命を奪う者

 ラトレーグヌ機兵団の人型アルマは、胸に大きな鎌を持ったローブ姿の骸骨が描かれている。これは太古の記録に残された死を象徴するエンブレムだという。ラトレーグヌは隣国を侵略し吸収して大きくなることを繰り返して世界第二位の超大国にまで成長した国だ。そのため、国家のシンボルも他国に恐怖を与える目的で制定された。


『あれは死神の絵ですよ』


 戦場から離脱しながら、フレスヴェルグがラトレーグヌのシンボルについてリベルタに伝えた。


「シニガミ?」


『かつての地球で多くの人が信仰していた宗教に語られた存在です。寿命を迎えた人間の魂をあの大きな鎌で刈り取り、神の国へ導く農夫だということです』


 人は死ねば肉体が滅ぶ。それはどうあっても避けることができないから、魂というものが肉体から離れて死後の世界に行くと考える宗教が多いのだ。大天の遥か先にある地球においても、現代のステロ・ディオーヴォにおいても。


「死後の世界ねぇ……」


 リベルタは人の死についてかなりドライな考えを持っている。人はいつか死ぬものだから、必要以上に怯えても仕方ない。だが、他人の命を奪うことには人一倍忌避感を持っている。それは命を大切に思っているからではなく、人の自由を奪ってはならないという思いからだ。実際にスコーピオンと戦ってみて、より一層その思いが強くなった。恐ろしい敵だと思っていた相手が、もちろん恐ろしい強さではあったが、とても楽しそうに戦っているのを間近で見てしまったからだ。せっかくフレスヴェルグが出してくれた不思議な銃が敵に当たらなかったのは、ただ敵の回避力が優れていたというだけではない。リベルタが無意識的に狙いをそらしていたのだ。機体だけを壊せると言われても、胴体を狙う覚悟は決まらなかった。


『楽しいおしゃべりはそろそろお終いにしませんか?』


 そこにロキが口を挟む。戦闘エリアからは十分に離れた。もうこの三機を視界に捉えているアルマはいないだろう。彼の言葉に呼応して、先導していたビシャモンがその場に立ち止まった。


「そうですね、そろそろ本題に入りましょうか」


 ブラックはリベルタの乗るフレスヴェルグにビシャモンの機体を向け、丁寧な口調で用件を話し始めた。


◇◆◇


「動きがバラバラだぜ!」


 ヴィクトールが黒蠍を操り、ラトレーグヌ機兵団の人型アルマを翻弄する。ハサミの形をしたアームで激しく攻撃を仕掛けてくる先頭のアルマの両脚を掴むと、胴体部分をめがけて尻尾の大砲を発射した。


「ほい一匹目撃破っと」


「油断するんじゃないよ!」


 機兵の胴部に砲弾を直撃させ、気を抜いた声を出したヴィクトールにジークリッドが警告を飛ばす。たった今土手っ腹に穴を開けられた人型アルマが、まるで怯んだ様子もなく手にした鉄の大剣ブレイドを黒蠍の胴体目掛けて振り下ろしてきた。


「うおっ、なんだこいつ!?」


 間一髪、横に跳んで避けた黒蠍の脚をかすめて大剣が砂漠に突き刺さった。通常、人型アルマの操縦者は胴体部分に乗って操縦している。他に都合の良いスペースがないからだ。だから、人型アルマと戦い慣れている者は胴体部分を集中的に狙う。そこにいる操縦者を仕留めれば終わりだからだ。それなのに、この機兵はそのまま攻撃を続けてきた。大剣が地面に突き刺さって動きが止まったところを、ヨーゼルの青蠍が体当たりして敵のアルマを上下真っ二つに破壊する。


「確実に動けない状態まで破壊しろ。狂戦士は止まらないぞ」


 白蠍に乗ったヘルムが、自身も他のアルマを翻弄しながらヴィクトールに指示を出す。敵の数は倍以上、その上ちょっとやそっとのダメージでは敵の攻撃は止まらない。さすがのスコーピオンも次第に押され気味になっていった。


