第42話:孤児院

 教会が見えてくると、師匠はローブのフードを目深にかぶって身を隠すように俺に密着してくる。


「何やってるんですか?」


「教会の人に見られないように隠れているの」


「別に見られたって平気だと思いますよ。異端認定されたわけじゃないんですよね?」


「それはそうなんだけどねー」


「…………何をやらかしたんですか?」


 師匠がスッと目を反らしたのが気になって尋ねる。


 そういえば師匠が具体的に何をして教会勢力と揉めたのか、詳しいことは俺も知らない。


 ゲーム本編でも設定資料集でも、教会勢力と仲が悪いことしか語られていなかった。


「いや、そんなに大それたことはしていないのよ? ただ、女王陛下や大臣たちや教皇たちの前で魔王が復活するって演説をしただけで」


「滅茶苦茶やってるじゃないですか」


 女王や大臣たちはまあともかくとして教皇の前で魔王復活を予言するのはさすがにヤバい。


 国教会の聖典では、魔王は女神の加護を受けた勇者一向によって滅ぼされたことになっているからだ。


 師匠がやったことは聖典の否定であり、異端認定され火刑に処されても不思議ではない。しかもそれ教皇の前でしたのかよ……。


「その場はお父様が庇ってくれたから何とか大丈夫だったんだけど、後で方々からしこたま怒られたのよねー……」


「そりゃ怒られるでしょうね」


「だからあんまり教会に近づきたくないんだけど……」


「残念ながらもう着きます」


 教会はもう目と鼻の先だ。


 師匠がここでお留守番するとか言い出したが、強引に連れて行くことにした。今後の事を考えると、いつまでも教会勢力とのわだかまりを抱えていて欲しくない。


 ミナリーが居るのはおそらく教会堂の中ではなく、その裏手にある建物。教会堂の脇を通って裏手に入ると、そこには平屋の小さな家がある。


「レイン、ここって……」


「教会の孤児院です」


 孤児院の前では4歳から10歳くらいまでの子供たちが元気に走り回っていた。


「まてまてぇ~っ!」


 その中にはミナリーの姿もある。とても楽しそうに子供たちを追いかけ回していた。どうやら子供たちと遊んであげているようだ。


 そんなミナリーは俺たちに気づいて駆け寄って来る。


「レインくんっ、師匠も! 迎えに来てくれたの?」


「ああ。お疲れ様、ミナリー。楽しそうだな」


「うんっ! 子供たち元気いっぱいだから、わたしも元気を貰ってるの!」


 そう言って笑うミナリーは疲れた様子が一切ない。シスターがミナリーに手伝いを頼む理由がよくわかる。俺なら10分でギブアップしてしまいそうだ。


 と、ミナリーの後ろから8歳くらいの男の子が近付いてくる。ミナリーはその接近に気づいていない。


「ミナリーねーちゃん隙あり!」


 ばっ! とそのガキはミナリーのスカートを捲り上げた。


ふわりとスカートの裾が浮かんで、白磁色の綺麗な肌が大きく露出する。そしてその付け根にある淡い桃色の生地までもが露になって――


「殺す。〈フレイム――」


「わーっ! レインくんストップ!」


「やめなさい!」


 右手をクソガキに向けるとミナリーと師匠に全力で止められた。クソガキは「桃色だぁー!」と叫びながらどこかへ走り去っていく。


「くそっ、仕留めそこなったか」


「レインったらまったくもぅ……」


「あはは……。怒ってくれたことは嬉しいけど……。許してあげて、レインくん?」


「……まあ、ミナリーがそう言うなら」


 命拾いしたな、クソガキ。次やったら本気で魔法を叩き込んでやる。


「ミナリーさん、そろそろお昼に……あら、そちらの方々は?」


「あ、シフアさん!」


 孤児院の建物の中から出てきたのは修道服姿の若い女性。この教会で働くシスターのシフアさんだ。


「お久しぶりですね、レインさん」


「お久しぶりです。いつもミナリーがお世話になっています」


「いえいえ。こちらこそミナリーさんにはいつもおお世話になってばかりで。子供たちと一緒に遊んでくれるからすごく助かっているんですよ」


「ミナリーは元気が取り柄ですからね。元気すぎてご迷惑をかけたりしてませんか?」


「とんでもありません! ミナリーさんは本当に優しくて気が利く方で」


「もーっ! 二人とも恥ずかしいよぉっ!」


 俺とシフアさんが授業参観に来た親と先生みたいな会話をしていると、隣に居たミナリーが耐えかねて大きな声を上げた。


 やっぱりどの世界でもこの手の会話をされると恥ずかしいものらしい。


「そちらの方は、もしかしてミナリーさんとレインさんの?」


「そうだよ、シフアさん。わたしとレインくんの師匠!」


「ど、どうも……」


 師匠はやはり警戒している様子で、フードをかぶったまま会釈だけをする。普通なら失礼な態度なのだが、シフアさんは怒った様子もなく微笑んだままだ。


「初めまして。この教会でシスターを務めていますシフア・ルフェルと申します。お話はよくミナリーさんから伺っていますよ。とても凄い魔法使い様だと」


「そ、それほどでも…………あります」


 あるのかよ。まあ、実際に凄い魔法使いなのは確かなのだが。

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