オーロとインフォルモ

 リベルタが食事を終え、また例の男のテーブルを見ると、ろくでなしが顔を真っ赤にして馬鹿笑いをしている。きっともうリベルタのことは頭に残っていないだろう。いったい何杯飲んだのだろうか。それも全てあの男の奢りなのだろうか。他人の懐事情を気にしていられるような立場ではないが、困っている自分を助けるためにろくでなしをもてなしたのは明らかだ。今日は思いがけない収入もあったことだし、ビール代は後で返しておいた方がいいかもしれない。旅のエクスカベーターなら、明日もここにはいるだろう。そんなことを考えつつ、男の厚意を無にしないためにもさっさと家に帰ることにするリベルタだった。


 次の日、リベルタはガラクタ拾いに行かず昨日の男を探してエクスカベーター達の駐機場へと向かった。ここの遺構は一般開放されていないので、訪れる者は旅の途中の補給を目的としていることがほとんどだ。男も急ぎの旅でないならまだいる可能性が高い。アルマに飲酒運転という概念はないが、酒を飲んで夜から旅に出る人間はそうそういない。


「あれ、あそこにあるの……人型アルマだ」


 なにやらトゲトゲした鉄の巨人が駐機場に鎮座している。その周りを円筒形のよく分からないロボットが走り回って「連結部異常にゃし!」などと言っているのが見える。人型アルマを駆る男が一人旅をしているという噂を聞いた。そういえばあの男には仲間がいるようには見えなかった。噂を思い出す。どこかの軍から脱走してきたのだろうか。仮にそうだとして、こんなに堂々と旅をしていいのだろうか。


 エクスカベーターが買い物をする店には昨日の男が見当たらない。砂漠ばかりの世界では肌に色がついている方が普通でリベルタも褐色の肌を持っているが、あの男のように真っ黒な肌の持ち主はそこまで多くない。そこにいればひと目で分かるだろう。そんなことを考えていると、道の向こう側から大きな声が聞こえてきた。


「ヘイ、太陽の戦士さんよ! 俺はラトル家ゆかりのお偉い人達を相手にしてるからオーロじゃなくインフォルモで値段を提示してくれや」


「ああ、そうか。現金取引専門ってのも手間じゃないのか?」


「いやいや、これがあっちじゃ大人気でね。大儲けさせてもらってますわ」


 なんだかよく分からない会話をしている。どうやら昨日の男は『太陽の戦士』と呼ばれているようだ。インフォルモという言葉は聞いたことがないが、「オーロじゃなく」と言っているからお金の話だろう。男が商人に何かを売ろうとしているようだが、ラトル家の人間と取引するような商人に売りつける物とはどんな品だろうかと興味が湧いてくる。いつもガラクタを商人に売っているリベルタにとっては身近な話題とも言えた。話しかけるため、小走りで道を横断する。


「あの、昨日はありがとうございました!」


「やあ、エクオスのステーキ美味かったよ。ありがとさん」


 男に声をかけると、彼は振り返って真っ白い歯を見せた。そこで昨日のビール代を、と自分の腕輪を出そうとすると、男はそれを手で制した。


「昨日は美味いもんを食って現地の人と酒を飲んで語らった、それだけのことさ」


 断られたが、言い方ひとつとってもリベルタの知る男達とはまるで違う。生きる階層の違う人間というものは、言葉が通じるだけの別の生物と言ってもいいのかもしれない。共通の話題になりそうな取引の話を振ることにした。


「インフォルモってなんですか?」


「ああ、これだよ」


 リベルタの質問に答えて何かを見せてきたのは商人の方だ。大きなターバンを巻いて着ているローブの端には金の刺繍をしている、いかにも金持ちそうな恰幅の良い中年男性で、懐から取り出した袋の口を開けると中には金色に輝くコインが沢山入っていた。


「金貨ってやつだな。ここで生まれ育った人には全く馴染みがないかもしれんが、各国の首都やその周辺に住んでいる人間の中には電子データのお金は信用できないから金貨で取引するっていう人も多くてね、どちらでも取引できる商人は引く手あまたさ」


 男がリベルタにも分かりやすいように説明してくれる。確かに生まれてこのかた金貨なんて見たこともなければ聞いたこともない。インフォルモなんて今日初めて耳にした言葉だ。


「逆にあまり治安のよくない場所や資源に乏しい場所では金貨は嫌われる。見せ金の一枚だけ金貨で後は真鍮製の偽造コインなんてこともよくある話だからね。真贋を見極める眼力がない人間には扱うのが難しいのさ」


「へえ、だからここでインフォルモなんて聞くこともないんだ」


 ここはそこまで治安が悪いわけではないが資源が豊富なわけでもないし、大きな町へ出ていく者もほとんどいない。ここで問題なく暮らしていけるし、他の町へ行こうとしたらどうにかしてアルマを手に入れないと、砂漠の生き物に食べられてしまうだろう。そんなことを考えていると、黒い肌の男が肩をすくめて言う。


「オーロってのはきんを意味する言葉なんだ。それに対してインフォルモは情報を意味する言葉。お互いに逆の名前を名乗っているのさ。電子マネーであるオーロは金貨に憧れて、金貨であるインフォルモは電子マネーに憧れているのかもしれないな」


「そうなんですね、面白い」


 ちぐはぐな名前のついた二つの通貨の関係を面白いと思うリベルタだが、何故かそれを言う男の表情にわずかなかげりが浮かんだのに気付いた。気にはなったが、相手の事情に踏み込むようでそのことに触れるのは躊躇われる。別の話題を探して、思わず気になっていたことを聞いてしまう。


「あの駐機場にあった人型アルマはあなたのものですか? 変わったロボットが傍にいましたけど」


「ああ、あれはシヴァっていうんだ。なかなかの代物だぜ」


 とたんに明るい笑顔になり、真っ白な歯を見せる男の様子に安堵したリベルタだったが、どうしても先ほどの表情が気になって、その後の機械性能やら整備ロボットの紹介やらの話に笑顔で相槌を打つばかりで内容はあまり頭に入ってこなかった。


 ひとしきり彼のアルマ自慢を聞いたところで、商人が取引の続きを促したのでリベルタは改めてお礼を言ってその場を離れるのだった。


「……ああっ、そういえばあの人の名前も聞いてないし何を売っていたのかも分からなかった!」


 ぼんやりと考えごとをしながら家に帰り、扉を閉めたところで肝心なことを聞かずに別れてしまったことに気付くのだった。もちろん自分の名前も教えてない。恐らく彼はすぐに次の目的地へと旅立つだろう。取り返しのつかない失敗をしてしまったと後悔するリベルタだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る