10.学園祭

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 学園祭でクラスの出し物をするにあたり、執事喫茶をやろうというのである。幸か不幸か俺は風間と同じクラスであり、しかも隣席同士だから、その旨、「ねぇねぇ、いいでしょ?」としつこく迫られた。「断ったらパッケージ・パイルドライバー、食らわせてあげるから」と脅されもした。当該パイルドライバーがどういう技であるか、その詳細まではわからないが、パッケージ式ということはほとんど受け身など取れないのだろう。そも、俺は風間には勝てないのだ。それは恐らく神とやらが俺に強いた苦行だ。だったら、従うしかないのである。――といったふうに俺が断れないでいると、肩を抱いてきた。「雅孝、あんたってほんとうにいい奴だよね」――茶化されただけで、褒め言葉には聞こえなかった。



*****


 俺が黒スーツ――執事姿で教室に姿を現すと、風間は「きゃっほぃ、きゃっほぃ」と謎のワードを明るく発しながらぴょんぴょん跳ねた。


「いいじゃん、雅孝。メチャクチャ似合ってる。ああ、抱かれたい、抱かれたいなあ、抱かれたい」


 俺は肩をすくめると「だったらウチに来い」と言ってやった。すると風間は「あははっ」と彼女一流の朗らかさで笑い。


「馬鹿だね、あんた。あたしが自分より弱い男にヴァージンあげると思う?」

「思わない。というか、処女性に興味はない」


 つまらない会話はうっちゃり、面倒ながらも仕事に打ち込む決意をする。メイド服姿の風間は、まあそのファッションは堂に入っているというか、とにかくサマになっているというか。どんな恰好をさせてもそれなりに見えるニンゲンはいるらしい。


「たくさんお客さんが来るよ、特に女子。あんた、いろいろカッコいいからね。序列二位までぶっ飛ばしたんだし」

「あれはなかば不意打ちだ」

「だったらまともにぶつかったら負けるっていうの?」

「馬鹿を言え」

「ほら、やっぱり男前じゃん」


 時間が来たので俺は風間の言葉など無視して、「お帰りなさいませ、お嬢様」と言いつつ、最初の客――女子生徒に頭を下げてみせた。するとその女子生徒にいきなり首に両腕を回され、抱きつかれてしまった。当該催事の馬鹿馬鹿しさと愚かしさには大いに目眩を覚えた。



*****


 祭の一日目が終わった。爆発的に客の入りが良かった。売り上げはどこにいくのだろうと思いつつ、俺は誰もいない2-Aにて椅子に座っていた。メイド服姿のままの風間がやってきた。俺の隣に座った。剥き出しの両脚を俺の両のももの上に「えい」と乗せてきた。「なんのつもりだ?」と問うと「触っていいよ」とのこと。「労ってあげるの」とのこと。なんとはなしにその太ももに目を落とした。小麦色の肌。ゆえにとても健康的に見え――たぶん、外見に関しては、そのへんが最大の武器なのだと思う。胸が大きいのは邪魔だと言う。それもまた真理なのだろう。すべてを与えられたニンゲン、それが風間なのだ。


「あんた、あんなに愛想良くもできるんだね。見直した、正直言って」

「そうか?」

「あんたは後悔しないように生きてる。だから基本、冷たい。違う?」


 風間はときどき、勘のいいことを言ってくる。


「違わない」と俺は心中を発した。「だからこそ、殴りたい奴がいれば殴るだろう。しばらくはそうさせてもらうさ。神様とやらがNGだと言ってもな」


 すると風間は「ふふ」と笑って。


「じつを言うとね? 我が部にも男子が欲しいなって思ってたんだぁ」

「だったら適当に見繕えば良かっただろう?」


 風間はあからさまに口を尖らせた。


「嫌だよ、そんなの。それこそテキトーなの選んだら、あたしらに鼻の下伸ばすしかしないんだろうから」

「じつは俺もそうなのかもしれないぞ?」

「だったら行動に移してみなよ」

「お断りだ」


 また「あっはっは」と笑った風間である。


「でもさ、あんたがウチのメンツとうまいこと仲良くしてるのは事実じゃない」

「さあな。仲良くできているのかね」

「あんたのことが邪魔だっていうなら、とっくに苦情が上がってきてる」

「それはないと?」

「だ・か・ら、あったら摘まみ出してるよ」

「なるほど」


 風間が「ねぇ、雅孝」などと、甘ったるい口を利いた。


「なんだ、気色悪い」

「うわぁ、そういうこと言っちゃうわけ?」

「まあいい。確かに俺は雅孝だ」

「次の休日、キャンプするんだよ」

「誰と?」

「あたしとリリ。そこにあんたも加えてあげる」

「おまえと香田だけなのか?」

「サキは来ないよ。わかるでしょ?」

「いや、わからないが……」

「集合場所、言うから、覚えな」


 最寄りの駅前だ。

 だから簡単に覚えた。


「ほんとうに、桐敷は誘わないのか?」

「しつこいなぁ。誘いまくった結果だって言ってるの」


 まあ、風間の性格からして、あえてハブる真似なんてしないだろう。

 頑なに断ったであろう桐敷に、ある種の非があるような気がする。


「それじゃあ雅孝、帰路につこうか」風間が俺の膝の上から両脚を引いた。「送ってよ。女の子一人じゃかわいそうなんでしょ?」


 風間に限ってはその限りではないのだが、自分の美学――あるいは考え方に照らし合わせると、まったくもって彼女の言うとおりなので、送ってやることにする。


 風間は制服に着替えるべく、衝立の向こうに消える。「覗いてもいいよー」などと言われたものだから、「俺は完全に舐められているな」と思い、だから少々、苦虫を噛み潰したような顔になった。


 俺は最近、「女」という生き物に振り回されているようだ。

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