第十三話 狼煙

「久しぶりだね、ウールギア。まさかこんなところで会うとは思わなかったよ」

「同感ね。あなたが活動を続けているのは知っていたけれど」


 話しかけてきたブロンティに対して、私は警戒心をにじませながらそう返事をする。


 彼女と出会ったあの日から、およそ一年以上の時が過ぎたが、見ての通りブロンティは捕まっていない。

 それどころか、私の耳には彼女が自由に活動している話がよく聞こえてきた。


 あの日以降も、雷鳴の魔女ことブロンティは名だたる犯罪組織やカルトを片っ端から潰していて、その過程で多くの死者を出している。

 おかげで確かに治安はよくなったが、非常に過激な手段を用いることから、彼女に対する民衆の評価は真っ二つに分れていた。

 ブロンティのことを正義の執行者だと評する者もいれば、自分勝手な正義を振り回す危険な存在だと評する者もいるのが現状だ。


 危機感のない一部の民衆は、ブロンティの矛先が自分たちの方に向くとは微塵も考えていない。

 彼女が反乱を起こせば、否応にも巻き込まれる可能性があるというのに。


「それで、今日は何をするつもりでここに来たのかしら」

「決まっているだろう? 無実の魔女を助けに来たのさ」

「あの魔女が無実だという証拠はあるの?」

「ない。だが、彼女が有罪だという証拠もない。あんたも知っているだろうが、あの魔女はたまたま農村に立ち寄っただけで、毒薬を作れるからという理屈によって牛殺しの罪を着せられている。馬鹿げた話だ。むしろあんたは、本当に彼女が罪を犯したと思っているのかい?」


 そう言われると、これに関して私は口をつぐむしかない。

 先ほど説明したように、私もあの魔女が罪を犯した可能性は低いと考えているからだ。

 

「……ここであの魔女を無理矢理助け出したら、あなたの味方をする民衆はいなくなるわよ。農民を苦しめた死刑囚の仲間として、あなたも民衆の敵扱いになるわ」

「覚悟の上だ。正当な手段で貴族になるのはもう諦めた」

「あなただけじゃなくて、魔女全体が悪と見なされる可能性もあるのよ」

「……分かっている。だが、無実の魔女が処刑されるのを黙って見ていられるほど、私は辛抱強くない。私のことを止めたいのなら、無理矢理にでも止めるといい」


 そう話しながら、ブロンティは両手に鉄製のガントレットを装着して、断頭台の方へと歩いていく。

 会話に夢中で気がつかなかったが、いつの間にか死刑囚の魔女は断頭台に拘束されていた。


 そうして、断頭台の刃が落とされそうになった次の瞬間、辺りに凄まじい音量の電撃音が鳴り響く。

 それと同時に、雷を纏ったブロンティが目にも止まらぬスピードで兵士たちの警備を強行突破し、その拳で中央広場の断頭台を打ち砕いた。


「なっ!? 馬鹿な、いつの間にっ」

「彼女を返してもらいに来ただけだ。危害を加えるつもりはないから安心しろ」

「大人しく逃がすとでも?」

「はっ、その鈍重な装備で私のことを捕まえられるわけがないだろう」


 兵士たちの指揮官らしき男の言葉にそう答えながら、ブロンティは拘束から解放された死刑囚の魔女を背負って、その場から離脱しようとする。

 それに対して、私は魔法を発動させてブロンティに攻撃を仕掛けようとするが……結局、私は魔法を発動させることができなかった。

 あの魔女の絶望に包まれた表情を思い出すと、彼女を断頭台に送り返す気になれなかったのだ。


 ブロンティは雷のように素早く走り、兵士たちの警備の隙間を通り抜け、集まっていた群衆の間をすり抜けて、あっという間に中央広場を離脱する。

 私はただ、死刑囚の魔女を背負って遠くの方へと消えていく彼女のことを、黙って見送ることしかできなかった。


 王都から家に帰る私の足取りは鉛のように重く、その心は深く沈んでいた。

 

 ++++++

 

 ……あの事件から一週間が経った頃。

 事態は、私が懸念していた方向へと進みつつあった。


 あの雷鳴の魔女が死刑囚の魔女を助け出したという話は、瞬く間に王国中に広がり、魔女に対する民衆の目線は冷たくなってきている。

 あの魔女が犯したとされる罪が、牛殺しという食糧に関連する罪だったのもよくなかった。

 そのことと干ばつを結びつけて、"魔女が俺たちのことを飢えさせようとしている"などと主張する者も出現し始めている。


 都市を歩いていると、突き刺さるような冷たい視線を感じることが明らかに増えた。

 幸いなことに、普段から取引をしている人たちの多くは普段通り接してくれているが、これまで通りにいかないことも多い。

 例えば、へカーティの魔物による配達業は休止せざるを得なくなった。


 私とデメテルの商売や、イストスの冒険者稼業はまだやれているが、それもいつまで続くか分からない。

 ブロンティの活動がさらに過激になれば、民衆の魔女に対する敵対心はますます強まるだろう。


 民衆の敵対心の矛先を逸らすのはもはや不可能だ。

 ならば、その敵対心の原因となる苦しみや不満を少しでも解消してやるしかない。


 そういうわけで、私は食糧不足を解消するべく引き続き穀物を市場に放出していたのだが……先日、私はおかしなことに気がついた。

 デフェロス商会の食料品店で、私が売り渡したはずの穀物が販売されていなかったのだ。

 それで本日、この件についてデフェロス商会のシナラギさんを問い詰めてみると、衝撃の事実が判明した。


「穀物は貯め込んだまま、ですって? どういうつもり?」

「会長からのご指示です。穀物の販売は、もう少し価格が上がってから始めたいようでして……」

「今この瞬間にも飢えで死んでいる人々の命よりも、私との信頼関係よりも、今の利益の方が大切だって言うの!? 普段通りの価格で販売する約束だったじゃない」

「お気持ちは分かります。ですが、会長の命令は絶対ですから」

「……あなたたちに穀物を売るのはやめにするわ。今後の取引については、少し考えさせて」


 そう言い捨てて、私はデフェロス商会の本部を出た。

 帰り道を歩きながら、秋の冷たい風に当たっていると、熱くなっていた思考もだんだんと冷えてくる。


 振り返ってみると、今回の件に関しては私の方が迂闊だった。

 魔女の社会的信用が無くなったせいで、デフェロス商会はこちらからの信頼をあまり気にせずともよくなったのだ。

 もしもの話だが、今からデフェロス商会との取引を切り上げようとすると、魔女の私は新たな大口の取引先を見つけるのに相当苦労することになる。

 それを見越して、彼らは私のことを裏切ったのだろう。


 この十年間の付き合いで、信頼関係を築けたと思ったのが間違いだった。

 感情に任せてデフェロス商会との取引を切るわけにもいかないので、今の状況は非常に歯がゆい。

 

 ありとあらゆる方面から追い詰められて、私は余裕を失いつつあった。

 妹たちを守る完璧な姉の姿が、徐々に崩れ落ちようとしていた。

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