通路の出会い

 狭い通路を進むと、下に落ちそうな垂直通路を移動していた時とはまた違う、押しつぶされそうな緊張感が生まれてくる。既に多くの発掘隊が通った道ではあるが、初めて進む通路はどこにどんな危険が潜んでいるか分からない。


「こういう場所はオイラに任せといてよ」


 押し黙って進んでいると、クリオが明るい声を上げた。暗い雰囲気を吹き飛ばそうとしているのもあるが、実際に自信があるからの発言でもある。通路を見ていて気付いたことを仲間に知らせようと思ったのだ。その声を聞いたミスティカは、クリオもスピラスのことが心配だろうに、気を使わせてしまったと反省し、もっと気持ちを強く持たねばと強く思うのだった。


「何か分かったのか?」


 ホワイトがクリオに水を向け、その心意気に応える。主に先頭を行くミスティカの緊張をほぐすために空気を変える必要があると認識していたので、クリオの発言は渡りに船というものだ。彼が口を開かなかったら自分が何か言おうと思っていたところだった。


「まず、遺構はどれも人間が生活していた場所。もしかしたら全部方舟と同じ空飛ぶ船だったかもしれない。だから、内部構造は入る人間を迷わせようとしたりはしないんだ。じゃあなんで迷路みたいに感じるかっていうと、オイラ達が歩いているところが、当時の人達が歩いていた場所じゃないからなのさ」


 クリオが説明しながらラタトスクを操作して壁に手をつかせる。今度は大人しくクリオの思い通りに動いているようだ。


「遺構の壁はよく光ってるけど、この通路はオイラ達の右手側の壁だけ光ってないでしょ。ここが本来の床なんだ」


 言われてみると、通路は天井と足元、それに左側の壁に光源があるが右側の壁はずっと光がない。確かに遺構は昔の建造物が砂に沈んだりしているから元通りの向きではないとミスティカも知ってはいたが、いざ中に入ってみるとそういう知識を基にして内部構造を考察した覚えがない。〝そういう構造〟の建物を調べているつもりになっていた。


「だから、部屋や横道があるのは床の右側でもなければ天井の左側でもない、オイラ達から見た天井か床にあるわけ。機械を操作するスイッチなんかもそのどちらかにあるはずだよ。自分達が暮らす空間で不便なようにするわけがないからさ」


「なるほど、となると通路の真ん中を歩くのは危険ですね。元は天井だった左側の壁沿いに進みましょう」


 クリオの説明を聞いて理解したミスティカは壁沿いに移動し、足元にある部屋の入口に落ちないようにするとともにクリオが通路を調べやすいように意識する。


 それにしても、と引き続き通路を進みながらミスティカは考える。クリオはキャンプで生まれ育った人間だ。あの、文明的なもののまるで存在しない場所で生まれて、よくぞここまで多くの知識を身につけたものだ。遺構に関する知識は世話になったというエクスカベーターから教わったものが大半だろうが、それを身につけるための基礎学力が必要だ。とはいえ、この世界では大半の人間が腕輪で管理される代わりに、無料で全世界を繋ぐ情報ネットワークにアクセスできる。出自に関係なく全ての人間が最低限の教育を受けることになっているし、本人にやる気があれば最先端の知識も学べるのだ。キャンプの人間は個々の事情によりその管理からも外れていることが多いが、望めば腕輪と個人IDを取得できる。それが例えば町を追い出された犯罪者であったとしても。


 それでも、多くの人間は生まれ育った場所の階層に応じた教育を受ける。首都には多くの学校が存在した。役人になるための学校、商人になるための学校、機械整備士になるための学校といったものがあったし、金持ちの子が通う学校とそうでない子が通う学校もある。人は自ら進んで学ぶことが少なく、そういう環境に入ることでやっと学ぶ行動を――嫌々ながら――するのだ。


 クリオがどれだけ強い意志を持って学び、金を貯め続けてきたのか。想像するだに恐ろしいと感じてしまう。ミスティカも大聖堂の中では相当に学んだ方の人間だ。だからこの若さで末席とはいえ教団の幹部に名を連ねている。だがそれは彼女の生まれ育った環境に起因するところが大きい。


「……?」


 そんなことを考えながらクリオが乗るラタトスクの様子を画面で見ていると、ほんの一秒にも満たない時間ラタトスクが停止し、また動き出したのを確認した。一瞬何かに反応して、すぐに何もなかったように動き出した。そんな動きだ。


「――さあ、先は長い。どんどん進もう」


 ホワイトがそう言って前進を促す。彼はクリオが天井にある扉に気付き、それを見なかったことにしたのを把握している。自分達は発掘隊だ。本来ならそこは調べるべきなのだろうが、今日は三人とも奈落の奥に消えたスピラスを探すつもりで来ている。クリオが一瞬の逡巡を経て先を急ぐことを決めた心情を察し、後ろめたいであろう彼の背中を押すために声を上げたのだ。ミスティカもホワイトの言葉で何かを察し、そのまま前進を続けた。


「ちょっと、待ちなよ!」


 少し進んだところで、聞き覚えのない声がスピーカーから聞こえてきた。先ほど通りすぎた地点の天井が音を立てて開き、そこから一機のアルマが飛び降りてきた。驚くべきことに、このアルマの存在が今この瞬間までレーダーで捕捉できなかった。高度なステルス性能を持っているらしい。アルマの形状はオーソドックスなクモ型だ。遺構の探索にはよく使われる型だが、通常のクモ型アルマはここまでのステルス性能は持っていない。持ち主のチューンによるものだろう。通路に降り立ったアルマの搭乗者は、続けて話しかけてきた。


「アンタ達、さっきこの扉に気付いてたでしょ? なんで素通りしていくのさ、ここはカプテリオを調査するエクスカベーターの交流所になってるから、一度は顔を出しといた方がいいよ。って言っても、今はアタシしかいないけどね」


 どうやら同業者が集まって情報交換などをする場所らしい。相手は自分の登録情報も伝えてきた。リゾカルポという名で、ターリオ所属のエクスカベーターだという。ターリオ人は社交的ということで有名だ。これで断るのも気まずいので、三人は交流所に入っていくのだった。

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