25 名称不明 魂の商人 日本銀行券 下

「違うというなら否定して見せろよ。被害者を代表した俺に、お前が契約の正当性を立証するんだ」


 真の言葉に対し、怪異は嘲笑うように不気味な笑い声を上げた。


「オマエハコンポンテキニマチガッテイル……」


「なに?」


「タシカニオマエノイッタヨウナコトハデキナイ。ケイヤクナシ二トリヒキハデキナイ」


「……」


「ソノヒツヨウモナイ」


 そう言った次の瞬間、怪異の骨の手には一万円札が握られていた。

 当然の事ながら真の手には自分の一万円札が残されたまま。

 霞の手に突然五万円が握られていたように、手品のように突然に。


「タシカニコレハワタシガツクッタ。ダガマギレモナクホンモノダ」


「どういう意味だ」


「コトバノトオリダ」


 そして怪異は自信ありげに宣言する。


「コレハホンモノヲカンゼンサイゲンシテアル。ツマリマギレモナクホンモノナノダ。ニセモノナドツクッテイナイ。ワタシハホンモノヲセイサンシテイル」


 そんな決定的かつ想定していた向こう側の理論の粗を。

 そしてこちら側も一つ誤認していた事に気づいた。


(もしかして……気付いてないのか、自分で)


 もし本当に偽札ならば契約が無効だと怪異が認識していて、その上で自ら作り出した偽札である事を隠していたのだと、そう推測していた。

 だが事実は微妙に違ったのだろう。


「お前、その札が本気でその一万円札が本物だと思っているのか」


「……ソウダ」


 ……その返答はある意味当然の事なのかもしれない。

 どんな形であれ契約を結ぶことによってその対価を得る怪異なのだから。

 そういう怪異なのだから……そこに虚偽を持ち込むのは、ある意味自爆行為と言える。


 契約の結び方は強引でも、契約そのものには誠実なのだ。


 それ故に、きっとこの言葉が届く。

 届けばそこで終わらせられる。


「いやお前が作ったなら偽札だ」


 人間であれば至極真っ当な話。

 だが社会生活を送っていない怪異であるが故に気づいていない粗。


「ド、ドウイウコトダ……」


「一万円札……というより日本銀行券は、三椏という素材が使われている事以外は具体的な製法は公開されていない。当然、偽札が作られるのを防ぐ為だ」


 そして具体的な方法は分からないが、そんな国家機密として守られた日本銀行券を、きっとこの怪異は完璧に再現している。

 多分その筋の専門家でも偽物だと見抜くことはできない。

 実際本物と寸分変わらないのだろうから。


 だが、根本的な話。

 札の完成度云々以前の話。


「だけどそんな細かい事以前に、国指定の工場で刷られた物が本物の札だ。国の計画で作られた紙幣以外は完成度がどうであれ偽札なんだ。仮に贋作が本物と同等でも。仮に上回っていたとしても。それは同等品の贋作でしかねえんだよ」


 だからこそ。


「だからこそ、お前が作ったと自白した時点でこれは偽札で確定だ。お前は魂と本物の五万円を交換する契約で、偽札を配っていたんだよ。認識を改めろ。理解できなきゃ調べてみろ。お前ネットに接続できるんだから」


 怪異が作り出した一万円札は、どれだけ精巧な作りだろうと偽札なのだ。

 この製造行程を目にしなければ判別が効かない程に寸分違わず同じ使用なのだとしても、それでも。


 そして……まるで深く考えるような十秒程の間を空けて。


 骨の怪異は消し飛んだ。


 完璧な偽札と、どこまでも続く異空間と共に。


「うまく……いったようだね」


「みたいですね」


 本来足を踏み入れた筈だった場所に、自分達二人を残して。

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