第19話:それは訪れなかったはずの景色〈アリス視点〉

 レインが風邪をひいて寝込んでしまった。


 どうやらカインさんが夜中にレインを極寒の外に連れ出して、剣の鍛錬をさせたらしい。


 それを知ったレティーナさんはもうカンカンに怒って、カインさんを家の外へ放り出していた。


 私もレティーナさんほどじゃないけど怒りを感じたから、カインさんに助け舟を出さなかった。


 レインには魔法の才能があるんだから、剣なんて握らなくていいと思う。せっかくレインが頑張って、魔力のコントロールを身に着けつつあったのに……。


「レインくん、苦しそう……。大丈夫かなぁ……」


 熱にうなされるレインを見て、ミナリーが不安げな顔をする。


 ミナリーは朝方に薬を届けに来てくれて、それからずっとレインの看病をしている。外が吹雪いてきたから、今日はこのまま泊ることになっていた。


 甲斐甲斐しく額の濡れタオルを変えてあげたり、汗を拭ってあげたりする姿が微笑ましい。


 レインは同い年なことを強調するけど、ミナリーの方がずっとお姉さんに見える。


「師匠、わたしの魔法でレインくんの病気を治せないかなぁ……?」


「うーん……。確かに光系統魔法には病気を治す魔法もあるけれど……。たしか、魔法の名前は〈神聖の治癒セイクリッド・ヒール〉だったかしら……?」


 光系統の最上位魔法で、使えるのは教会の大司教や歴代の聖女のみだったはず。ミナリーの光系統魔法の才能は本物だけど、さすがにこれは難しい。


「試してみる!」


 ミナリーはレインの手を両手で包むように握ると、ギュッと瞼を瞑って「むむむぅ!」と唸った。


「レインくんの病気、治れ、治れーっ! 〈神聖の治癒セイクリッド・ヒール〉!」


 ミナリーの手がパァッと淡い光を放つ。


 けれど、それはすぐに霧散して消えてしまった。


「あ、あれ……? 師匠、魔法が消えちゃった!」


「い、今のミナリーにはまだ使えないみたいね」


 だけど、確かに魔法が発動しかけていた。大司教や聖女にしか使えないはずの魔法が。


 私の弟子、二人とも天才過ぎない……?


 レインの才能は言わずもがなだけど、ミナリーの才能も飛びぬけている。


 特に光系統魔法に関しては、レインよりもミナリーの方が遥かに上だ。ミナリーにはもしかしたら、聖女になる素質があるのかもしれない。


「うぅ……。ごめんね、レインくん。いつか必ず、病気を治す魔法を使えるようになるからね」


 ミナリーは申し訳なさそうにレインの頭を撫でる。そう遠くない内に、ミナリーは本当に〈神聖の治癒〉を使えるようになるかもしれない。


 ……けど。


 その頃にはもう、私はミナリーの傍には居ないだろう。


 時間は刻一刻と過ぎている。


 外はまだ変わらず雪景色と猛吹雪だけど、それもあと三か月もすれば収まる。ちょうどレインの誕生日あたりが、私の旅立ちの時期に重なるはずだ。


 レインとミナリーがどんな魔法使いになるのか見届けたい。日に日にそんな思いが強くなっていく。


 でも、私には魔王の復活を阻止するという使命がある。そのためにここまで旅をしてきたのだ。


「アリスちゃん、ちょっといいかしら?」


「あ、はい! 今行きます! ミナリー、レインのことお願いね?」


「お任せあれっ!」


 元気な返事をするミナリーの頭を撫でてから、私は部屋の外へ出る。


 レティーナさんはキッチンで鍋をかき混ぜていた。


「スープの味見をして欲しかったの。美味しくできていると思うのだけど、食べてみてくれるかしら?」


「いただきます」


 レティーナさんがよそってくれた少量のスープを口に含む。薬味が効いた素朴で優しい味が口いっぱいに広がる。身も心も温かくなるようなスープだった。


「美味しいです、レティーナさん」


「それはよかったわ。このスープ、レインが風邪をひいた時にはいつも作ってあげているの。後でレシピを書き起こすわね。アリスちゃんがいつでも作れるように」


「えっ? あ、ありがとうございます……?」


 料理を教えてもらえるのは嬉しい。


 実家がけっこう大きな貴族だから私はこれまでの人生でほとんど料理をした経験がない。そのせいで旅の途中は食事に苦労させられた。


 スープだけでも作れるようになれば大きな前進だと思う。


 でも今のレティーナさんの口ぶりだとそれだけじゃないような……?

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