第33話 霧崎わかち 4

 

 霧崎わかちは、迫るトラックを不機嫌そうに眺めていた。

 女神なんて存在があるなんて、最初は予想すらしなかった。

 異世界転生にしても、そうである―――別の世界に行くことがあるなんて。

 

 ただそんなものがあるようなら、そんな未来があるのなら。

 私は―――———ただ、絶対に。

 死にたくない派。


 生きる、ただはまったく考えのない未定だ。けれど早く見つけないといけない。

 転生は敵。

 今はそれだけを―――!


 迫るトラックが燃えているという異常事態には、驚きはあった。

 どうもトラックも女神も一様ではないというか、毎回違うらしい。


「熱そ……っ」


 車輌が迫ってきた。

 ガードレールと背中を密着させて、離さないようにした。

 白い塗料ががさりと、制服になする。

 そのまま足の裏と腹に力を入れると、ボルト部分がギ、ギと鈍い音を立て始める。

 

 身をよじれば、じ切れて離れた。

 呼吸は止め続ける。

 止めないと込めている力が逃げる。

 チィン―――と路面に小さな音がして、ボルトと思われるものが跳ねていった。

 


 拘束から放たれて分離した金属板を、軽く振ると、板に当たる風の重みを感じた。



 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



 ケーオが見たのは、二度目だった。

 道脇のガードレールを持っている―――あの女は一体何を?


 先ほど目標を逸れたトラック二台を、一瞬見る。

 廃車となっているそれら―――運転席を渡す橋のように、白いガードレールが結んでいた。

 やはり見間違いではなかった、そう確信する女神。

 あの小さな女、気だ。

 二度目をやる。

 

 ショートカットの少女が、落ちそうな夕陽を受けて赤くなった板を天に掲げる―――それを振り下ろした。

 金属板、そこそこに年代物の田舎道路に、アンカーのように食い込んだ。

 おい―――そんなところに金属、突き刺したら―――!




 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



 黒瀬は、民家の屋根に陣取り、ワイヤーを打つ準備はしていた。

 少女を炎上トラックから逃がそうと、右腕の裾を構えている、拳銃のように。

 もっとも、自分が逃げきる以上のことが出来るか、いや出来ない―――精いっぱいである。

 苦し紛れのようなことは、まだ出来るかもしれないが、結果に変わりはないだろう。

 

 黒瀬は、自分の能力で可能なことを、解像度高く把握していた。

 それも訓練の日々の結果である。

 出来ないことを見極める目も―――それも、優秀な令和忍者要素の一部であった。


 ただ、その異常な少女の行動に、停止することしかできない。

 否、停止した方が間違いのない正解だと、本能で直感したのだ。


 今まさに、ガードレールが路面に、刺さった?

 突き刺したのか―――だが、なんで、そんなことが出来た?

 ガードレールに身体を預けて、耳の下―――頸動脈が異常に浮き上がっているところまでは見えたが、こんなことは想定できない。


 重量が何キロあるのか知らないが、あらかじめ壊れていたのだろうか、トラックで?

 幼い日から訓練を受けてきた黒瀬じぶんの考えにない―――何の意味があるのかも、わからない。


 そこに少女狙いのトラックが突っ込んでいく。意味の方は、ようやく察しがついた。

 あのままだと―――トラックが、あのまま減速せずに行くなら。

 少女の安全を危惧したが、すぐに彼女は飛んだ―――ガードレール上方に身を預けている―――脚どころか爪先まで、一瞬空を向く。

 棒高跳びを、わずかに連想した。

 だが、自分もあんな動きはしたことがない―――そもそもに出来るのか?


 その移動によって完全にトラックの射程の真上に移動した少女。

 トラックのフロントガラスを分割するように、一秒前に建設された中央分離帯に衝突する。

 

 衝撃、変形してひしゃげた車体。

 炎上とは別の火花が発生する。

 それが後方、もう一度台を破壊するための鉄片の役目を果たす。

 滑り走る廃車、いや残骸が、倒れて金属悲鳴をあげながら、逸れていく―――。

 

 黙って、ワイヤーを飛ばすつもりだった腕を下げることしかできなかった。

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