魔界王女と第十三話


 俺は掌を翳し、解除呪文パスワードを口にする。


聖剣抜刀ソウル・リリース――千煌閃剣エクスカリバーッ!」


 光の粒子が掌に集まり、剣の形を成し。

 次いで光が飛散、刀身が露わになった。


 それは。

 白銀に輝く、両刃の長剣。


 軽く振り、確かめる。

 よし。


 久しぶりに出したが、問題は無いようだな。


「……んっ……うぅん……」


 と影の拘束から解放され、地面に寝そべっていたローザが目を醒ます。

 ローザは床に女の子座りして、目元を擦った。


「……あれ? ……ひな?」

「? ……ア、ア、アタシノ……ネガイ。カナエナキャ。……キサマ、ヲ……コロス。コロスコロスコロスッ!!」

「ヒッ!?」


 親鳥は首を四十五度に傾け、ローザの方に振り向く。

 その声は、親鳥のものとしわがれた烏の鳴き声が混じっていた。

 マズイッ!


「ローザッ!!」


 俺と親鳥は、ほぼ同時にその場から消える。

 再び姿を現した時には、俺は親鳥の攻撃を聖剣で受け止めていた。


 辺りに、金属同士が激しくぶつかり合う音が響く。

 火花を散らしながら、親鳥の魔剣を押し返す。


 親鳥は押し返された反動を利用して、距離を取る。

 足が地面に着く瞬間、翼を羽ばたかせ。勢いを殺して、静かに足を付けた。


 俺は前を向いて聖剣を構えたまま、後ろに声を掛ける。


「……ローザ。無事か?」

「え、えぇ。……ねぇユウト。ひ、姫奈が……」

「あぁ、分かってる。親鳥は俺が何としてでも助ける。だから積もるは話はその後だ」

「分かったわ。……ユウト。頑張るのよ」

「任せろッ!」


 と言い残して俺は、一瞬で間合いを詰め。

 上段から聖剣を振り下ろす。


 親鳥は魔剣の側面でその攻撃を受け流し、返す刃で反撃カウンター

 身体を反らして一歩下がり、紙一重で俺は見切った。


 一歩踏み込み、お返しに逆袈裟に斬り上げる。

 親鳥は羽ばたき、距離を離す。


 巻き起こった風が頬を撫で付ける。

 俺は目を眇め、親鳥の様子を伺う。


 親鳥は腰を深く沈め、翼を大きく広げた。

 次の瞬間。


 宙に跳び出し、身体を回転させながら突っ込んで来た。


 この攻撃をまともに受けるのは危険。

 しかし後ろにはローザが居る。

 ここで躱せば、その攻撃はローザに当たることになってしまう。


 それだけは避けなければ。


 必然取れる選択肢は限られる。

 即ち。


「――ぐうッ!!」


 真正面から攻撃を受け止める他、無かった。

 下手に受け流そうとすれば、その回転に巻き込まれてローザ諸共、挽き肉になりかねない。


 受け止めるしか無かった。


 聖剣と魔剣の激しいぶつかり合い。

 火花を散らしながら、ギャリギャリと不快な音を奏でる。


 じりじりと靴とコンクリートの床が摩擦でこすれ合い、後退していく。


「ローザッ! 俺の後ろから離れろッ!」


 これ以上は持たないと判断した俺は、そう言った。

 後ろでローザが離れていく気配を感じ、安堵する。

 良かった。これで巻き込む事は無くなった。


 そして遂に耐えきれなくなった俺は、床から足が離れる。

 と親鳥に押されたまま、背後の壁をぶち抜く。


 大胆に外に出た俺は、資材置き場に落下。

 地面で仰向けになった俺は、見上げる。


 満月を背に、漆黒の翼を広げて中空に佇む親鳥を。

 何処か神々しく、禍々しい。


 思わずその姿に見惚れてしまう。


 妖しく微笑んだ親鳥は、徐にドレスの裾をたくし上げる。


 しかし影になっていて下着は見えない。

 ん? 影?


