第2話

「陛下。王配殿下はいつ頃お決めになるご予定でしょうか」

「そんなに急ぐことでもないのでは?」

「いや、王家のためにはすぐにでもお迎えした方が」


 案の定、即位後初の会議で王配の件を貴族たちは口にした。貴族の中でも意見は割れている。


「その件についてだが、私は王女時代からの婚約者であるヒューバートをまだ愛している」

「陛下とランブリー様の仲睦まじさは存じております。ランブリー様のことは本当に残念でございました。しかし、王配殿下は絶対に必要です」

「それは分かっている。だから、まず側室を複数置こう。そこから私が気に入れば王配に迎える。仕事がどれほどできるかも気になるからな」

「側室ですと!?」

「父には十人ほど側室がいた。私もそれほどではないが少し持とうと思う」

「しかし、女王陛下が側室を複数とは……前例が」

「他国では愛人を囲う女王や女帝もいるのだから問題あるまい。むやみに愛人を増やすよりも側室として迎えた方が仕事も任せられて良いだろう。二つ隣の国も男の側室を置いたではないか。私はどんな奴かもわからん男に背中を預けるつもりはない。無能な男も嫌いだ」


 アイラの側室を迎える発言は意外だったようで、貴族たちは近くの者と顔を見合わせざわついている。ナタリアにさえ言わなかった提案だ、どこにも漏れるはずがない。


 あまりの皮肉さにアイラは自分で自分をあざ笑った。ヒューバートへの愛を守るために男を複数置く羽目になるとは。そうまでしても王配を置くわけにはいかなかった。王配を置いてしまえば、王配の実家が口を出してきてアイラの権力は今よりも弱くなる。子供ができてしまえばことさら。


「陛下がそれほどランブリー様のことをお思いだとは……」

「死が私とヒューバートを別っただけのことだ。王配をほいほいと迎えてすぐに信頼する気にはなれぬ。それは将来の王配にも失礼だろう。あぁ、夫人を亡くして喪が明ける前に再婚した侯爵には分からない感覚なのだろうか。私の感覚はおかしいとでも言いたげな顔だな? どこがおかしいのかぜひとも聞いてみたい。侯爵よ、私はおかしいのか?」


 アイラは先ほど発言した侯爵に冷たい視線を向ける。


「そ、そのようなことはございません。ただ、安定のためにも王配殿下は必要だと当たり前のことを申し上げております」

「なら良い。私の感覚は普通ということだな。ヒューバートを殺した犯人がまだ見つかっていない今、王配ただ一人を迎え入れるのも危険だ。他国の王族など特にな。国際問題になりかねん。どのみちもう少し捜査が落ち着いてからがよかろう。どうだ?」


 ここで王配を迎えろと強硬に主張すると何かを疑われそうなので、貴族たちはいったん皆口をつぐみ目だけでちらちらお互いを見ている。


 やがて口を開いたのはとある公爵だった。


「陛下のおっしゃる通り、危険があるため今すぐ迎える必要はございません。しかし、国民は明るい話題を求めているのも事実です」


 王太子だった兄の自殺と父の退位。アイラは気さくで、初代女王に酷似した外見からも国民から非常に人気がある王女だったが、即位だけではその払拭にまだ足りないとでも言いたげだ。


「この時期に側室を置くのは反感を買うのではと。王配となりえる方との新しい婚約の発表でしたら明るい話題でしょう」

「この状況で王配の親戚のみが権力を握るのも良くないのではないか。側室を置くことで政権の安定を図る。爵位も問わん。もちろんある程度の知能は必要だが、チャンスは平等である。そうなれば明るい話題であろう」

「どうしても側室を置かれるのですか? 揉め事の種になりますが……」

「父でもその前の国王でも。歴代国王は側室を置いていた。王妃と先に結婚していてもどうせ揉めてきたではないか。何を今更側室ごときで揉め事だと言うのだ。そなたが愛人と最近激しく揉めたのか」


 アイラは父の過去を思い出し、豪快に笑いながら足を組み替える。


「それに、王配が不妊だったらどうする。あぁ、それとも王配候補者が全員検査を受けてくれるのか? 私は王女時代に不妊かどうかの検査を受けた。女性が受ける場合がほとんどだが、男性も受けることができるだろう? 帝国の最新の研究では男性側にも不妊の原因があるという。もしかしたらそなたらの中にもそういう者がいるやもしれん。王配、王配とそれほど言うのであれば私も受けたのだ。その者も検査を受けるのは当然であろうな」


 ブライトエント王国では、男性不妊の話題はまだ浸透していない。子供ができないと責められるのはいつも女性だ。大きく前に出さないものの男尊女卑である。


 わずかに混じっている女性当主数人の表情が少し和らいだのをアイラはしかと確認した。女性はよく神殿で検査をされている。男性はほとんど受けないが……。


「いえ、そこまでは……」

「それで王配にならなければ下手な憶測を呼ぶ可能性が」

「差別を助長するやもしれません」


 男性からの反応にふっとアイラは笑う。女性には検査を平気で受けさせるのに、男性は受けないのか。それこそ差別だろう。神殿の持つ魔道具で調べるだけなのに。


 有力貴族がこぞって渋っているのを見ると、自分の息子が不妊かどうか知られるのが嫌なのだろう。ここまで言ってしまえば、公爵家をはじめとする有力な家の子息が王配になっていなければ、不妊だと言っているようなものだ。


「私側には問題ないと神殿から証明書をもらっている。では、側室を置くということでいいか。側室ならば複数置けるし、私もいちいち検査して来いなどと言うまい。どれが父か分からずとも私が産むのだから王族に間違いなかろう」


 あからさまに安心した表情をする者もいる。反対を声高に叫ぶ者がいないのでアイラは水を飲んでから口を開いた。自信満々の表情を作ってはいるが、喉はカラカラだ。


「ということで、側室の志願者を募る。私は手がかからない男が好きだ。喚いて騒いで自分に注目を集めようとしない男。それと兄のように尻拭いが必要な男は大嫌いだから肝に銘じておけ。誰かを陥れるのは勝手だが自分で対処できる男ならいい。国際情勢が変わらぬ限り側室の中から王配にふさわしい者を選ぼう」


 アイラはぐるっと会議場を見渡す。


「仕事もできる方がいい。お前たちの妻は泣き喚いて何かを主張するか? 囲っている愛人は別として、どうなのだ。中には美しいだけでもいいという者もいるかもしれないが。お前たちが妻にしたいと思うような人間を私も求める」


 もう誰も反対はしなかった。


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