富良野杯〜スポーツのように小説を書く世界〜

六野みさお

第1話 配信者たち

 ここは首都東京の、とあるアパートの一室。

 二人の男が、彼らのスマホのカメラに向かって喋ろうとしている。画面上右に座っている男は、小太りで、目はぼーっとしている。一方、左の男はひょろりと痩せていて、鋭い目をしている。彼らは元は幼馴染のような関係だったのだが、配信業を始めて以降、すっかりお笑いコンビということで定着している。まあ、それが二人の丁々発止のやりとりを説明する、唯一の手段である。

 とにかく、放送開始だ。


「はいどうもみなさんこんにちは、リスナーの皆さん、今日もカズハルを聞いていただきありがとうございます。今日は富良野ふらの杯の実況をしていきます。富良野杯は、皆さんご存知の通り、日先ひのさき王国最大級の小説大会であります。今日の福井県予選はかなりの激戦区、緊迫した戦いが予想されます。今日は解説に、作家の白井智也しらいともやさんをお迎えしております。白井さんは富良野杯の福島県予選を突破している実力者です。では白井さん、よろしくお願いします」


 もう一人の男が画面に入ってくる。


「はいどうも、よろしくお願いします」

「さて白井さん、今日の注目は誰でしょうか」

「そうですね、やはり頭一つ抜けているのは立石紫枝太たていししえたでしょうね。彼は福井県にとどまらず、全国級の優勝候補です。そして、それを追うのが澤田、香取、大杉、手塚というところでしょうか。おっと、谷川正たにがわただしを忘れてはいけませんね。彼も最近実力をつけてきています――今日の新曲、楽しみですね」

「いやいや、今日は小説家としての谷川正だ。音楽家じゃない。でもカズ、やっぱり立石の優位は動かないだろうね」

「それはそうだな。とはいえ、たとえ立石さんがトップ通過だとしても、全国への枠は五つだ。むしろ『その他』に関心が集まっていると思うよ」

「なるほどね。さて、まずは注目どころをおさらいしていきましょうか。白井さん、よろしくお願いします」

「はい、それでは立石紫枝太から見ていきましょう。立石紫枝太は、2005年に十五歳でデビュー。処女作『エンドロールは突然に』でいきなりミリオンヒットし、以後、一カ月に2~3冊という驚異的な執筆スピードを継続して、ぐいぐい知名度をアップさせています。去年の自作の売り上げ額は、富良野杏ふらのあん李弘美リ・ヒロミ、シュテファン・サンダーカークに続く世界四位を記録しました。国内では、この大会の主催者、富良野杏に対抗できる唯一の人間です。ちなみに彼はこの大会三連覇中。福井県予選にとどまっていられる器ではありません。シード権が欲しいくらいですね」

「やはり、聞けば聞くほど立石の実力を痛感しますね」

「強すぎて説明がいらない気もしますね」


「では次、澤田泰三さわだたいぞうです。彼は歴史小説が専門ですね。今年の作品には『日本から潰す三国志』があります。卑弥呼の弟に転生したサラリーマンが、中国に攻め込んで無双する話ですね」

「彼の作風もずいぶん変わりましたね。僕は『家康伝』で初めて彼を知ったのですが、あの頃とは全然文体もストーリー構成も違いますからね」

「若い世代に合わせて作風を軽くしている、という噂もありますね」


「次は香取七海かとりななみですね。彼は推理小説が専門です。今年の作品には『最上川殺人事件』がありますね。また、『丹手たんて探偵シリーズ』も一定の人気を得ていますね」

「最近は大杉に追い上げられている感がありますがね」

「息子の海人かいと君にも注目ですね」


「さて、今名前も出た、大杉晴也おおすぎはるやです。今年は『三月みつきカレンの謎解き帳』がヒット。『百万少年漂流記』も人気シリーズですね」

「香取との新旧福井県推理小説家対決、ということで関心も高いですね」

「どちらにも負けてほしくないけれど、決着するのも怖い気がするよ」


「楽しみですね。では次、手塚紫穂てづかしほです。今年は『ランドセル革命』がヒットしています。これは学生たちが自由を求めて学校に立てこもる話なのですが、あまりに面白いために学生運動が激化しています。特に地元の福井県では、約半分の学校が校則の大幅な緩和に追い込まれたそうです。また、短編『僕がリア充になった日』も評価が高いですね」

「富良野杯予選は一日で終わる短期決戦ですから、短編が得意な手塚には有利ですね」

「全国大会は三日間かかりますがね」


「また、この福井県予選では、世代間の対決にも注目が集まっています。五十一歳の澤田と四十八歳の香取に対する、十七歳の大杉と十歳の手塚という構図ですね。まあ立石紫枝太は十九歳なので、若手有利といえますが。さて、注目選手はこれくらいですかね。もう少し詳しい情報が欲しい人は、掲示板かまとめサイトをご覧ください。それから、今日の夜には、僕のチャンネルで谷川正の新曲『気まぐれアスレチック』の最速開設、および最速カバーを行います。皆さんご視聴よろしくお願いします」

「宣伝をぶっこむなって。というか、なんでこんなに小説家と言う小説家が音楽に手を出してるんだ」

「当たり前でしょう。富良野杏が音楽家としても知られているからです。年末の交響曲第五番は楽しみだな」

「だから今日は小説の話だっつーの。まあ、まだ始まるまで時間があるから、雑談でもいいんだけれど」

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