「ッ!」


 ドレスの影から、無数の影の蛇が首をもたげる。

 転瞬。

 口を開けて、俺目掛けて突撃してきた。


 慌てて起き上がり、その場から逃げ。

 近くにあった、積み上げられた資材の後ろに身を隠す。


 影の蛇たちが、俺が背にした資材の山を次々に破壊していく。

 このままではいずれ、完全に壊されてしまう。


 そうなる前に脱出しなければ。


 俺は覚悟を決める。


「……三……二……一……ッ!!」


 勢いよく飛び出し、弧を描くように走って間合いを詰める。

 後を追い掛けるように俺が駆け抜けた場所を、影の蛇が次々に着弾。


 進路上にあったショベルカーのアームを足場に、空中へ跳ぶ。

 空中にいた親鳥と、弾丸の様な速度ですれ違う。

 その狭間。


「グェァァァァァァッ!!」


 左の漆黒の翼を、根本から切断。

 浮力のバランスが崩れた親鳥は、地面に堕ちる。


 着地した俺は振り向く。

 堕ちた翼が霧散し、風に流されていた。


「イタイイタイイタイッ! ……イタ、イ」

「ごめん。……でも飛び回られては厄介だから。……許してくれ、親鳥」


 左肩を抑えた親鳥は、左目から涙を流していた。

 その左目は、本来の色に戻っている。


「……ゆう……と……くん。……たす……け、て……」


 さらには声まで元に戻っていた。

 俺は言う。


「あぁ、待っていろ。今、助けてやるからな」


 と。


「……あり……がと……うぐッ! ……うゥ……ウゥッ! ……グガァァァァァァッ!!」


 しかし再び、親鳥の声にしわがれた烏の音が混じる。

 親鳥は立ち上がると、一足で間合いを縮めて魔剣を振り下ろす。


 俺は聖剣で受け止め、押し返した。


  反撃。防御。切り返し。弾き。一閃。受け流し。

 斬/弾き。斬/弾き。斬/弾き。斬/弾き。斬/弾き。斬/弾き。斬/弾き。斬/弾き。斬/弾き。斬/弾き。斬/弾き。斬/弾き。斬/弾き。斬/弾き。斬/弾き。斬/弾き。斬/弾き。


