Chapter.10 魔物狩り

「さて、それでは当初の予定通り、素材集めを進めていきましょう」

「……婆さんもああ言ってくれたことだし、正直無理することはないと思うぞ?」

「大丈夫です」


 気負ったように改めて宣言するカトレアを見て、俺はついつい情を寄せる。こいつが魔物を恐れているのは分かるし、狩りに対しても消極的でどこか精神的なハードルがあることは窺えている。


 あんなご厚意を頂けるとは思っていなかったので「町の外に出る」とは婆さんに言ってしまったが、ありがたいことにいまでは精神的にかなり余裕ができてきていて、この様子なら無理を押して魔物狩りに拘る必要もないんじゃないかと思っていた。


 もちろん、果樹園の話は確定したわけじゃないし、試験内容を考えると時間をロスできない現状なのも分かっているが、この世界の魔物がどういうものであれ、仕留めて皮や角と爪や肉を素材として売り払うといった以上そこまで安易に取れる択ではないことも分かる。

 無論、カトレアがやる気なら止めないが。


「資金は必要ですから」

「……俺は戦えないからな」


 事前に申告する。カトレアは「分かってます」と短く返したのち、振り向いてとんと胸を叩きながら「大丈夫です」と笑顔で口にした。

 虚勢だな、と俺は気付いた。


 ♢


 アトリエから町を目指したときは、森を抜けたすぐ近くにある畦道のような公道を歩いてきたので比較的安全に行き来できていたが、今回はそんな道からも外れて平原を縦断するような形になる。


 あえて魔物を狙って人気のないほうを目指していくのだから緊張感も高まってくる。

 カトレアが杖を構えながら先陣を切るなか、俺も極力離れないようにして続いた。


「この付近には五種類ほどの魔物が観測されています。ジャッカロープ、コカトリス、コボルト、ケツァル蛇、タウロスです」

「名前だけ聞いてもなんも分からん」

「気をつけないといけないのはタウロスだけです。巨大な角を持つ大型の四足動物で、温厚と言われていますが膂力が凄まじく年間多くの事故を起こしています」

「なんだそりゃ……」


 大型の四足動物と聞くだけで遭遇しないに越したことはないなと察する。いざとなったらカトレアでも逃げ出せるような弱い、あるいは小さい魔物が相手であってほしいと思う。


「ひらけた場所には現れないのでいいんですが、木や大きな石に対して、長い距離を突進して体当たりし角を鍛える習性があるので、よくそれに巻き込まれてお亡くなりになってしまう方が多いんですよ」

「とするとアトリエのある森、実はけっこう危なかったんじゃないか?」

「いえ、あそこはもう師匠が結界を張っているので」


 んん、便利だこと……。

 俺はうんざりとした顔で前を行くカトレアに付き従う。


「狙い目はジャッカロープやコカトリスです」

「コカトリスはなんとなく有名だから分かるが、ジャッカロープって……」


 と、そこで静止がかけられる。足を止め、カトレアが睨みつける先を見る。


 それはやや異質な光景だった。ぱっと見としては茂みのなかに生えた背の低い枯木かと思ったが、どうも形が変だ。目を凝らしてみると、二本の立派な鹿の角が地面から聳え立っているように見える。


「……あれはなんだ?」

「あれがジャッカロープです」


 こちらの物音に感付いたのか角の向きがかすかに動き、あれが生物から生えていることに気付く。体は小さいのか茂みに隠れていてよく分からないが、カトレアが杖を構え、すぅーっと長く息を吸い込み、魔法を唱えようとするので静かに見守る。

 彼女は精神を統一するみたいに、いつになく真剣な顔で瞑目していた。


「〈ショット〉」


 杖の先から白く発光した光の弾が射出される。素早い。遠くの目標へ着弾するか否かというところでジャッカロープも攻撃を感知し、逃げようと体を跳ねさせた様子が見られる。

 俺はその一瞬を見逃さず、しかと捉えたジャッカロープのその姿に目を疑う――。


「――うさぎか?」


 カトレアの光弾はあいにくとジャッカロープの本体には当たらなかったが、片方の角に掠めることができていた。ポロッと落下した角を置いてジャッカロープは逃走する。

 カトレアがどこか安堵したような、惜しむような気難しい顔をしているのを見る。


「あそこに向かいましょう」

「……おう」


 先ほどまでジャッカロープがいた地点までは駆け足で三十秒ほど。茂みのなかに忽然と落ちている、鹿の角にしか思えないものを俺は拾う。

 俺の見間違いでなければ、これが体長四十センチほどの平均的な野うさぎの頭に立派に生え揃っていたように思う。

 本当に、俺の見間違いでなければ。


「その角は飾りや加工品としての需要が高いので売りやすいと思います。持って帰りましょう」


 これが魔物ということか。

 当たり前のように受け入れているカトレアを見て愕然とする。俺にはまったく馴染みのない世界だ。

 あらかじめカトレアが用意していた麻紐のような素材で角を縛り、肩に掛けて持ち運ぶことにした。

 俺の姿がより野生的で蛮族のようなものになりつつある。

 もうだんだん諦めついてるけど。


「それでは、あのジャッカロープを追いますか」

「え、おい。もう追いつけないぞ? どこに行ったか分かんねえし」

「分からないですけど、一度傷つけてしまった魔物をそのまま放っておいてしまうのもそれはそれで問題なので……。一応追うだけ追ってみないと」

「そういうもんか? まあ、別にいいが……」


 深追いしていいものか、明確な判断が付かないから不安だ。おおよその逃走先を見やる。


 向かっていった先としては、丘のような勾配になっている群生林のあたり。

 先ほどの話を踏まえてみるなら、まさしくタウロスの危険がありそうなエリアに思えるが。


「気をつけていきましょう」

「お前しか頼りにならないんだからな……」


 なんの力も持っていないせいで頼るしかなくて心許ない。

 俺は、ビクビクとしながらもあとに続いた。

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