「狂戦士っつーより、ゾンビだろ!」


 ヴィクトールがぼやくが、その顔には嬉しそうな笑みが浮かんでいた。


◇◆◇


「あなたが乗っているそのアルマですが、エーテルナという特殊なアーティファクトを動力源にしていますね」


「え、知ってるんですか?」


 ブラックの言葉に他の誰かが反応するよりも早く、リベルタが驚きの声を上げてしまった。完全にブラックの言葉を肯定している。これでは駆け引きのしようもない。


『あなたの国は確か別のエーテルナを保有していたでしょう。全て集めるつもりですか?』


 実際にはカエリテッラのエーテルナはスコーピオンの頭領に奪われているのだが、そのことを知るのはラザリアとスコーピオンのメンバーだけだ。ブラックはエーテルナについてもあまり詳しくはない。


「教主ラザリアの命令で、エーテルナを我が国の保護下に置くことを目的にしています。持ち主から奪う必要はなく、必要な時に協力してもらえればそれでいいと。それ以上のことは私も知らされておりません」


 ブラックは正直に自分の任務を伝えた。任務内容的にも、敵対する必要は一切ないのだ。誠実にお願いするのが一番だと判断した。そして話を聞いたフレスヴェルグも、合理的に考えて相手の言葉に嘘偽りはないと判断した。ただ一つ気になることがあるが、それは彼の今回の任務とは関係ないことだ。どうするかは主に任せようと考える。その意思もリベルタには伝わってきた。フレスヴェルグが自分の判断に任せるということは、少なくともブラックが自分を騙そうとしているわけではないのだろう、と理解した。その上で、今の自分は目的があってジャンと共に楽園と呼ばれる場所を探そうとしている。ブラックは恩人でもあるし、出来ることなら協力したいと思うが、どのようなことを要求されるのかが気になった。


「あの……」


『一ついいですか?』


 リベルタが質問をしようとしたのを遮って、ロキが口を挟んできた。ジャンはラトレーグヌの人間であるからして、彼は友のためにリベルタがカエリテッラの味方をすることを妨害しようとしているのだ。さすがに単なる言いがかりで敵国に単独潜入してくるような相手の任務を諦めさせることはできないが、今のロキには決定的な武器があった。


「なんでしょうか」


『あなた、とても多くの人を殺していますね』


「えっ?」


 突然の感傷的な言い分に、ブラックだけでなくリベルタやジャンも戸惑いを見せた。相手は世界最強の軍人だ、人を殺したことがあるのは言うまでもない。だが、ロキが言いたいのはそういうことではなかった。


「それはまあ……軍人ですから」


『戦場ではありませんよ。あなた、クラーラの町で一般人を虐殺してきたでしょう』


「なっ……」


 なぜそれを、と思わず言いそうになって口を噤むブラック。急に恐ろしい話が始まってリベルタは動揺が隠せない。


「どっ、どういうことです? クラーラの町って、確か植物に滅ぼされたんですよね?」


 ニュースでやっていた。カエリテッラの大聖堂近くにあるクラーラの町は植物によって滅ぼされ、その植物を機兵団が焼き払ったと。


『植物の危険性を世界に広めるため、教えに従わない町の住民を殺害して彼等が育てていた植物に濡れ衣を着せたというわけです』


 フレスヴェルグが補足の説明をした。このことは当然把握済みだったが、それも軍人として上からの命令に従っただけであるし、最近のリベルタの思考からすると感情に邪魔されて冷静な判断が下せなくなるだろうと考えて黙っていた。


「……そうなんですか?」


 そしてリベルタの口から発せられた言葉は、これまでの彼女からは考えられないほどに冷たい響きを持っていた。


「……軍人としての、任務です」


 ブラックだって良心が咎めないわけがない。だが任務なのだ。任務は絶対であり、必ず達成しなくてはならないのだ。ビシャモンのコアパーツから流れ込んでくる強迫観念はブラック自身の意識と混ざり合い、もはや誰の考えなのかも分からない。


「フレスヴェルグ!」


『リベルタ様の意のままに』


 リベルタがフレスヴェルグの名を呼ぶと、すぐに彼女が乗っていたアルマはトリの姿に変形し、ロキを掴んで大空に飛び立った。空を飛べないビシャモンはそれをただ見送ることしかできないが、ブラックはとんでもないものを見たと驚愕のままに本国へ連絡するのだった。


「機械が……機械が空を飛んだ!」

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