 鍔迫り合い。


 俺の攻撃は全て、魔剣の一点のみを狙ったもの。

 即ち、同じ個所を何度も叩けば脆くなる。


 その証拠に鍔迫り合いをする魔剣には、小さなヒビが生まれていた。


 鍔迫り合いの拮抗が崩れ、互いに距離を取る。

 正眼に構える俺。

 逆手に持ち、身体の前で構える親鳥。


 合間を風が通り、白いビニール袋が転がっていく。

 辺りに静寂が轟いた。


 勝負は……次の一撃で決まる。


 じり、と靴が砂を噛む音が響いた。


 ――瞬間。


 互いの位置が入れ替わり、背を向け合う。


 ビリッと俺のTシャツが裂け、横腹が露出。

 肌に一筋の赤い線が浮かび上がる。


「ぐッ!」


 傷を手で抑えて、聖剣を杖に地面へと膝を付く。


 後ろを振り向けば。


 親鳥の持つ魔剣が砕け散り、翼と黒いドレスが霧散。

 裸体となった親鳥が、糸の切れた人形の様に頽れる。


 良かった。

 無事に助けられたみたいだな。


「姫奈ッ!」


 と牙央が駆けつけて来た。

 親鳥を起こすと、自分のパーカーを着せる牙央。


「大丈夫か? 姫奈」

「……ん……うぅん……いぬやま……くん?」

「そうだ俺だ。……良かった……無事で……本当に」

「犬山、くん……泣かないで?」


 牙央の流す涙を、優しく指の腹で拭う親鳥。


「だって……姫奈に何かあったら……俺」

「ふふっ……私の事……そんなに想ってくれるの?」

「ったりめぇだろッ! 俺はお前の事が……好きなんだから」

「えへへっ。ありがとう……牙央……くん。…………すぅ……すぅ……」

「……本当に……無事で良かった」


 親鳥は牙央の腕の中で、安心したように眠った。

 その胸は規則正しく上下している。


「ユウトッ!」


 声のする方を向けば、ローザが駆け寄って来ていた。

 浴衣は乱れていて、素足だった。


「その傷大丈夫なのッ!? は、早く治療しなきゃッ!? あ、でもアタシ回復魔法使えないんだった……ど、どうしようッ!?」


 せわしなく身体を動かし、地団駄を踏むローザ。


「落ち着けって。これくらいの傷、聖剣の能力ですぐ治る……ほら」


 俺は、傷口を抑えていた手を退ける。


「……本当だ。治ってる……」


 ローザはしゃがみ込み、傷があった場所をペタペタと小さな手で触る。

 横腹は傷一つ残っていなかった。


 まぁ、聖剣の能力というより、正確には鞘の力だが。

 と言っても普通の鞘では無く、自分の身体の事だ。

 つまりは、勇者一族の固有能力という訳だ。


 それでも万能という訳ではなく、頭や心臓を破壊されれば死ぬし、失った血も戻らない。さらに、傷を癒す為には体内の魔力を必要とし、魔力が枯渇すれば傷は癒せないのだ。


 俺は立ち上がると、腰を捻って具合を確かめる。

 うん。問題ない。


「――素晴らしいッ!! 流石、勇者の末裔ッ! やはりこの程度の魔剣では、倒せませんか」


 突然、拍手が鳴り響く。

 音のする方角へと、俺達は首を巡らす。


 ショベルカーのアームに立つ、褐色の肌をした黒髪の男がそこに居た。

 身に纏っているのは、執事が着ている様な燕尾服。

 俺は誰何する。


「……何者だアンタは」

「おぉっとッ! これは失礼」


 男は恭しくお辞儀をすると言った。


「私は鍛冶師ドヴェルグのフニルと申します。皆様、以後お見知りおきを」


 その名前には聞き覚えがあった。

 鍛冶師ドヴェルグのフニル。

 人間界と魔界、双方から指名手配されている魔族の凶悪犯罪者だ。


 自身の種族の古い名を名乗り、主に人間界で活動している。

 その手口は、強い願いを持つ人間に魔剣を与え、その力を振るわせというもの。


 しかしここ最近は鳴りを潜めていたのか、フニルが起こしたと思われる事件は一件も起きていなかった。

 だが……。


「……お前が姫奈に魔剣を渡したのか?」

「えぇッ! もちろんッ! 彼女は実に素晴らしい才能を持っていましたよッ! そうッ! 魔剣に適合する才能がね?」


 牙央はドスの効いた声で問う。

 フニルは両手を広げ、芝居がかった口調で返答した。


「……そうか」


 腕の中で眠る親鳥をそっと地面に横たわせ、牙央は立ち上がる。

 拳を握り締める牙央。


「お前が……お前がッ!! 姫奈をこんな目に合わせたのかッ!!」

「えぇ。確かに魔剣を渡したのは私です。ですが。それを振るうと決断したのは、そこのお嬢さん自身ですよ? 自業自得では無いですか?」

