第6話「公認の仲へ」

『先に謝っておきます。ごめんなさい』


 それは、祭りから帰り、心愛を寝かせつけた頃に送られてきたメッセージだ。

 相手は黒雪さんなのだけど、正直よくわかっていない。


 謝られることに心当たりがないわけじゃない。

 心愛に勘違いさせた件に関して、彼女が謝るならわかる。


 だけど――先に謝っておく、というのはどういうわけだ?

 心愛の件は、既に起きた後なので違うだろう。


『何に関して?』


 とりあえず、尋ねてみる。

 しかし――。


『月曜日、わかると思います。ごめんなさい』


 彼女は教えてくれなかった。

 そもそも、どうして敬語なのだろう?

 彼女はおしとやかなところがあるけど、上級生以外には敬語を使わない。


 おそらく、俺に対して半端ない負い目があるのだろう。


 嫌な気がする……。


 そう思わずにはいられなかった。


          ◆


 そして迎えた、月曜日――学校は、軽い騒ぎだった。


 いや、違うな。

 大騒ぎだ。


 なんせ――。


「おい、白井! 黒雪さんと付き合ってるって、どういうことだよ!?」

「お前まじふざけんなよ!?」


 と、男子たちは俺を非難し――。


「美咲ちゃん、どうして白井君なの……!?」

「考え直しなよ……! まだ手遅れじゃないんだから……!」


 と、女子たちが黒雪さんの説得をしているからだ。


 もちろん、男子の中には黒雪さんのほうに行っている奴らもいる。

 この光景は、登校してすぐに起きたことだ。

 なんなら、他クラスや他学年の奴らもいる。


「なんの話だ?」


 いったん、とぼけてみる。

 心当たりはあるが、彼らがどこまで知っているかを先に知りたい。


「とぼけるなよ……! 土曜日にあった祭りで、お前たちが仲良く回ってる姿を多くの奴が見てるんだよ……!」

「付き合っている宣言をしたってのも聞いたぞ……!」

「俺は、子供も作ってるって聞いた……!」


 うん、なるほど。

 とりあえず、思考停止している奴がいることはわかった。

 普通に考えて、俺たちが子供を作っているわけがないだろ。


来斗・・君……!」


 男子たちに囲まれていると、輪の中に黒雪さんが飛び込んできた。

 よく女子たちの包囲網を抜け出せたものだ。


 そして俺の呼び方で、彼女がこの状況に対してどういう考えでいるかもわかった。


「どうした、美咲・・?」


 正直冗談じゃない状況ではあるが、ここまで大きく広まっているなら、俺たちが否定したところでどうにもならないだろう。


 何より、友人がいない俺とは違い、彼女は友人がかなり多い。

 祭りの最中や後にでも、女子たちから問い合わせのメッセージが沢山きていたはずだ。


 思い返せば、いくら心愛のことがあるとはいえ、彼女が男子である俺と連絡先を交換しようとしたことがおかしい。

 既にあの時にはもう、メッセージがきていたのだろう。

 そして、彼女がそれらを無視するわけがなく――必ず、返答しているはずだ。


 ――そう、俺たちは付き合っている、と答えたんじゃないだろうか?


