12 安堵

「え、じゃないだろう。こればかりはおかしな事は言っていないと思うよ」


 霞は真剣な表情を崩さずに言う。


「知っての通り今からやるのは少々分の悪い賭けだ。自分の身だからベットできる話であって、まだ自分の一件以外で怪異と向き合った事のないキミを連れて行くのは絶対に違うだろう」


 霞の言っている事は至極真っ当だ。

 ……真っ当だが。


(……やっぱ黒幻さんはやる時はやる人だな)


 おそらく霧崎も気付いているだろうが、霞は明らかに虚勢を張っている。

 しっかりと見れば誰でも分かる位には、表情と声音からそれが感じ取れる。


 黒幻霞という人間は、分の悪い一件に一人で臨む事に大きな不安を抱えながらも、それでも正しくそう判断したのだ。

 それが良いか悪いかは別として、とても立派な事だとは思う。


 だけどそういう虚勢を張っている事が分かりきっている以上、尚更一人でやらせる訳にはいかない。


「黒幻さんが言いたい事は分かりますよ。だけど多分俺が着いて行っても、俺にはそこまでのリスクは無いと思うんです」


 だから凡人なりに頭を必死に回して、白瀬真という素人を連れて行ってもいい理由を提示する。


「今回の怪異の返信は被害者……今回で言うと黒幻さんだけに届き、他の人間が見ても影響はない。それどころか他の端末で追うこともできない。どこまでもその怪異と黒幻さんの間で完結しているんだと思います」


「……」


「被害者のアカウントに残った返信は言わば契約書のような物でしょう。URLを押す行為は契約書に判を押すような物。そして押すのは黒幻さんであって俺じゃありません。それでも俺に危害を加えられるようなら、近場の人間から適当に魂を抜き取る事だってできる筈です。そしてそれができないからこういう回りくどい手段を取っている」


「……」


「だからこそ多分俺が着いて行っても俺は安全です。だからこそ着いていかせてください。素人が頭回した所で有効な手段が思いつく可能性は低いと思いますけど、俺なら安全圏で集中して頭を回す事ができる筈だから」


 さあどうだろうか。

 今話した事は全て何の根拠も無い適当な発言だ。

 素人なりに適当にそれらしい考えを組み合わせて筋が通っている風に纏めただけのものだ。

 そんな程度の事を、果たして霞は連れて行っていい理由にしてくれるだろうか?


 そしてこちらの言葉を黙って聞いていた霞は、少し間を空けてから言う。


「……やはりキミは頭が回るな」


 どこか諦めたように。

 どこか安堵するように。

 そんな溜息を霞は吐く。


「良いよ。じゃあ後ろでサポート、頼めるかい?」


「はい。やれるだけの事やりますよ」


 言いながら、こちらも安堵した。


 かつて自分をあまりにもあっさりと受け入れてくれた時、霞のその軽さに危うさを感じた訳だけれど。


 こちらがこの一件に深く関わる事を止めようとしてくれたり。

 自分一人でこの一件に関わる事にちゃんと不安を感じてくれていたり。


 そんな様子を見ていると、自分が感じていた危うさというのが杞憂だったのではないかと。

 あの時の選択にしたってただ反応が早かっただけで、決して軽い選択では無かったのではないかと。

 そう思う事が出来たから。

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