4.始めよう

*****


 翌朝、挨拶をしたわけである。教壇の上で適度に勇ましく名乗り、俺は自分を主張した――いや、そんなのはまるっきり嘘で、それはもう慎ましやかに自己紹介した。渡世の仁義のような概念はわきまえているつもりだ。


 女子生徒らは静かでふんわりとした、それでいて若々しくも瑞々しい柑橘系の色気がある「わぁぁ」という深い深い歓声で迎えてくれた。しかし男子はどうだ。敵対心剥き出しではないか。それならそれで都合がいいのは事実だ。俺はとっとと敗北を知りたいのだから。ゆえにさっさと突っかかってきてもらいたいのだが、しかしそういうわけにもいかないのだろう、だったらどういう話なのかというわけだが、そしたら後方の席の女子生徒が勢い良く立ち上がり、右手を上げ、「ウチには番長がいるんだよ!!」と元気良く突拍子もなく投げかけてきて――。


 番長?


 ウチの父親がかつてそうだったらしいなと思い出す。その称号が軽々しいものだとは思えない。むしろ輝かしいものだろう。俺が知る限り、父は物理論理問わずじつに優秀な人物だ。


「番長を知りたい!」


 俺がそんなふうに腹から声を出すと、教室はざわついた。まあ、良いのだ。とにかくまずは番長を狩りたい。でなければ転校してきた意味がない。しかし、誰も返事をしなかった。誰も番長を教えてくれなかった。自分で探せということなのだろうか。それともほかになにか理由がある? ――どうでもいいなと思う。


 俺は「もういい」と思い、壇から下りた。一つ空いている後ろの席がそうだろう、そちらに向かう。


「はいはーい! はいはいはーい!!」


 教室中にそんな大きな声が響き渡ったものだから、さすがにびっくりした。俺はそちらを向いた。エンジンをかけなおしたのか、そちらに顔を向けると、先程の女子生徒がにこにこ笑っていた。


「雅孝くんだよね? 雅孝くんだよね?」

「そう名乗ったつもりだが、それがどうかしたか?」

「ウチのガッコには序列があるんだよ?」

「序列?」


 初耳だ。


「そ。ケンカが強いヒトが上から下なの。雅孝くんはトップを目指したいよね? そうなんだよね?」

「そうだ」


 そう。

 彼女が言っていることに間違いはない。


「女――ではなく、そこの女性」

「いいよぉ、女でも。だって女ですから。名もなき女ですから」

「べつに君臨したいわけじゃあない。だが、下に見られるのも面白くない」

「だよね? だよね?」

「心得た。下からやろう。誰の首からとればいい?」


 女子生徒は「うーん」と首をかしげてから、「じゃあ、四位からやっつけよう」と言い出した。臆したわけでもなければ反対に興味深く思ったわけでもない。ただいきなり「序列四位」とやらからぶつかれるとなるとたいへん嬉しく光栄に思った――だけだ、四位からとは中途半端だなとも感じたが。


「名前だけ言っていい? 序列の上のヒトって上級生ばかりだし、そうである以上、彼らのフロアには行きづらいのですよぅ」

「ままあることだろうと思う」

「うっへ、男前すぎるぜ、にいさん」

「世辞はいい。序列四位とやらの、言わば住所を教えてほしい」


 女子生徒は近づいてくるとメモ用紙にさらさらとボールペンを走らせ――。

 ちぎったメモを寄越してきて――。


「美少女の女子生徒さん」

「びびびっ、美少女とかっ!? うひゃぁっ?!」

「ああ、質問があったはずなんだが、忘れてしまった。まあ、良しとしよう」

「あはははは、面白いね、雅孝くんは」

「ほんとうに中途半端な四位からでいいのか?」

「いいの、いいの。どこからにせよてっぺんまで駆け上がることができれば、きみは我が校におけるスターになるのですし」


 なるほどなと唸った。

 本校における仕組みはだいたい理解した。

 だったら、たとえばまずは戦ってやろうではないか。

 力比べというやつだ。

 多少なりとも胸が高鳴る。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る