サソリの色

「くっそ、ちょこまかと逃げ回りやがって!」


 赤いサソリに乗った髪の短い女が苛立ちを隠さずに叫んだ。変な人型アルマが乱入したきたので参戦したスコーピオンの仲間達だったが、門番が無事脱出したのを見届けたロキは、増えた敵をまともに相手しようとせず、距離を取って逃げ回りつつも相手が追いかけるのをやめないように適度なタイミングで銃撃をすることを繰り返している。


「落ち着け、ジークリッド」


 青いサソリに乗った筋肉質な男がたしなめるようなことを言うが、彼もまた苛立ちを見せている。敵の目的は明白だ。分かっているのにどうすることもできないもどかしさに奥歯を強く噛みしめた。


「これが落ち着いていられるかってんだよ、ヨーゼル! アンタだってさっきから動きが雑になってるじゃないか」


 悪態をつきながらも、ジークリッドは周りがよく見えている。ヨーゼルの駆る青サソリの動きが焦りで単調になっているのを見抜き、さりげなく警告を発した。


「奴は時間稼ぎをしている。増援を待っているのだろう。これほどの使い手がまだ他にもいたら不味いな」


 白いサソリに乗った中肉中背の男が懸念の言葉を述べるが、その声には焦りの感情が見られない。アルマの操縦も変わらず冷静そのものだ。


「なーに言ってんだヘルム、強え奴がもっと出てきたらまとめてぶっ殺してやればいいじゃねぇか」


 黒いサソリに乗ったヴィクトールが興奮気味に言う。彼のアルマは先ほどの門番と戦っていた時よりも更に動きが速くなっている。集中力が増して機人シンクロ率が上がっているのだ。


 そこに、激しい砂煙を舞い上げながら新手の人型アルマが着地した。背中に翼のような形状のパーツを付けている、青く輝くアルマは見るからに高性能だ。フレスヴェルグである。


「またアルマが空から落ちてきた、町の中にカタパルトでも設置してるのかね」


 ジークリッドがアルマの降ってきた理由を妥当な理屈で推測する。それに異を唱える者はいない。そもそもどうやって現れたのかを気にする意味はないのだ。どうせ戦って倒すだけなのだから。


『ほう、面白い配色をしていますね』


 フレスヴェルグはスコーピオンの四機を見て、興味深そうに呟いた。ロキは逃げ回るのをやめてサソリ達と門の間に立つ。


「なんだかカラフルね。盗賊が目立っていいの?」


 自分が乗っているアルマの姿を棚に上げて、リベルタは呑気な感想を述べた。赤青白黒、確かに色とりどりだがサソリ達の機体は光を反射しない艶消しの塗装だ。これで砂漠を走っていても意外と見つからない。


『機体の色はこの広大な砂の海で大した影響力を持ちませんよ、基本的にレーダーで捕捉しますからね。それよりあの色は私が作られた時代よりも更にずっと昔、地球の一部地域で好まれた組み合わせです。それぞれの色が方角を表し、赤は南、青は東、白は西、黒は北に対応しています』


「なんだ、何かの宗教か?」


 フレスヴェルグの説明を聞いたジャンが黒蠍の攻撃をかわしながら短い感想を述べる。先ほどロキが言った操縦者を殺さずにアルマを戦闘不能にする隙をうかがいながらあしらうが、接近して対峙すると相手の攻撃が妙に回避困難なことに気付く。


『この連中、相当な手練れです。現代アルマだからと侮っていたらこちらがやられますよ』


 ロキが注意喚起をするが、その声音に喜びのようなものが含まれているのをリベルタは感じ取った。フレスヴェルグは向かってくる赤と青のサソリに対面し、背中の翼を広げるとそこから無数の小型ミサイルを発射する。リベルタは攻撃の指示をしていない。


「あいつ、もう一機とは違って相当攻撃的な兵装つけてるぞ」


「上等じゃないか!」


 青いサソリに乗ったヨーゼルが舌打ちしながらミサイルから逃げ回る。ジークリッドはというと、ハサミの中から銃口を伸ばし、機関銃の射撃でミサイルを迎撃していった。空中でいくつものミサイルが爆発し、周辺地域を黒い煙が覆い隠す。


『宗教とも言えるでしょうね。五行という考え方で、世の中の様々なものを五つの属性に振り分けて、世界を理解しようとする思想です』


「五つ? こいつらは四機だよ」


「方角も東西南北の四つしかないんじゃないか。どうなってるんだ?」


 リベルタとジャンは口々にフレスヴェルグの説明に疑問を述べるが、両者の状況は対照的だ。リベルタはフレスヴェルグのガイドに従って機体を操縦し、赤と青のサソリを相手に遠距離戦を繰り広げている。徐々に操作の権限を渡され、混乱することなくアルマの操縦方法を覚えつつある。対してジャンは黒と白のサソリを相手に接近戦を仕掛け、二機の攻撃を華麗なステップでかわしながら時々パンチやキックを繰り出して敵の隙をうかがっている。戦闘になると操縦の多くをジャンが行い、ロキは作戦を伝えることに徹していた。


『ご明察の通り、もう一つの色と方角があります。色は黄色、方角は中央。当時の国家思想的に中央が一番偉いので、恐らく黄色いサソリのリーダーがいるでしょうね』


 フレスヴェルグの説明になるほど、と納得するリベルタとジャンにロキが横から言葉を付け加える。


『大事なことは、我々が作られた時代よりも遥かに昔、宇宙の彼方にある地球の情報を、断片的とはいえある程度持っている砂海賊という存在の意味です。彼等のリーダーは相当な情報源を持っているようですね、それこそフレスヴェルグのような』


 先ほどの警告と合わせて、このサソリ達は技術的に未熟な現代のアルマであると安易に考えてはいけないという危機感を持ったリベルタは、そんな奴等を相手に命のやり取りを拒否する甘えが許されるのだろうか、と考えた。


『心配はいりませんよ。私は主であるリベルタ様の望みを叶えるためにあるのです。サソリの機体だけを適度に壊して見せましょう。そこにあるボタンを押してください』


 相変わらず心を読んでサポートしてくる。いつの間にか目の前に現れていたボタンをリベルタが押すと、フレスヴェルグの右手に光が生まれ、ハンドガンの形になると光が青く輝く金属に変わった。何もないところから銃を生み出したように見えたリベルタが目をしばたたいた。


「なんだアイツ、どこから銃を出した?」


「あのアルマ、完全なアーティファクトだ。油断するなよ」


「最初からしてないさ!」


 フレスヴェルグに銃を向けられたジークリッドとヨーゼルは、予測不能の攻撃に備えて操縦桿を強く握った。

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