< 序章 > - 転星 -


 最初は何も感じられなかった。

 光も音も、そして匂いや感触さえもない。

 意識が混濁しているのかも知れない。

 何がどうしてこうなったのか。

 記憶を辿ろうにも、その記憶の糸口が見つからない。

 気がついたらこんなことになっていた。


 そもそも辺りを確認しようとしても、目を開けることもできない。

 それならと音を聞こうと耳を澄ませても、音が一切聞こえない。

 ならば手探りで周りを探ってみようとしたが、手や足の感覚がまるでないから、何かに触れることさえできない。

 そう、今の私は五感が一切利かず、自分がどこでどうなっているのかを、まったく把握できず、ただひたすら恐怖に苛まれるしかない状況なのだ。


 感覚があるわけではないから、正しく状況を言い得ているかどうかは分からないけれど、ただなんとなくふわふわと浮いているような、まるで海とかプールとかにでも浮かんでいるような、そんな感じがするので、それが更に恐怖を増長するのだ。


 ただひたすら、水の中を漂っているような感覚で恐怖に苛まれていた私は、ふと目の前に岩石が現れたのを認識した。

 別に目を開いて見たのではない。いきなり頭の中に巨大な岩石が一直線にこちらに向かってくる情景がはっきりと浮かび上がったのだ。

 慌てて避けようとしたが、手足の感覚が相変わらずないので、踏ん張ることができないし、一切動けないのだ。

 まるで夢の中で何かから逃げようとしてもその場から動けない、と言うようなあの感じ。心臓が潰れそうなほどの恐怖がひたすら襲いかかってくるのに、為す術もなく待ち構えるしかない、あの恐怖。

 私は、為す術もなく、岩石が近づいてくるのを黙って見ているしかなかった。

 夢なら冷めてほしかったが、迫り来る岩石は、そんな私の恐怖などお構いなしに、じわりじわりと接近してきて、とうとう私はその岩石と衝突してしまったのだ。


 ところが、あんな巨岩に衝突されて死んだであろう私の意識はまだはっきりとあり、なぜか痛みや苦痛もなく、流れたはずの血を感じることもなかった。

 そう、ぶつかってきた岩石は、そのまま私の身体にめり込んでしまったのだ。

 恐る恐るそのめり込んだ辺りを見ようとして初めて、自分の身体の異常さが認識できた。

 目で見て分かったのではない。なぜか頭の中に私の身体の状態がイメージとして浮かび上がってきたのだ。

 そのイメージによれば、なんと私は先ほどぶつかってきた岩石など比較にもならないほど巨大な岩石になっていたのだ。大きさは数十メートルもあり、ゴツゴツした表面に、無数の穴が開いた巨岩だったのだ。


 何がどうしてこうなったのか。

 私は一体全体どうなったのか。

 そして、ここはいったいどこなのか。

 何が何やらまったく分からず、疑問が次から次へと湧いてくるのだが、そんなことをゆっくりと考察している場合ではなかった。

 なぜなら、次弾が迫り来ていたからである。


 まるで、砲弾が飛び交う戦地の中をフラフラと歩いているようなもので、次から次へと岩石の弾が襲いかかってくるのだ。

 それも、自分の意思で避けることもできず、ましてや反撃なんてできようはずもなく、迫り来る岩石群を恐怖に苛まれながらも、それでも身体にめり込むだけで、大したダメージにならないという状態に少し安堵しつつ、ただひたすらこの恐怖の岩石爆弾の雨霰を耐え忍ぶしかなかった。


 ややもすれば、恐怖で押しつぶされそうになる自分の心をなんとか保ちつつ、この状態を観察し、いったい私が置かれた状況は何なのか、どうしてこういう状況に陥ってしまったのか、この境遇を解き明かす糸口を見つけようと懸命に周囲の状況を探ってみた。

 そして分かったことは、

 ・私は今巨大な岩石となり、宇宙空間を漂っている。

 ・その私は岩石群の中にいて、無数の岩石と衝突しまくっている。

 ・衝突した岩石は私の身体にクレータを作り、めり込んでいる。

 ・その時の恐怖を感じることはできるが、痛みや苦痛などはまったくない。

 ・そして、五感が一切利かないが、周囲をイメージとして認識できる。

 という、わけの分からない状況だった。


 痛みや苦痛を感じることもなく、岩石の衝突によって死ぬことがないと分かると、大分恐怖も和らいだが、その代わりに心の底から沸き起こって来たのは、

「岩って何よ!岩って!なんで岩になんかなってるのよ!」

と言う怒りだった。

 心が怒りで満ち始めると、それがきっかけのように、自分が置かれたこの境遇に陥った経緯を思い出すことができたのだ。糸口を掴んだのかも知れない。

 

 私は四十七歳のOLだった。

 薹(とう)が立っていようが何しようがOLはOL、オフィスレディよ。誰?オールドレディって言ったのは?

