24.金モヒ氏の処遇

*****


 その日の夕方――放課後、夕日が差し込むパネコー四階の一室。

 

 話を聞かせてもらいたい、あるいは話をつけたいことがあって訪れた。

 綾野大龍と向き合うかたちで、椅子に腰掛けている。


「大龍さん、あんたのところの生徒の投石に遭った」

「ほぅ。そいつは初耳だ。で、その生徒とやらはどうなった?」

「礼儀というものを教えてやった」

「だったら、もういいんじゃねーのか?」

「金髪のモヒカン男だ」

「やっぱりな。だったら見当はつくさ」


 俺はブラックの缶コーヒーを一口飲んだ。


「察するに、以前から馬鹿なんだろう。だったらなんとかしてほしいものだ」

「前にも言わなかったか? 俺の権力なんてもはやたかが知れていると」

「それでも、腐っても番長なんだろう?」

「キツいことを言ってくれるなよ」

「キツいことを言われるのが番長なる立場なんだよ」


 俺が「まったくあんたはエグいほど使えないな」と罵ったところで大龍は苦笑を浮かべるだけ。激しい時期はあったはずだ、笑ってヒトを殴ってた時代があったはずだ。どうして腑抜けてしまったのだろうか。年をとると――ということなのだろうか。


「わかった。奴さんには俺が注意しておく」

「問題の、その奴さんの名前は?」

「知ってどうする?」

「知らないでどうする?」

「ソメヤだ。『投石癖』の染谷くんだよ」


 窓の外を、遠い目をして眺めた大龍。高校三年生だ。まだガキだ。そのいっぽうで大人みたいに疲れているように見えるのはなぜだろう。


 大龍は苦笑じみた表情を浮かべ、唐突に「最近、飽きてきたんだよ。ケンカや暴力っていうものに」などと言った。「前にも述べてやったかもしんねーが、小僧、おまえにはそんな瞬間はねーのか?」と続けた。


「なくはない」と俺は答えた。「ただ、ほかにやることもないんでな。そうでなくとも偏差値でああだこうだを決めるよりも、腕力で競争するほうが好きだ」

「小僧は小僧であっていいし、そうあるべきだろうさ」

「大龍さんは大学に行くべきだ。なにか道を決めて、きちんと勉強をして、それを身の振り方とするべきだ」


 大龍は顎を持ち上げ「ふん」と鼻を鳴らした。


「おかしいな。どうして俺は小僧ごときに人生を説かれにゃならんのかね」

「俺があんたより賢いからだろう」

「言ってくれるぜ」

「だが、事実だ」


 大龍がしっしと右手を振った。「不愉快な気持ちにさせられた」のだという。ジョークのつもりだろうか。だったらつまらない、笑えない。


「染谷、だったか」

「奴がどうかしたか?」

「女を的にするなら必ず殺すと念を押しておいてくれ」

「その折には、おぼっちゃんには全殺しはできるのかね?」

「だからおぼっちゃんにはできないのかもしれないが、俺ならやれる」


 大龍は少々頬を緩めたように見えた。


「おまえの正義感はどこから来る? 女を弱者とする理由はなんなんだ?」


 俺は椅子から立ち上がり、両肩をすくめてみせた。


「正義感などない。厳密に言うと、女が弱者だとも思っていない。俺がむやみやたらに献身的だというだけのことだ」

「いい奴だよ、おまえは」

「そんなことはない。失礼する」

「あいよ」


 それなりに気持ち良く、俺たちの話し合いは終わった。



*****


 アパートの玄関ドアの脇に、なんとまあ桐敷が三角座りをしていたのである。俺の姿を認めた瞬間、「あっ、帰ってきた!」と嬉しげな声を出し、それからぱっと立ち上がった。なんだか怒ったような顔をする。ぐいっと顔を近づけ見上げてきて、「おまえ、どこ行ってたんだよ?」と問い詰めてきた。


 しょうもない嘘でごまかすことにした。


「ボーリングだ」

「ボ、ボーリング?」

「そうだ。俺はプロボーラーを目指しているんだ」


 頭を引っぱたかれてしまった。


「しょうもねー嘘ぶっこいてんじゃねーよ」桐敷は腕を組み、「ふん」と鼻を鳴らした。「どうせ昨日の一件だろ? パネコーのおっさんに話つけに行ってたんだろ?」

「パネコーのおっさん?」

「大龍だよ、綾野大龍」

「ああ、そうだな、綾野大龍だな」

「変な受け答えだな、それ」


 桐敷は愉快そうに「あはは」と笑った。

 しかしその後、一点、桐敷はしゅんとなった。


「ほんとうは、あたいら三人のうちの誰かがぶつけられるべきだったんだ。それで全面戦争をやればよかったんだ。それくらいの大事おおごとのきっかけになっちまうような出来事だったはずなんだ。なのに、おまえが一人で片づけちまった。すげーなって思う反面、やりきれねーなぁとも思うよ」

「馬鹿言え。おまえら三人のうちの誰かが阿呆な投石に遭ってたらそれこそ俺がやりきれない。今回の結果で良かったんだよ。騒がすことなく、荒立てることなく、穏便に済ませることができた。尊いことなんだよ」


 桐敷は口を尖らせた。


「桐敷、そう怒るな。きちんとやり返した。話もつけた。それでも相手がやる気を見せるっていうんなら、それはそれでそのときだ」


 やっと桐敷は笑ってくれた。

 女性の笑顔はどうしてここまで魅力的に映るのか。


「神取、おまえは誰かの上に立つニンゲンだ。そのうち、おまえがやることには誰も文句を言わなくなるぜ。あたいがその筆頭なのかもしれねーな」

「いいや。ずっと逆らってくれ。そのほうが面白い」

「へっ、カッコつけたこと言いやがる。じゃあな。あたいは帰るぜ」

「送ろう」

「いいよ、チャリンコだから」

「気をつけてな」

「あたぼーよ」


 あたぼーよ――まるで死語を言い放って、桐敷は階段を下りていく。


 金モヒ氏――染谷とやらの奴の一撃を食らったニンゲンが俺でよかったと、心の底から思った。――はたして、以前の俺の性格や人格はここまで丸みを帯びていただろうか。帯びて、いたかなぁ……。

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