 そう仮定すれば、彼女のメッセージも納得がいく。

 先に話してほしかったという気持ちはあるが、外堀を埋められたのだろう。

 優しいけど、したたかな子だしな。


「おい、美咲って呼んだぞ……!?」

「やっぱり二人は付き合っていたのか……!」


 俺たちの関係を察した男子たちが、顔を絶望の色へと染める。


 フリーだからこそ、どれだけ振られようと希望が残っていたのに、彼氏がいるなら付き合える余地などないため、この反応も仕方がない。

 問題は、女子たちだ。


 祝福するように興奮している女子もいるにはいるが、多くは俺に対して厳しい目を向けてきている。

 友人であり、憧れでもある黒雪さん――いや、美咲が、俺みたいな嫌われ者とくっつくのは納得いかないようだ。


 まぁ、気持ちはわかる。

 俺が相手なら、不安にもなるだろう。


「みんな、今まで隠しててごめんね。もう既に知っている人もいると思うけど、私たち付き合っていたの」


 俺が名前で呼んだことで意思確認ができたと思ったのか、美咲は俺の腕に自分の腕を絡めてきた。

 そして、俺の肩に頭を乗せ、精一杯の笑みを浮かべる。


 それにより――教室内外問わず、阿鼻あび絶叫の嵐が巻き起こった。


「美咲ちゃん、騙されてるんだよ……!」

「もしかして、弱みを握られてるの……!?」


 意気消沈したり、遠い世界に意識が飛んでいる男子たちとは違い、女子たちはまだ食い下がってくる。

 納得がいかないというのはもちろんあるだろうけど、彼女たちの表情を見るに、本気で美咲のことを心配しているようだ。


 この状況でなんだが、美咲はいい友人たちに恵まれているな、と思った。

 それも、彼女の人柄あってのことだろう。


「みんなは、来斗君のことを誤解しているんだよ。彼はとても優しくて、素敵な人だよ」


 美咲は優しい笑顔を崩さず、落ち着いた声色こわいろで女子たちの説得にかかる。

 俺が登校した時は、焦りながら女子たちの相手をしていたのに、いつの間にか落ち着いていたようだ。


「そんなわけないよ……! 私たちだって、白井君のことをよく知ってるんだから……!」


 しかし、女子たちはまだ退かない。

 さすがに粘りすぎじゃないだろうか?


 まぁ、俺の普段の行いによるものなので、要は俺のせいなのだけど。

 こんなことになるなら、もう少し人付き合いを良くしておけばよかった。


 どうも、女子たちの暴走は収まりそうにない。

 いったいどうしたものか。

 そう考えていた時――。


「本当に、彼のことをよく知っているの?」


 喧騷にもかかわらず、静かに落ちついた声が教室内に響き渡った。

 思わず俺は美咲の顔を見るが、彼女は笑顔のままだ。

 だけど――不思議と、プレッシャーを感じた。


「美咲ちゃん……?」


 女子たちも、美咲に対して違和感を抱いたようで、顔色を窺うように彼女を見る。

 そんな中、美咲は一人一人の顔を確認するように、ゆっくりと視線を動かしながら口を開いた。


「彼がどういう人か、本当にみんなはわかっているの?」


 再度、似た質問を美咲は問いかける。


「わ、わかるよ……! 学校で一年以上も一緒にいたら――!」

「それってつまり、学校での彼しか知らないよね? どうして、それだけのことで悪く言えるの?」


 なぜプレッシャーを感じるのか、わかった。

 笑顔だけど、彼女は内心怒っているのだ。


 入学してから初めて見る、学校のマドンナが怒る姿だった。


「え、えっと、それは……」

「少なくとも私は、みんなより来斗君のことを知ってる。その上で私は、彼と付き合うことにしたの。それなのに、なんでみんなは文句を言うの?」


「だって、美咲ちゃんに後悔してほしくないし……」

「じゃあ聞くけど、私が男の人に絡まれてた時、助けに入ってくれる男の子はいる?」


 突然投げつけられた質問。

 視線を向けられた男子たちは、パッと視線を逸らしてしまった。


 本来なら虚勢を張ってでも、『俺は助けに入る』と答えるだろうが――彼女のプレッシャーによって、正直になってしまったのかもしれない。


「手をあげられないよね? 祭りの時、見て見ぬふりをした男の子は何人もいたもん。もちろん、ここにいる人全員があの場にいたわけじゃないし、彼氏である来斗君が助けに入ってくれたのは、当然なことかもしれない。だけど、その当然なことができない人だっているんだよ?」


 彼女は口数が多い子じゃない。

 そんな彼女が饒舌じょうぜつになっていることで、本気だというのが伝わってくる。


「少なくとも彼は、自分が危なくなってでも私を守ろうとしてくれる人だよ。それに、相手の目線に合わせて話すことができる優しい人だってことも、知ってるの。これ以上彼のことを悪く言うなら、彼女である私は怒るよ?」


 最後の言葉が決め手になったのだろう。

 教室にいた奴らはバツが悪そうに俯いてしまい、廊下にいた奴らはコソコソと逃げていった。


 学校中から慕われている美咲を、誰も敵に回したくなかったんだろう。


「ふぅ……ごめんね、座ろっか?」


 話がついたことで、美咲は優しい笑顔を俺に向けてきた。

 それに対して俺は余計なことを言わず、頷いて自分の席へと座る。


 美咲は俺が座るのを確認してから自分の席に戻り、クラスメイトたちも気落ちした様子で次々と席についていった。


 まるで、クラスが美咲に支配されているかのようだ。

 もちろん、彼女が望んでそうなっているわけじゃないが、発言の影響力が強すぎてやばい。


 とりあえず俺は、彼女だけは怒らせないようにしようと心に決めるのだった。


 ――普段怒らない人が怒ると怖いって、本当なんだな……。

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