歴史の裏側を求めて

 ガーディアンの機体は大荷物になるので一旦ここに置いて扉の向こう側を調べることにした。腕輪でスキャンしてデータベースに登録したので、盗まれる心配はない。


「こんなでっかいガーディアンが守ってたわりに大して広くない部屋だな。やはり船長室か」


「ホワイトさんも船長室に興味があるのですか?」


 遺構を探索するエクスカベーター達は有用なアーティファクトを求めるので、機関室や貨物室といった場所を探す。ここには強力なガーディアンがいたということもあるが、彼等の求めるものは無さそうだという理由で攻略を回避されていた面もある。


「興味は何にでも持つさ。方舟は大昔の人間が空の彼方から乗ってきた空飛ぶ船だろ、船長の航海? 航空? 日誌に記された大冒険の記録なんて、ロマンがあるじゃないか」


 屈託のない笑みを浮かべてそう語るホワイトの姿を見て、ああ、この人は何不自由ない生活を送ってきた人間なんだ、とクリオは心の中で決めつけた。実際のところは別として、日々の糧にも難儀する貧民街の出身者は金になることにばかり興味を持って、ロマンなんてものには見向きもしない。自分だって世界中の遺構を発掘するという夢を持っているが、それはロマンではなく自己実現のためだ。


 なんとなく、ホワイトの真っ黒な顔からのぞく真っ白な歯が、自分を矮小な人間だと責めているような気がした。もちろんただの被害妄想だということは百も承知だ。凄すぎる人達を前にして、劣等感がムクムクと湧き上がってきただけだ。


――いいですね、その感情。人間らしくて。


 誰かの声がしたような気がする。神様も自分のことを馬鹿にしているのだろうか。仕方ないか、オイラは馬鹿なんだからと諦めにも似た気持ちが生まれて、逆に気が軽くなった。


「ホワイト先輩ってあんな凄いアルマに乗ってるのに軍に誘われたりしないんスか? 断ってるとか?」


 相手のプライバシーに踏み込む、少々不躾な質問だ。だが言いたくない事情があってもそこに触れずに答えられる聞き方をしている。そこは特に気を使っているというわけでもなく、クリオ生来の性格によるものだ。なお先輩呼ばわりは自分も同じエクスカベーターだという精一杯の主張である。


「いやー、軍みたいなオカタイところは性に合わなくってね」


 質問にははっきりと答えず、だが気を悪くした様子もなく肩をすくめて返事をする。そんな態度も好ましくて、だから一層自分には手の届かない存在なのだという気持ちを強めた。


「それなら、大聖堂なんか堅苦しすぎて息もできないのではないですか?」


 珍しくミスティカが冗談を言う。それだけ気を許した証拠である。命の恩人なのだから好意を持つのは当然だが、彼の人柄が大聖堂ではお目にかかれない気軽さなので特に話が弾んでしまう。


「はっは、違いねえや!」


 そんな会話をしながら、部屋の中を調べてまわる三人だった。


「よーっし、見つけたぜ二人とも!」


 クリオが元気な声を上げた。気落ちしていた彼だが、一番に目的のものを見つけた手柄が全てを吹き飛ばした。なんせこれがクリオの主戦場なのだから、自分でも二人と肩を並べて活躍できる場があるということにこの上もない喜びを感じたのだ。


――感情の起伏が激しいですね、ふふっ。


 不思議な声も今の彼の耳には届かない。笑顔で駆け寄ってくる二人を前にして誇らしい気持ちが胸に収まりきらず、頬を緩ませた。


「『あいつらとの戦いはまだ続いている』って、いきなり物騒な内容だな、おい」


 クリオが解読してみせた太古の記録には、この星にやってきた後の話が残されていた。「旅の記録ではなかったスね」と少し残念そうに言うクリオだったが、ミスティカが本当に知りたかったのはこの星にやってきてからの歴史だ。つまり彼女が真に求めているものが、ここにある。


「私は大天回教が伝える歴史の裏にある真実を知りたいのです。だから、これは最高の成果ですよ」


 満麺の笑みを浮かべてクリオを労うミスティカだったが、実際のところここにある記録はまだ古すぎるようだ。


「空の彼方からやってきたから、現地に住む何者かと争いになるのは当たり前かもな。要するに俺達のご先祖様はこの星の原住民からすれば侵略者だったってわけだ」


 当時の激しい戦いが綴られた記録を読みつつ、口角を上げて皮肉っぽく笑うホワイト。この程度のことは予想していたと言わんばかりだ。ミスティカもそれはそうだろうと考えていた。人が住めるこの星に、我々の先祖は方舟でやってきたのだ。その前から住んでいた者達もいたに違いないと。


「でも、この戦ってる相手は人間じゃなさそうだぜ?」


 二人に先んじて記録を解読していくクリオは、当時の悲惨な状況をいくらか感じ取っていた。


「アルマの武装に、チェーンソーや火炎放射器を開発……なるほど、『悪魔の樹木』ですね。人間を堕落させるという教えとはかなり違うようですけど」


 もう何千年も前の記録だ。どうしても大半が消滅してしまっているらしい。ある程度読めるだけの量が残っているのも奇跡としか言いようがない。その僅かな記録から、当時の人間達が恐ろしい樹木と命がけの戦いを繰り広げていたことがわかる。


「なるほどね。そりゃあ、当時のことを知る人間は植物を目の敵にするだろうさ」


「問題は、なぜ堕落という言葉で過去に蓋をしたのかということですが……さすがにここにある記録だけでは分かりませんね」


 欲しい情報が満足いくほど得られたわけではないが、隠された歴史を暴くという目的の第一歩は踏み出せた。初めての探索で得られた成果としては、望外の大成功だったと言えよう。ホワイトが来なければ死んでいたのだから、危険に見合った妥当な成果だとも言える。


「お二人とも、ありがとうございました。今日はこの辺にして帰還しましょう」


 数々の幸運に助けられつつ、大きな成功を収めたミスティカは、タマが修理してくれたナンディでガーディアンの機体を運び、地上へと帰還するのだった。


◇◆◇


「くくく……■■■■■■■よ、よくやった」


 この星のどこかにある研究所で、ヨレヨレの白衣を羽織った男がモニタの向こうにいる部下へ労いの言葉を述べる。


「ああ、この人間の方が感情豊かなようだな。まずこいつの記憶をスキャンして転送しなさい。この大脳記憶野を読み取るアプリケーション・プログラムをダウンロードするといい」


『了解』のシグナルを受け取り、男は新たな娯楽の到着を期待し笑顔でソファに沈み込むのだった。

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