 まぁ良いわ。

 私は、コピー、お茶くみ上等の一般職で入社した今の会社にしがみついて二十数年、男っ気もない独身貴族を謳歌する、会社と自宅を行き来するだけのただのOLよ。こんな私にも蚤のようなプライドはあるのよ。だからOLと言ったらOLなの。決して「オールドレディ」ではない!「ミドルレディ」よ!ってそれ中年って意味じゃない!やぁねぇ。


 まぁそれはともかく、いつものように定時に仕事を終えて会社を出ると、ルーティーンのように駅に向かい、夕飯を考えながら電車に揺られ、駅から自宅へ向かって歩いている途中、信号待ちをしていた乗用車を、突然その後ろから追い越してきた信号無視のトラックに、横断中の私は跳ね飛ばされたのだ。


 そこで意識が途切れた私は、気がついたら岩石になって宇宙空間を漂い、岩石爆弾の雨霰に見舞われていたというわけ。


 もしかして、何か衝突に見舞われる厄災期に突入した?


 まぁそれは取り敢えず置いておくとして、岩石になった話よ。

 私も結構暇なOLだったから、転生ものの小説や漫画は数多読んだし、勇者やお姫様、冒険者になって、魔王や暴君をやっつけると言った話に心躍り、嵌まった時期もありましたよ。


 だから転生するということ自体に、特段何か拒否反応があるとか、理解不能に陥り気が触れるとか、そんなことはまったくないけれど。ないけれども、何が悲しくて岩石に転生しなきゃいけないのよ。 岩石じゃ何もできないじゃないのよ。折角転生できたんだったら、第二の人生を楽しみたいじゃない。


 それに、定番の暴走トラックに轢かれたんだから、良くある転生を期待するじゃない。それが何よ、岩石って!せめて人間として普通に転生したかったわよ。魔法を使ったり、剣を振り回したり、イケメン勇者と世界を旅したり。

 それが何?トラックに轢かれて、岩石爆弾に襲われる?ふざけんじゃないわよ!

 転生自体では気が狂わなくても、岩石爆弾の雨霰に気が狂うわよ!


 そう言えば神様とのやりとりイベントもなかったし、スキルゲットイベントもなかったし、ましてや王様との謁見イベントも、お楽しみのイケメン王子様やイケメン冒険者とのムフフイベントもまったくなかった。

 こんな話ありますか?

 一体全体どうなってるのよ!

 どうせ転生するなら、少しは私の希望も聞いてほしかったわよ。

 せめて神様との謁見イベントぐらい用意しておいてよ!

 第二の人生も独り身ってないわ!

 こんなのないわ!

 誰かなんか説明してって言うの!まったく!


 腹立たしいことこの上なかったけど、とにかく状況は掴めた。

 そう、私はまたも独りぼっちの人生……。いや星生?


 いや、そう言うことじゃなくて!

 信号無視の暴走トラックに轢かれてしまった私は、岩石に転生し、宇宙空間を漂って、岩石爆弾に襲われまくっていると言うこと。そして、相変わらずの独りぼっち、と言う状況。まったく溜め息しか出ないわ。


 誰の仕業かも、理由も、目的も、何にもかもさっぱり分からないけど、そう言うことだ。

 まぁ要するに「転星」したってことよね。輝く星にはなれなかったけど、小惑星にはなれたみたいだし。

 私上手いこと言った?ねぇねぇ?

 って、誰も反応してくれないなんて寂しいわね。まったく!

 誰かなんか言いなさいよ!

 どうせ前の人生も輝けなかったわよ!

 ほっといてよ!

って、また独りぼっちかぁ、どこかにイケメンの惑星いないかなぁ。

 おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉい!!!!!

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