超がつくほどの勇者マニアだけど、魔王様(仮)と一緒にMMORPGの世界征服をすることになりました

蒼唯まる

勇者マニアのとある日常

 崩壊した天井を見上げれば、鮮血を彷彿とさせる真紅が空を一面染め上げている。

 日の光が一切届くことのない文字通り闇の領域——眼前の玉座では、黒髪の青年が片膝を突き、息絶え絶えになりながらも、身が竦むような鋭い眼光でこちらを睨めつけていた。


「まさか……貴様に、全ての計画を崩壊させられるとはな……!!」


 右手に握られるは、赤く刃が閃く漆黒の剣——魔剣ラグナロク。

 それを杖代わりにして、青年はゆっくりと立ち上がる。


「……だが、私は止まるわけにはいかない。貴様を——貴様ら人類を一人残らずこの手で葬るまでは……!!」


 対する亜麻色の髪の青年は、口をきつく結んだまま黒髪の青年を見据える。

 大空のような蒼の瞳で、憎悪と憤怒に満ちた赫の瞳を逸らす事なく真っ直ぐと。


「さあ、剣を抜け! 決着を付けるぞ——勇者よ!!」


 全身から漆黒のオーラを迸らせながら、黒髪の青年が高らかに叫ぶ。

 亜麻色の青年は苦虫を噛み潰したような顔で僅かに視線を落とした後、ゆっくりと携えていた剣を構えてみせる。


 黄金に煌めく退魔の剣——聖剣を。


 覚悟は固まった。

 そして、互いに剣を構えたところで二人は、


「——行くぞ!!」


 それぞれが抱いた決意と信念を胸に、同時に地面を蹴り出し——、












「結城ー! すまん、一つ頼まれごといいかー!?」






 昼休みが始まって暫くした頃。

 声がした方向を振り向くと、クラスメイトの山田君が少し困った様子で教卓の前に立っていた。


「うん、いいけど。頼まれごとって?」


「こいつを職員室まで運ぶの手伝ってくれないか? 一人じゃ量が多くてさ」


 教卓の上にはノートがどっさりと山積みになって置かれている。

 それも二つも。

 確かにあの量と一人で運ぶには一苦労しそうだ。


「いいよ。その前にちょっと待ってね」


 操作していたゲーム機の画面をスリープ状態にしてから、僕はすぐに席を立つ。

 これからラスボス戦で集中したいところだったけど、まだ戦闘は始まったばかりで中断するには丁度いいから、まあよしとしよう。


「お待たせ」


「悪いな」


「気にしないで。それよりこれ早く運んじゃおうか」


 早速、山積みになったノートを半分抱えて廊下に出る。

 それから職員室に向かって歩いていると、ふいに山田君が僕に視線を傾けて、


「そういや、相変わらず2Wayerで遊んでんだな。あれ大分古いハードだろ」


「まあね。でも、今やっても面白いゲームはたくさんあるよ」


 2Wayerは、携帯型と据え置き型どちらにも対応したハイブリットゲーム機だ。

 当時はその機能がかなり画期的で爆発的に売れたらしいけど、それももう二十年近く前の話だ。

 なので身近に僕以外で2Wayerを遊んでいる人間と出会ったことは一度もない。


「レトロゲーにはレトロゲーの面白さがあるっていうもんな。で、今日は何のRPGやってたんだ?」


「Devils Quest IVだよ。アクション要素が強くて戦闘は爽快だし、ストーリーもよく出来ていて凄く面白いよ」


「Devils Quest IV……あー、デビクエか。IVはなんかシリーズの中でも人気が根強いって聞いたことあるな。ま、俺としては実際に身体を動かして戦う方が気持ちいい気がするけど」


「あはは、確かにそっちもそっちで違った爽快感はあるよね。フルダイブだとディスプレイで遊ぶよりも臨場感とか没入感が桁違いだし」


 昨今のゲームは、VR技術を発展させたフルダイブシステムが主流となっている。

 初期の頃はクオリティの問題からディスプレイを使った従来のゲームの方が人気があったみたいだけど、VR技術が進歩するに連れてそのバランスは徐々に傾いていき、十数年経った現在では、その立場は完全に逆転していた。


「そうそう、そうなんだよ! 画面越しじゃなくて実際にこの目で見て、自分の足で動いてゲームの世界を楽しむ。ほんと、この時代に生まれてマジ良かったー! って思うよ」


 噛み締めるように山田君は言う。

 流石にそれはちょっと大袈裟じゃないかな、と心の中で苦笑していると、


「というかさ、結城ってアンジェネはやってないの? あれこそお前の好きそうなゲームな気がするんだけど」


「残念だけどまだやれてないかな。サービス開始前から予約はしてるけど、まだ抽選が当たらなくって。もうそろそろだとは思うんだけど……」


「うわっ、発売して二ヶ月経ってもその状態なのかよ。流石、ゲーム史上最高傑作VRMMOなんて言われるだけはあるな……! 俺も買ってみようかな」


 なんて、しみじみと山田君が呟いた時だ。


「——うわっ!?」


「きゃっ!?」


 渡り廊下に続く角を曲がろうとした瞬間、丁度女子生徒と鉢合わせになってしまい、思わずぶつかりそうになる。

 僕もその女の子もギリギリのところで気づいて、咄嗟に進むのを踏みとどまったおかげでどうにか衝突は避けたが、急に動いた反動で抱えていたノートが何冊か床に落ちてしまう。


「ご、ごめんなさい! 今、拾うから……!」


「大丈夫、ゆっくりでいいよ。それよりもぶつからなくて良かったよ」


 そう声を掛けるも、女の子はテキパキとノートを拾い上げ、僕が抱えたノートの山の上に乗せてくれる。

 そこでようやく女の子の顔がはっきりと視認できた。


 大きめな丸眼鏡とおさげが特徴的なの少女。

 向こうはどうか知らないが、その整った顔立ちには覚えがあった。


「そ、それじゃあ……っ!!」


 どこか浮き足立った様子ながらも羽のように軽い足取りで忙しなく、それでいてご機嫌そうにこの場を離れる彼女の背中を見送りながら、


「あの子って確か……」


「隣のクラスの桜真おうま深羽みわだな。この前の中間テストで学年十番以内に入ってた優等生。よく見りゃ可愛いって話らしいけど、なーんか芋っぽいんだよなー。もうちょっと身だしなみに気を遣えばモテそうなもんなんだけど」


「あはは……」


 ちょっとその評価は可哀想というか、辛辣じゃないかな。

 言葉を飲み込みつつ、僕は空笑いを浮かべる。


(……それにしても、何か嬉しいことでもあったのかな?)


 ちょっとだけ気になりはしたけど、すぐに頭の片隅に追いやられていくのだった。






 あれから時は少し流れて、放課後。

 荷物をまとめて帰る支度を整えた時だ。


 ポケットの中でピコン、と音が鳴る。


「ん……着信?」


 ポケットから携帯を取り出し、ARの画面を開くと一件の通知が届いていた。

 差出人は『リ・エボル社』——瞬間、全身にぞくりと鳥肌が立つ。




————————————


大変長らくお待たせしました。


『Unravel Genesis』のプレイが可能になりました。


————————————




 そして、通知に書かれた内容を確認して、僕は自然と頬を綻ばせ、無意識に小さく拳を強く握り締めた。

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