Chapter.15 ペットのお世話

「あれが旦那」

「おお、君たちがお手伝いさんか」


 その後、ちょうど果物の摘み取りをしていた作業服姿の男性と合流し、簡単に挨拶を済ませる。


「召喚獣?」

「……スルーしてください」


 奥さんと同じような顔をして怪しまれてしまった。

 俺が辟易とした態度を見せていると、旦那さんは思い立ったように手元の果実を差し出してくる。


「これがうちで収穫されるナープルだよ」


 見たこともない果物だ。赤から黄色へ、マンゴーのようなグラデーションをした丸い見た目をした果実であり、旦那さんは慣れた手つきでさくりと切り分けて試食を勧めてくれる。

 甘ったるい匂いと柔らかめの感触。なんとなくだが洋梨や桃を連想した。


 皮をめくって食べてみる。

 みずみずしくて思ったよりはくどくない。


「美味しいですね! 初めて食べたかも」

「ん、ええ? お前この町に住んでるんじゃねえの?」

「ああいや、それは無理もないよ。ほとんどは中央に持っていくから。地元でも滅多に卸せないんだ」

「そういうものなのか……」

「そういうものです」


 したり顔でカトレアが夫妻のほうに付く。なんかちょっと悔しい。こっちに戻ってこい。


「うちのものは暁ナープルとも親しまれていてね。絶妙な色味だろう、熟しきる一歩手前の最高に美味しい状態を厳選して摘み取るんだ。これが貴族連中に大変ウケが良くて」

「言葉が悪い」

「ああいや、えっと……貴族サマ方?」


 奥さんに嗜められて旦那さんは頬をぽりぽりと搔く。「いまのは聞かなかったことにしてね」と口止めされてしまったところで、話の輪に入らず夢中になってナープルを食べていたカトレアが口にする。


「美味しいですね」


 まだ言ってるよこいつ……。どうやら相当お気に入りらしい。甘味を堪能するような、頬の緩めた表情をカトレアが見せていると、夫妻も和やかな雰囲気になって「もっと食べる?」なんて構い出していた。

 いや、人の心に潜り込むのが上手すぎる。


 ちょっと羨ましい。俺ももう一かけくらいは食べたい。さすがに、積極的に欲しがったりはしないが。

 それくらい、美味しいフルーツなのも確かだった。


「それじゃあそうだな、カトレアちゃんは私と、召喚獣くんは旦那のほうに付いてもらって、ペットの紹介とか倉庫の案内してあげて。虫も怖くないし力仕事も自信あるっていうから」


 めちゃくちゃ使う気でいるな、奥さん。

 早々にうんざりとしてしまいたくなったが、顔には出さないように背筋を正して臨む。旦那さんは興味深げに目を細めて「じゃあ行こうか」と俺のことを誘い出した。ロクなことにならない気がする……。


「じゃあカトレア頑張れよ、迷惑かけないようにな」

「はい! 大丈夫です。召喚獣さんも」

「おう」


 ここではじめて、別行動となる。


 ♢


 旦那さんと一緒になって畑から少し離れた場所へ向かう。木製の大型倉庫にこんもりと山積みにされた枯葉などのごみ、直径三十センチ近くありそうな首輪付きのリードを吊るしたソリのような謎の器械、四方を木枠で囲んだ謎の空間を道中で見かけ、旦那さんはその謎の空間へと足と運ぶ。


 壁の高さは一メートル五十センチほど。入り口は二重構造になっていたがそちらを使わずに素通りし、外側から中を覗くことになる。蓋はないのでそのままでも上から見下ろせそうだったが、踏み台があったので無理なく中の様子を伺うことができた。


