ビシャモン新生

◇◆◇


 ラトレーグヌの塔から機械の鷲が飛び立ったちょうどその頃、世界は新たな大ニュースに沸き上がっていた。メルセナリアの遺構最下層で見つかった、人間を操り殺す危険な植物の報告。これを発見、退治したのも噂の救世主ミスティカとその仲間達だという。このニュースに合わせて大天回教が全世界に向けてコメントを発表した。


『我等の友であるクラーラの町の住民達も彼等が育てていた植物に襲われ全滅した。メルセナリアで行方不明になった多数の発掘者達も寄生樹アンゼリカによって帰らぬ人となった。我々人間がこの星の植物と共生することは不可能である。現在この星の各地で緑化運動を行っている者達は即刻その手を止め、大天に帰る日に向けて飛行機械の発見あるいは発明を目指す我等に協力を願う』


 クラーラの町が全滅したという報道は流れていたが、その理由は明らかにされていなかった。ここに来て大天回教のコメントを見た世界中の人間が、植物の恐ろしさを口々に語るようになっていく。


「くくく……あの小娘はいい仕事をしてくれた」


 大聖堂の教主室で、教主ラザリアは部下に出させたコメントとそれに対する世界の反応を確認しながら笑っていた。ひとしきり笑うと満足した様子で部屋に設置されている地図に目を落とす。


「むっ? ここはラトレーグヌの特別区ではないか……そうか、ついに目覚めたか!」


 地図の上では、ラトレーグヌ特別区の塔がある辺りで世界ネットワークへ非正規IDによる侵入があったという情報が表示されている。この地図はラザリアが全世界のネットワーク不正アクセスを監視するためのものだ。とはいえ、彼の目的は不正アクセスをした者の処罰ではない。そんなことはネットワークの管理者がする仕事であり、彼は管理者ではない。この惑星の隅々まで行き渡っているこの〝ネットワーク〟は、世界の数箇所に設置されたアーティファクトによって整備されているものである。仕組みはラザリアにも分からないが、全世界通信を可能にするアーティファクト『オベリスク』が無線ネットワークを展開し、ネットワーク上のあらゆる情報を蓄積しているのだ。


 現代人はこのオベリスクが電波のようなものを発してネットワークを構築していると考えているが、そうではない。オベリスクは大気を構成している分子、その間を動き回る電子をそのまま利用して情報を大気中に流し、複数の子機を使って情報の受け渡しと記録をするのだ。真空中でなければ、どんな大気組成の場所でもネットワークを構築できるのが強みである。


 そして、この世界ネットワークの管理権限は個人に持たせないことになっている。世界各地に設置されたオベリスクの子機全てで同時に操作しなければ、このネットワークの管理に介入できない仕組みとなっている。その上で、オベリスクには一切の意思が存在しない。ただネットワークを構築することだけを命令された機械なのだ。ラザリアは展開されたネットワークから情報の取得をしている。


 この世界の人間は全てID登録をされることになっている。世の人々は出生後に登録手続きを強制されているので、その手続きによってIDが登録されると思わされているが、実は違う。このネットワークを使って全世界を常時監視し、誕生した全ての人間に自動的にIDナンバーを割り振る仕組みになっているのだ。だから各地のキャンプに住む者達も表向きは管理されていないことになっているが裏では各国の指導者達によって完全に管理されている。つまり、非正規IDによるネットワーク侵入とはすなわち人間以外の者によるアクセスを意味するのである。


「ブラックを呼べ!」


 ラザリアは通信機を使い、この国で最強の軍人である機兵団長ブラックを呼び出した。すぐに通信機のモニターに姿を現した白い肌を持つ男は、画面越しに敬礼をする。


「機兵団長ブラック参上しました、猊下げいか


「うむ。ビシャモンの調子はどうだ?」


「素晴らしい性能です。全機能において以前の200%を超えるパフォーマンスを発揮しております」


 ビシャモンは先日持ち込まれた大型ガーディアンGCP-1型の機体を利用して改造が行われ、もはやアーティファクトと変わらない状態になっていた。コアパーツは技術者達が総出で解析を試みたが、ろくな成果が出なかった。そのため、ビシャモンのコアパーツと取り換えてアルマとして運用することで操縦者の精神とのリンクを利用し秘密を暴こうという方向になった。つまり今のビシャモンは形が変わったGCP-1型をブラックが操縦していると言ってもいい状態だ。


「よろしい。では新たな任務を与える。クラーラの町の後始末は副団長に引き継いで、エーテルナの回収に向かえ。所有者から奪う必要はない。どこの国でもなく、我等に協力する契約を結べればいい。言ってしまえば、ラトル家に奪われる前に保護するということだ」


 ラトレーグヌの領地内にいるエーテルナの持ち主と誰よりも早くコンタクトを取り、カエリテッラの保護下に置くという任務だ。言葉にすれば簡単に思えるが、正規軍が国境を越えるということになる。すなわち侵略行為だ。それもこの世界を二分する大国間での動きともなれば、一つ間違えれば世界を巻き込む大戦の引き金になるだろう。


「分かりました。すぐに出発します」


 ブラックはそう返事をし、すぐに副団長へ任務を引き継いでビシャモンへ乗り込んだ。クラーラの町跡には長居したくないという気持ちもある。軍人として、任務の遂行は当然のことだ。だがブラックと部下の機兵団員は機械ではない。心を持った人間である。だから、ここから逃げ出したいと思うのも当然のことだった。


「あとはお任せください」


 そう言って快くブラックを見送る副団長に心の中で謝罪しつつ、ビシャモンを駆って砂漠を進む。


「ビシャモン……ああ、そうだな。任務の遂行が最優先だ」


 コアパーツの変わったビシャモンは、相変わらず無口である。しかし精神をリンクさせたブラックには、これまでとは比較にならないほどの強い感情が伝わってきていた。


 それは、任務を果たせなかった悔しさ、悲しみ、そして――憎しみ。任務を妨害した者に復讐したいという気持ちがブラックに伝わってくる。だが、それ以上に「もう二度と任務を失敗したりはしない」という強い決意が感情の大部分を占めているのだ。


 だから、任務に従い平和な町を焼き払った。

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