14 凄い人と普通の人

「別に俺が凄くなかろうが、あなたが相対的にろくでなしになるって事には絶対に無いと思いますよ。寧ろ凄い事をやっていると思います」


「……凄い?」


「ええ」


 悠長に会話している時間もなければ、人の過去に踏み込める程の関係性を霧崎と築いているわけではない。

 だからその何かをあえて追求する事はしない。


 だけどこれだけは言っておく。

 言っておかなければならない気がした。


「俺が着いていけるのは、結構な割合で何も分かっていない素人だからってところが大きいんだと思います。だけどあなたは知っていて、知っているから踏みとどまっている。自分で引いた超えちゃいけないラインみたいなものの前で止まっている……つもりでいる」


「……つもり?」


「踏み越えてますよ、多分霧崎さんは」


 自覚があろうと自覚が無かろうと、きっと自分にはできないであろう事をこの人はやっている。


「あなたはきっと俺よりも事の危険性を理解しているでしょう」


 霞に仕事を持ち込んでくる警察という立場として、きっと今の自分よりも遥かに事の危険性を理解している筈だ。


 怪異の専門家である霞の従姉としても、きっと。

 なにせもう歩けないという事は、歩いていた時期がきっとあった筈なのだから。

 思い知らされるような一件だってあった筈なのだから。


 にも拘わらず。


「理解しているのに現場まで車で送っていくって提案をしてくれました。どこからリスクが生じるのか分からない以上、それだけで大きな危険が伴うかもしれないのに」


 結果的に霞が断っただけで、この人はそれをやろうとした。

 それはきっと立場が逆なら容易にはできない事だ。


「いや、そこまでならギリギリセーフだと思ったから提案してるよ私は」


「だとしてもギリギリを攻めるなんて事事態普通はあまりできる事じゃない。普通もっと手前で止まります」


 故に。


「それができるあなたは、普通かろくでなしかで天秤に掛けられる立場なんかじゃなく、凄い人なんですよ」


 普通に凄く、そして。

 自分が関わらせた事に最大限責任を持とうとする立派な大人だ。

 誰にだってできる事じゃない。


 少なくとも善意のような感情のほかに、私利私欲を行動理由に事に臨んでいる自分よりは遥かに優れている。


 そして霧崎は少し間を空けた後、微かに笑みを浮かべて言う。


「……じゃあ私達二人共凄いって事にしておく?」


「いや俺は全然凄くないんで。本当にどうしようもなく、普通ですよ俺は。何度も言いますけど、行って特別な事が出来る訳でも無いですし、行けるのもさっき言った通り何も知らないからでしょう。凡人です俺なんて」


 霞の時が例外で基本的に人前で言うつもりは無いが、大した事など何もできない普通の人間。

 どこまでも、何者でもない。


 そんな至極真っ当な返答をした真に対し、霧崎は何か言いたげな表情を浮かべる。


「あの、白瀬君──」


 だがそう何か言いかけた時だった。


「ちょっと遅いよ!」


 既に歩き出していた霞がこちらにそう叫ぶ声が玄関先から聞こえる。


「やば、話込み過ぎた。とりあえず外出てください霧崎さん。俺鍵閉めるんで」


「え、ええ」


 そんなやり取りを交わして、真達も慌ただしく事務所を後にした。


(……霧崎さん、何を言いかけたんだろ)


 そして、霞と合流して一足先に階段を下りていく二人を見つつ鍵を掛けながらそう考える。

 ……だが、今はそんな事を考えるよりもこの先の事を考えるべきだと思考をすぐに切り替えた。


 現場に行かないと分からない事だらけだとは思うけど、現時点でも分かる何かがあるかもしれないから。

 自分の様な素人の凡人は、とにかく回せるだけ頭を回さなければどうにもならないから。


 とにかく、そんな事を考えながら鍵を閉め二人を追う。


 自分が何も知らない素人だから足を踏み入れられるような危険な領域へと、歩を進める為に。

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