 これがおそらくペットのいるケージなんだろう、と思う。


「キッッ………」

「これがうちのペット」


 きもいきもい。きもいきもいきもいきもい。

 絶句する。


 箱いっぱいにうねうねと絡み合う直径三十センチほどの太さをした大型のワームが何匹もいる。ミミズを肥大化したかのような見た目で、その仕切りの中は地獄絵図だ。

 つい少し前に虫が苦手かどうか聞かれたが、思っていたのと全然違う。これはきもい。あり得ないくらいきもい。これはアウトだろ。


「あ、ほら、あそこが交尾しようとしてるから」


 と、言って、壁に立てかけていた棒を持ちながら軽快に仕切りを跨いで中に侵入し、気色の悪いワーム共を掻き分けて交尾中の個体を引き剥がす旦那さんの姿を見る。


「これを君にやってほしいの」

「無理です」


 ムリムリムリムリ。いやムリムリムリムリ。

 俺は青ざめた顔で首を振る。「え? 困ったなぁ……」と後頭部を掻きながらこちらに戻ってこようとする旦那さんが、棒を肩に担ぎながらやってくるからしばかれるのかな?と恐怖を覚えてくる。

 いやムリムリムリ。本当にこれは無理。


「大丈夫だよ。棒でぺしぺしするだけだから。入らなくていいし」

「えぇー……」


 仕切りを飛び越えて戻ってきた旦那さんが、俺の肩をポンと叩く。逃げられそうにはない。

「ん」と棒を手渡される。早速やれということらしい。


「だいたいなんなんすかこの魔物は……」


 これがペットだとしたら悪趣味すぎる。ジャッカロープやコカトリスやタウロス以上に魔物してるだろこの見た目。精神汚染度でいえば一番害悪な気さえする。この光景を見ていると次第に正気が失われていきそうだ。


「仕事仲間だよ。僕らのペット。土のなかを自由に動いて柔らかくしてくれたり害虫を食べたり植物にとっていい環境を作ってくれるからね」

「なんだそれ……」

「収穫期は稼働させないけど苗木を植えるときや古株を掘り起こすときにソリを引いてもらったりする。便利だよ。ナープル畑の優秀な裏方だ」


 そういう言っているうちにまた絡み合い出すようなワーム共の姿が見えるので、旦那さんに指摘されたあと、渋々と俺は棒で突く。ちょっかいを出されたと思ったワームはすぐに大人しくなるので、それほど重労働でもない。

 視界にモザイクを掛けておきたい。


「ていうか地面を自由自在に動くって、この仕切り意味あるんですか?」

「もちろん。地中深くまで埋まってるからねこの箱。この子たちは地上に出ている間しか生殖活動をしないし、賢いからけっこう融通が効くんだよ。かわいく見えてくるよそのうち」

「それは絶対にない」

「いま五匹しか地上に出ていないけど、壁を叩くと振動を感知して土のなかにいる子たちも起きるからそれだけ気をつけてくれたまえ」

「何匹いるんですか?」

「二十匹」

「きもいな」

「辛辣だね……」


 たははと困惑したように言われる。

 さすがの俺も外面を取り繕えなかった。


 というか、どうりで果樹園は町の外にあるわけだ。てっきり敷地が広すぎて結界に収まらないとかそういう理由かと思えば、魔物を飼育しているとは。

 うんざりする。


 てっきり害虫を除けたりする作業を任されるのかなと思っていただけに、巨大ワームの生殖活動の阻止を命じられるなんて夢にも思わなかった。


「まあそんなすぐ手遅れになるわけでもないから大丈夫。空いた時間にチェックを欠かさない感じで、定期的によろしく頼むよ。収穫場所が遠いから僕らは様子を見にこれない分、君にはこの辺りの仕事を任せることになるから」

「……………。分かりました」

「それじゃあ倉庫の確認に行こう。付いてきて」


 そう言われ、棒を置こうとした間際にワームがまた絡み合い出したので率先して妨害すると、旦那さんから「センスあるね!」とこっちの気も知らないで褒められることになる。

 まったく嬉しくない。


「カトレアのほうは大丈夫なのかね……」


 そんな余裕もないのは事実だが、そんな余裕もなくなるくらいの出来事がまだ待ち受けていそうで、俺としては気が気で仕方なかった。

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