戦闘レベル

 ガーディアンが伸ばしたアームを縮める。何を仕掛けてくるのかと、操縦桿を強く握ってモニタに意識を集中させた、その時だ。ナンディと比較しても大きな機体が、画面から消えた。高速移動だ、と思った時にはナンディが身体を地面に投げ出し、ローリングで敵の攻撃を回避する。


 目にも止まらぬ速さ、というわけではない。人は注視している相手が予想もよらない動きで視界から外れると、瞬間移動でもされたように錯覚して相手を見失うのだ。この時のガーディアンは胴体部分を前傾、というよりほぼ地面と水平になるほどに倒し、タックルを仕掛けてきたのだ。四足獣の形をしたナンディ相手に、更に低い姿勢での突進は、自然と見上げる向きになっていたモニタから一瞬で姿を隠し、ナンディの頭部を下から突き上げる形での攻撃となった。回避行動を取らなかったら機体を空中に持ち上げられ、無防備な状態でガーディアンの追撃を受けることになっていただろう。


 息をつく暇もなく、今度は横薙ぎにアームが襲ってきた。モーニングスターらしき棘の付いた金属球が先端についている。直撃すればひとたまりもないだろう。これは転がっても回避できない。一瞬の逡巡を見せると、またナンディが自分で地を蹴り、ガーディアンの懐まで飛び込む。


「こっ、攻撃!」


 ミスティカは慌てて攻撃のトリガーを引いた。ナンディの角から電撃がガーディアンを撃ち、爪でひっかきながらバク転を決める。鮮やかな攻撃だが、どうにも軽い。少し胴体が揺れたガーディアンは、四脚を跳ね上げて後方へ飛び上がり距離を取った。


 首都でおそらく最高峰の技術を使って作られたナンディの性能は素晴らしい。機体の戦闘力自体は太古のアーティファクト集合体であるガーディアンにもひけを取らない。だが操縦しているミスティカの技能がまったく追いついていないせいで、性能をまるで引き出せずにいた。


――心を一つにするんだよ。


 誰かの声が聞こえるような気がする。目の前ではガーディアンが口径の大きな砲をこちらに向けている。砲弾か、それとも高エネルギー体を発射してくるのだろうか。それを見た時、ミスティカは自分の意識が拡張しナンディの身体に乗り移ったような感覚に囚われた。


「回避」


 これまでになく静かな気持ちで、操縦桿を右に倒しながらナンディが横滑りで射線から身体を外すイメージを思い浮かべる。敵のアームから炎のような赤い光が放たれるが、ナンディは自然な動きでそれを避ける。


――ほら、近づいて。


 この声はナンディのものだろうか。とにかく、さっき見た光景を思い出し敵の懐に飛び込むことにした。操縦桿を前に倒す。ガーディアンはおそらく密着状態で攻撃する手段を持ち合わせていない。そうでなければ、あの攻撃の直後に反撃を食らっていたはずだ。今までにないほどのスピードで突進し、瞬時に間合いをつめた。


――せっかくだから、角を突き刺してやろう。


 声に従い、ナンディの角をガーディアンの胴体にそのまま突き刺した。今までは角が折れたりするのではと思い、突き刺す攻撃を考えたこともなかった。だが、導く声がそうしろと言っているのだ。迷うことなく頭を突き出すと、ガーディアンの装甲を貫いて角の先端が三分の一ほど胴体に入り込んだ。


『電撃』


 頭に響く声とほぼ同時に、ミスティカの口から同じ言葉が発せられた。このデカブツの中で思いっきり放電してやる、と自分もナンディも同時に考えたのだ。


――シンクロしたね。


 ガーディアンの中でバチバチと爆ぜる音が響く。きっと決定的なダメージを与えたに違いない。心を一つにする、これがアルマでの戦闘なのだと、知識ではなく感覚で理解できたミスティカだった。


「……すげえ」


 戦闘の様子を動けなくなったアルマから観測していたクリオが、感嘆の言葉を漏らした。プアリムを退治した時のような高揚感はない。これは畏怖にも似た感情で、ガーディアンの戦闘力と、それを上回ったナンディそれぞれを、ただただ自分とは別次元の存在であると認識して震えることしかできずにいる。


 そしてミスティカがつい気を緩めた次の瞬間、大音量の警報ブザーが鳴り響いた。ガーディアンが発したのだ。


『機体の損傷を確認。侵入者を脅威とみなし第三戦闘レベルに引き上げます』


 ガーディアンのアームが伸び、ナンディの胴体を両側から掴もうと接近してくる。背筋がぞくりと寒くなったミスティカは即座に操縦桿を引き、敵から離れるように飛び退いた。


『範囲内に護衛対象の存在がないことを確認。無差別攻撃を開始します』


 広範囲に危険な攻撃をする、と理解したミスティカはクリオの乗る小型のアルマに覆いかぶさってかばう。ガーディアンの機体が光を放った、と認識した次の瞬間には、全身を揺さぶる凄まじい衝撃に襲われミスティカの意識が飛びかけた。必死で意識を繋ぎとめ、耐える。


「ぐっ……被害状況!」


 防御態勢に入っていたから、致命的なダメージは負っていないはず。だが決して無視できる威力ではない。すぐモニタに表示された機体の損傷状態は、全身を真っ赤に染め上げていた。つまり動物で言えば瀕死状態だ。予想よりもずっとダメージを受けている。動けないほどではないが、戦闘を継続するのは難しいだろう。


「このままでは……どうすれば!」


 幸い、ガーディアンもこの攻撃を連発できるわけではないようで、その場で全てのアームを力なくだらんと垂らし、微かな駆動音を風に乗せながら動きを止めている。放出したエネルギーをまた貯めるのに時間がかかるのだろう。この隙にクリオを連れて逃げ出せればいいのだが、ナンディを立ち上がらせるのにも数秒かかった。しかもそれに反応したガーディアンがアームを持ち上げ始めている。これでは倒すのはもちろん、逃げ切るのも無理がある。


――やられちゃったね、でももう大丈夫。


 なぜだか楽観的な声が頭に響いてきた。


「えっ?」


 どういうことかと、どこを見ていいのかも分からずモニタを注目する。そこに今度は明確な人間の声が聞こえてきた。指向性通信だ。


「すげえ戦闘の音がすると思ったら、ずいぶんいい勝負をしたみたいだな。後は俺に任せておきな、宣教師のお嬢さん」


 聞き覚えのない男の声だ。そちらにカメラを向けると、遺構には場違いな人型アルマが立っている。白と金に彩られ、神々しさすら感じさせるその機体は、突き出した幾つもの尖角からバーナーの炎を噴き出していた。


『新たな侵入者を確認』


 ガーディアンがアームを伸ばし、銃口を向ける。


「動きが遅いぞ。強いウシと戦って疲れちまったようだな、もう眠ってろ」


 人型アルマが腕を伸ばすと、手先から冷たい光を放つ湾曲した刃が出てきた。それを自分の腰辺りに持っていき、独特の前傾姿勢を取る。


「なああんた、カタナって聞いたことあるかい?」


『排除します』


 男の質問に返答することもなく射撃を開始するガーディアンだったが、すぐにその攻撃は止まる。


「はいごめんよ!」


 こちらのアルマは先ほどのガーディアンと違って本当に目にも止まらぬ速さで駆け抜け、すれ違いざまに手に持った刃でガーディアンを両断してしまうのだった。

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