メルセナリアへ

 新しいアルマも手に入れ、必要な資材を積み込んだので三人はメルセナリアを目指して出発する。途中でいくつもの国境を越えることになるが、この世界で国境線を厳格に守っている国家は一つも無い。どこの国も遺構や生産プラントを中心として展開する都市を確保することが最重要事項であり、国境線は一番外側の都市同士の中間地点を結んだ線として定められている。その国境線は毎日変化するのだから、管理するだけ無駄というものだ。


 国境線が毎日変わるのは、毎日幾つもの国が滅び、幾つもの国が誕生するからだ。


「ラタトスク、お前は何の動物なんだ?」


 出発を前にクリオはラタトスクの機体を撫でながら話しかけた。実際、誰もこのラタトスクが何の動物をモチーフにしているのかは分かっていない。アルマにはナビゲーションAIが入っているので会話も可能だが、データベースに登録されていない情報は答えられない。当たり前のことだ。


『リスです』


「答えた!? っていうかリスってなに?」


 リスという動物はこの星にはいない。正確には〝現代人の知るところには〟いない。それがこのアルマの知識にあるということは、つまりこの機械に格納されているデータベースは古代に使用されていた頃から変わっていないということだ。


「話の続きは旅をしながらにしよう。時間はたっぷりある」


 ホワイトが割り込んで出発を促した。ラタトスクとの対話をここで続けるな、という警告の意図がこもっていることにクリオとミスティカはすぐ気付いた。


「行きましょう!」


 ナンディに乗り込みながら出発の合図をする。ミスティカはホワイトが値上げを要求した理由を理解し、彼が言った「文句を言われないように」という言葉に強く納得していた。このことが大天回教に、否、どこの国家であろうと政府に知られれば良くて協力を求められ、悪ければ接収の対象となるだろう。いずれにせよ莫大な額の謝礼が支払われることになる。そのどちらも望まない彼女達はラタトスクのことを秘密にしておくしかないが、万一のことを考えて予め手を打っておくに越したことはないだろう。


『さて、ここからは秘密の相談だ』


 キャンプを出発し、しばらく進んで周囲に砂しか見えなくなった頃、ホワイトが暗号通信で二人に話しかけてきた。この通信は報道機関では解読できない。発掘隊の一行が仲間内だけの会話でこの暗号通信を行うのは一般的で、基本的に発掘隊の会話には彼等の利益に関わる秘密が多いため解読を試みることも認められない。発掘隊の利益は国家の利益でもあるためだ。


『もう解っているだろうが、ラタトスクは丸ごとアーティファクトだ。しかも相当杜撰ずさんな管理をされていた』


『解明できない機能が多いって言ってましたもんね』


『なんでそんなのが首都に運ばれていないんだ?』


『簡単なことさ。浅い階層で見つかったから、大して重要な機械ではないのだろうと国の担当者が業者に丸投げしたのさ』


 発掘されたアーティファクトはその遺構を所有する国家の政府が全て掌握する。発掘したエクスカベーターが自分で所有する場合も、登録せずに持ち出すことはできない。そのために全ての人間は腕輪型のパーソナルコンピュータを装着し、各国が管理するサーバー上に様々な個人情報を保管している。アルマなどの機械にアクセスする時も、商品を売買する時も、必ず腕輪とリンクするのだ。だから不正は必ずバレる。


 そんなわけなので、国の担当者は日々膨大な量のアーティファクト情報をチェックし、国の直接管理が必要なものかを判断している。そうなると全てを細かく見てはいられない。出土した場所でスクリーニングをすることは珍しくもないし、特に怠慢というわけでもないのだ。


『というわけで、このリス型アルマくんは我々の求める重大な情報を知っているかもしれない。だが業者が中身を調べられなかったことからも分かるように、俺達が素人の浅知恵で調べてみても何も得られるものは無いだろう』


『じゃあ、どうするんだ?』


『アーティファクトを扱う専門家にお願いするんですね。それも国家に所属していない在野の優秀な技術者に』


 ミスティカがホワイトの代わりにクリオの疑問に答える。そんな都合のいい人物が存在するのか疑わしいが、わざわざホワイトが相談を持ち掛けてきたということは、当てがあるのだろうと思った。


『ああ、俺も直接は知らないが都合の良いことにメルセナリアにそういう人物がいるという話は聞いている。ラタトスクはクリオのものだし、最終的な判断は任せるが』


『目的地が一緒なら悩む必要もないね! スピラスと合流したらその技術者を探そう』


『スピラスさんというのが、クリオさんの約束したエクスカベーターなのですね』


『ああ、スピラスはクラーケンっていう変わったアルマに乗っててさ。ホワイト先輩は知ってる?』


『いや、俺もエクスカベーターとしてはあまり顔が広くないからな』


『そっかー、スピラスはね……』


 話はまとまり、今度はクリオの口からスピラスとの思い出が語られる。話を聞く二人は、彼の面倒を見たというエクスカベーターに会ってみたいと思うのだった。話を聞く限りでは、自分達に力を貸してくれそうな人物に思えた。

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