある。

 そして、信用できないものもある。


 情報を得られる。

 行動すれば、個人情報は得られる。

 それが黒瀬の将来的にも、諜報活動にも避けられないものなのだ。

 そして、得られた情報は、すべてが役に立つとは限らないのである。


「時間は無駄になることがある、とわかった」


「ドンマイだねー」


 心が軽く疲労した黒瀬は、鈴蘭と合流する———お前も楽しげだな。


「でも、こう考えてみると、アレなんだよねー」


 と、宙を眺めて、言葉を選び始めた鈴蘭。

 ……なんの話だ?


「結構いるんだねって思った。 霧崎さんと、仲良くなりたい子」


「……」


 幼馴染ながら、なんとも甘ったるいところがあるやつである。

 平和的、とカウントしてほしいのだろうか?

 そんな簡単な話じゃないと思うぞ。

 仲良く、だと。


「……霧崎にその気があればの話だろ」


 ぼそっと、しかしハッキリ言ってしまう自分は陰キャである。

 当初の目的通り、敵か味方かだけははっきりさせておきたい黒瀬だった。




 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




 薄暗い暗い部屋だった。

 首から肩にかけて丸い曲線が、パソコンのブルーライトで浮かび上がっている。

 暗い部屋で、画面を睨む不健康そうな男がいた。


「女神の行動なんて、全ての観測は不可能だよ。しかしそれでも、行方不明者が急激に増えている」


「確かかな?」


 もう一つの声がして、応えた。


「この世界であれだけこれだけ、つまり―――本格的に侵攻してきたら、そりゃあね。それよりも着替えたらどうだ―――カイ」


 英文が並んだモニターから目を離して、熊のような体格の男が振り返った。

 視線は優しげだ。

 目に映るのは、もう一人。

 きょとんとした表情の後、困った顔になる。


「不審者だよ、そんなの」


 茶色———ブラウンの服でサングラス。

 後はぐるぐる巻きのようにして分厚くなっている古着。

 カイと呼ばれた男はそんな風貌の男だった。

 

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