又無(またない)くんの時止め計画「後編」


 又無くんとの停止した世界での他愛もない雑談の日々。

 彼は毎日成長していた……時を止める時間が、数十分から、数時間――三年生になってから数百時間にまで伸びていた。


 わたしも、停止した世界で自由に動き回れるようになり、お腹も空くし普通に尿意も感じられる(トイレが機能しないので――それは言いたくない!)。

 一週間がとても長く感じたのは、停止した世界にいる時間の方が長いからだ。


 わたしと又無くんだけの世界……、結局、彼は卒業するその日まで、わたしに手を出すことはなかった。

 停止した世界をぶらぶらとふたりで歩き回って、世間話をして、雑談を繰り返して……それだけだった。キスどころか「付き合おうか」さえ言われていないし……、薄々感じてはいたけど、好意はあるのに、告白もされていない。

 もしかして途中でわたしのことは好きではなくなった……?


 最初は、好きだから、停止世界にわたしを巻き込んだのだろうけど……。



 卒業式の日。


 担任の先生から送られた、わたし個人へ向けられた言葉は、又無くんと同じだった――「又無と静は、成長が早かったなー……本当に十代か? 貫禄というか、色気というか……お前たち二人だけ、二十代後半みたいに――」


「先生、それは老け顔って言いたいんですか?」


「そんなことはないけどさ……俺より年上みたいなんだよな……」


 自覚はなかったけれど、同級生と比べてしまえば一目瞭然だ。

 毎日会っているクラスメイトや先生たちは違和感が薄いみたいだけど、外部からきた人たちは教室を見て驚くのだ。異物が混じっている――みたいな顔をする。


 わたしと又無くんだけが、頭ひとつもふたつも抜けていて……違法性が見えてしまっているようなのだ。

 問題にはならなかったけど……当然だ、だって入学式の時は、わたしたちはまだその年齢に合った体だったのだから。それを見ている学校側は認めるしかないのだ。

 わたしたちは、普通の生徒であると。



 卒業式を終え、クラスメイトたちはこの後、集まってご飯でも食べにいくみたいだけど、わたしは遠慮しておいた……だって一緒にいくと保護者みたいに映っちゃうし……。

 病気を疑われたこともあるし、診察も受けたけど、異変はない……だって異常はなにもないのだから。ただ真っ直ぐ成長しただけだ――停止した世界で。


 わたしと又無くんだけは、みんなよりも多くの時間を生きてしまっている……。



「……ねえ、又無くん」


「ん?」


 学校近くの自販機で合流したわたしたちは、すぐ傍の公園に向かった。

 学生服を着た二十代後半の男女……学生コスプレ中のカップルにでも見えるだろうか。


 開けたブラックコーヒーを飲む。にがっ、と、一口で諦めて又無くんに渡す。舌はまだまだ子供のままだった。

 彼が買った甘いカフェオレを奪って、ブラックコーヒーを押し付けた。彼は飲めるらしいので、そこがちょっと不満だったけど……。


「なんでわたしを選んだの?」


 停止した世界で一緒に過ごす人を。

 わたしでなくとも良かったはずだけど……、いや、わたしでないとダメだった?

 今まで聞いてこなかったけど、又無くんには、理由があるはずなのだ。


 ……薄々、感じてはいたけどね。

 確信はなかった。


「好きだったから」

「…………嘘」

「嘘じゃないよ」


「じゃあ時間はたくさんあった。なのに……告白も、えっちなこともしなかった……、チャンスはいくらでもあったのに、その全てを棒に振ってきたの……?」


 時間がたくさんある……だからこそ、動けなかったの?


 他愛のない雑談を交わすあの時間が、ずっと続けばいいと思っていた……?