「ッ!! ……てめぇ、散々人の気持ちを弄んでおいて。……許せねぇ。お前はこの俺がぶっ飛ばしてやるッ!!」


 牙央は靴と服を脱ぎ捨て、全裸になる。


「ちょっ!? 何してんのよアンタッ!?」


 ローザが牙央に背を向け、抗議の声を上げた。

 その抗議の声を無視して牙央は、満月を見上げる。


「……すぅー」


 息を吸い。


「アオォォォォォォンッ!!」


 遠吠えをした。


 すると牙央の身体の中から、肉が裂かれて骨が砕かれる様な音が響く。

 徐々に全身が肥大化するとともに、全身が色素の薄い毛に覆われる。


 上を見上げる顔は鼻と口を中心に伸び上がり、鋭い牙を持った狼のものへ。


 そうか。通りで気付けなかった訳だ。


 ――人狼ウェアウルフ


 魔族の中で唯一、完全に人間に化ける事が出来る種族。

 そのため、古くから人間界の動向を調査する諜報員スパイとして、魔界から人間界へと送り込まれていた。


 そして牙央は、勇者の末裔である俺の監視を任されていた。

 平和になったとはいえ、裏ではこういう事がまだ行われているという訳か。

 とは言え、平和を維持するにはこういう事も必要なのは分かっているつもりだ。


 だが当事者の俺にとっては、面白くないのもまた事実。


 と人狼になった牙央は、獣の瞳をフニルへ向け。


「――――ッ!!」 


 咆哮した。


 牙央は大地を足だけで無く、腕も使って駆け抜けると。

 ショベルカーのアームに立つフニル目掛けて飛び掛かり、鋭い鉤爪を振るった。


 フニルはその腕に片手を乗せ、逆立ちするという曲芸じみた動きを行う。

 腕に乗ったフニルの手を掴もうとする牙央だが、その手は空ぶる。


 直前でフニルがその手を離したからだ。

 そして背を逸らせ、回転して牙央と背中合わせに着地するフニル。


「そんな感情的な攻撃では、私に傷一つ付けられませんよ? ――穿突魔剣フロッティ

「ガァッ!?」


 気付けばフニルは、逆手に細剣を握っていた。

 魔剣だ。

 切っ先は牙央の背中に刺さっていた。


 牙央は腕を振り、背後の敵を追い払う。

 敵は背中から離れると、ショベルカーの屋根に乗る。


 振り返った牙央。その場から跳び上がり、腕を翳して両手を組む。

 フニルへと打ち下ろされた拳は槌の如き威力。

 運転席の屋根は大きくひしゃげ、その威力を物語っていた。


 しかしそこにフニルの姿はなく。

 見上げる牙央。


 目が合うフニル。

 頭を下に足を天に。


 手にした細剣が煌めく。


 牙央は両腕を掲げ、頭を守った。


「グゥゥゥゥゥゥッ!!」


 幾つもの切っ先がその腕を突き刺す。


 頭上を通過したフニルは、ショベルカーのアームに再び足を乗せる。

 同時。牙央が膝を付き、両腕が力無く垂れる。


「吸血鬼には及びませんが。流石、人狼の再生力ですね」


 フニルが言うように、牙央の背中の傷は既に治っていた。

 加えて、両腕の傷もシュウシュウと煙を吐きながら既に再生を始めていた。


 やがてその傷も塞がる。


「……ですが。既に多くの血を流し過ぎた様ですね」


 全身から大量の煙を噴き上げ、牙央の変化が溶けた。

 うつ伏せに倒れる牙央。


「さて。このまま殺したい所ですが。犬畜生の血で私の魔剣たちをこれ以上、汚したくありませんので。この辺で勘弁してあげましょう。それに、目的は貴方ではありませんので」

「……待ち……やがれ。まだ……終わってねぇ……ッ!」


 牙央は顔だけをフニルの方に向けて、そう言った。


「その身体では暫くは戦えないですよ? それに、せっかく助かった命。無駄に散らす必要も無いでしょうに……」

「ふざ……けるな……ッ!」


 力を振り絞って叫ぶ牙央。


「……牙央。悔しいが、アイツが言っている事は正しい」

「ッ!? ……優人、お前まで……ッ! コイツの……味方をするのかよッ!」

「それは違う」


 そう。それは違う。

 だって……。


「コイツを許せない気持ちは、俺も同じだ。……それに、ダチがピンチの時には助けるものだろう?」

「ッ!? ……そう……だな」

「だから、ここから先は俺に任せてくれないか? 牙央」

「勿論ッ! アタシも居るわよッ!」


 と胸を張るローザ。


「……へへっ。……ごめん。……後は頼んだぜ。二人とも……」


 この言葉を最後に、牙央は気を失った。

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