「誰にも取られたくなかっただけ」

「…………は?」


「あの状況で僕が告白したって、『OK』なんて貰えるわけがないんだよ……だから僕たちだけを浮き上がらせるみたいに、変化をつけたかったんだ……だから時を止めた。

 とてもとても長い時間を、一緒に過ごした。その中でコミュニケーションを取って、打ち解けていけばいいとも思っていたし、長い時間をかけて周りよりも先に年を取ることで、ライバルたちから静さんを『恋愛対象外へ押し出せ』たら、それが一番良いって思ってた――実際、クラスメイトは静さんに恋愛感情を抱かなかったでしょ?」


 それは分からないでしょ。

 年上が好きな男子がいても……いや、同級生なんだけどさ……。


「又無くんのやり方は、でも……二十代後半のコミュニティだったら、わたしは狙われ放題じゃない? 高校生から狙われなくはなるだろうけど……」


「それを言い出したら、そこまでは対処できないけど……。歳の差がある結婚なんて珍しいわけじゃないし。でも……、年齢は二十代後半でも、中身が高校生だったら……見た目に伴わない幼い精神って、受けが良くないと思うんだよね……」


 大人びた子供は鼻につくことがあるけど、それでもまだ魅力にはなる、けど……。

 比べて幼稚な大人はまず恋愛対象にはならないってこと?


「子供が大人に混ざっても、やっぱり本当の魅力には敵わないだろうから……この差はなかなか埋められないよ。静さんと同じ状況である僕しか、君に共感はできないんだ」


 年齢はまだ18歳だけど、肉体は二十代後半……。確かに、気が合って、悩みを共有できるのは、彼しかいない。

 世界中のどこを探しても、彼にしか伝えられないことがある。


「僕には、他人よりも優れた部分がない……、好きな子の前に立って告白しても、僕の後ろにはたくさんの魅力的な男性がいる……目移りするのは、当然なんだ……。僕に勝ち目なんかない」


「だから、狭めたの?」


「だから、狭めたんだ」


 彼しか見れないように。


 時を止めて、わたしたちだけ、先に老いることで……。

 同じ境遇であることの一本槍で、視界を狭めて、又無くんだけが映るようにした――。


 わたしのために?


 好きな子のために、彼は…………若さを捨てたのだ。


「捨てたつもりはないけどね……。だって長い時間を君と一緒に過ごせた……喋ることができた。一生分の満足を得られたんだから、フラれてもいいと思ってる……。静さんの若さを奪ってしまったのは申し訳ないと思うけどね……それは、ごめん」


「…………」


「殴ってもいいよ。いや、殴られるべきかな……?」


「バカでしょ……あなた」


 呆れた。ただ好きな子と付き合いたいがために、ここまでのこと、する? 回りくどい……素直に告白すればいいのに……というか、ここまで年を取るまでもなく、結構序盤の方から吊り橋効果でわたしは又無くんのことを好きになっていたのだ。


 ……こうしてあらためて言われても、長年連れ添った夫婦が、言い忘れていた最初の告白をするようなものだった。もうそんな些細なこと、どうでもいいと思えるくらいには、わたしたちの距離は近いはずでしょ?


 えっちもキスもしていないけど、心の奥底の闇は話している仲だ。

 今更、告白されて、フッて、それでバイバイって仲ではないのだから――。


「……はぁーあ」


「えっ、溜息!? 僕、なにかダメなことでもした!?」


 目の前でおろおろする又無くん。いい大人が不安そうな顔しないでよ……、年齢は18歳なんだから年相応かもしれないけどね……。経験がなければ、体が大人になってもやっぱり心は成長しないんだなあ、なんて実感する。


「ううん、ダメじゃない。いいよ。わたしのこと好きなんでしょ? じゃあ付き合おっか――わたしも又無くんのこと、もう好きだし」


「え……?」


「停止した世界では動いていなかった遊園地とか水族館とか……いく? 学生の時にできなかったことを、これからやっていこうよ……。わたしたちが大人になったって思えた時、もしかしたら肉体はもう四十代を越えているかもしれないね……」


 いい大人がなにをはしゃいでデートをしているんだ、なんて呆れた視線を向けられるかもしれない。おじさんとおばさんがイチャイチャしているのを見て不快に思う人もいるかもしれない……でも、そんなの関係ない。

 他人にどう見られていようがわたしたちは十年後もまだ二十代なのだ。


 他人の目を気にして、残りの人生を無駄になんかしてやるもんかっ。


「じゃ、じゃあ静さん……やり残したことあるんだけど……いいかな?」


「ん? いいよ、言ってごらん?」


 彼の視線が下がった……あ。



「胸、触っていい?」


「その階段はまだのぼらせないからね!!」




 …了

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