第5話:ハッピーエンドへの第一歩

 分析組おれたちはとある仮説を立てていた。


『ミナリー・ポピンズには主人公を凌駕する魔法の才能があったのではないか?』


 と。


 本来のストーリーでは序盤で早々に退場したミナリーは魔物の苗床にされ、強力な魔物を生み出し続ける。


 やがて彼女もまた魔物へと変わり果ててしまい、成長した主人公に討たれて死んでしまう。


 これは作中屈指の悲惨な死に方だが、設定を紐解いていくと不自然な点が出てくる。普通の人間の体がそう何度も魔物の出産に耐えられるはずがないのだ。


 極めつけは、ミナリーだった魔物との戦闘。


〈オークマザー〉と銘打たれたぶよぶよの肉塊は、主人公との戦闘で驚異的な回復能力と強力な光系統魔法をぶっ放してくる。


 これが魔物になった後に得たものではなく、ミナリー本来が持ち合わせている才能なのだとしたら、だ。


「わかった、教えるから離れてくれ」


「ほんとっ!? やったぁ! レインくんだいすきーっ!」


「おわぁっ!」


 ミナリーは俺に抱き着いてそのまま押し倒すと、密着したまま頬にキスをしてくる。


 興奮しすぎだ、まったく……。


 ミナリーってこんなに人懐っこいキャラクターだったのか。冒頭のムービーシーンでしか生きている彼女の姿は見る事が出来ないからな……。


 設定資料集には確かに愛嬌たっぷりとは書かれていたが。


 とにかく、ミナリーを引きはがして起き上がる。魔法を教える前に確かめておきたい事があった。


「ミナリー、『ステータス』って言ってみてくれ」


「すてーたすぅ?」


 ミナリーは小動物のような仕草で小首を傾げる。どうやら目の前にステータス画面が現れることは無かったようだ。さすがにこれは主人公の特権か。


「それじゃあ、〈分析アナライズ〉」


 俺はミナリーの頭に手を置いて魔法を発動する。


『魔法〈分析アナライズ〉を習得しました』


 システム音声と同時に、俺の視界にミナリーのステータス画面が展開された。


 〈分析〉は自分以外のキャラクターやモンスターのステータスを確認する魔法。さて、この時点でのミナリーのステータスは如何ほどだろうか。


ミナリー・ポピンズ 

職業:村娘 

レベル:1(0/15)

HP:8/8 MP:20/20 

攻:1 防:1 速:1 魔攻:10 魔防:2 運:3

スキル:

・〈女神の祝福〉 ……毎秒HPを5回復

・〈MP回復(小)〉 ……毎秒MPを0.1回復

魔法:


「凄いな……」


 それ以外の感想が浮かばない。MPと魔攻が主人公の倍以上の数値。そして強力なスキルを2つも持ち合わせている。


 特に〈女神の祝福〉。


 これはそのキャラクターだけが持つユニークスキルだろう。


 こいつのせいで、ミナリーは死ぬことが出来なかった。モンスターの苗床にされ、精神も肉体も魔物に変異してもなお、生き続けなければならなかった。


 祝福という名の呪いだ、これは。


「レインくん、どうしたの……?」


 黙り込んだ俺を心配したのか、ミナリーが顔を覗き込んでくる。


 俺は何でもないと頭を振って、ミナリーの頭を撫でる。ミナリーは「えへへぇ~」と気持ち良さそうに目を細めた。


「よし、今から君に魔法を教えよう」


「まほうっ! よろしくおねがいしますっ!!」


「うむ。それじゃあまずは、簡単な――」


 攻撃魔法から、と言いかけて思いとどまる。


 ミナリーはまだ8歳の子供だ。子供に攻撃魔法を教えたらどんな事故が起こるかもわからない。


 まあ、ゲームだから大丈夫だとは思うんだが、『HES』はけっこう簡単に呆気なく登場キャラが死ぬゲームだ。慎重を期すに越したことはないだろう。


「まずは回復魔法からやってみよう」


 魔法は誰にでも使えるわけではなく、さらに言えば使える魔法の系統がキャラクターによって全然違う。


 火・水・風・土の基本四系統と、氷・雷・木など基本四系統から派生する魔法系統。光・闇という二つの独自系統。


 そして〈アナライズ〉などの無系統魔法がこの世界には存在している。


 例えば主人公レインは火・水・風・土の基本四系統と、無系統魔法を使うことができるが、他の派生系統や光・闇の独自系統を使うことができない。


 光系統に含まれる回復魔法は俺には使えない魔法だが、おそらくミナリーはその才能を持ち合わせている。


 でなければ、〈オークマザー〉が光系統の魔法をぶっ放して来たことの説明がつかない。


「ミナリー。もし俺が今、怪我をしていたらどう思う?」


「ふぇえっ!? レインくんケガしてるの!?」


「例えだよ。……けど、そうだな。ちょっと右手が痛いかな。怪我しちゃったかもしれない」


「ど、どうしよう!? いたいのいたいの、とんでけぇーってすればなおるかなぁ……?」


「試してみよう。ミナリー、俺の右手に手を添えて『痛いの痛いの飛んでいけ』と心の中で思いながら〈光の治癒ライト・ヒール〉って言うんだ」


「らいとひーる?」


「そう、〈光の治癒ライト・ヒール〉。怪我を治す魔法の言葉だよ」


「う、うんっ!」


 ミナリーは俺の右手をガシッと掴むと、ギュッと目を瞑る。


「いたいのいたいのとんでけぇーっ!」


 思いっきり口から出ているが、まあいい。問題はこの後だ。


「――〈光の治癒ライト・ヒール〉っ!!」


 淡いキラキラした光が、ミナリーの手から溢れ出して俺の右手を包み込んだ。温かくて綺麗な光だ。


 もし本当に怪我をしていたなら、傷はこの光に包まれて見る見るうちに消えていっただろう。


「ふわぁっ! な、なんかアタマのなかでこえがした!」


「『女神の声』だな。おめでとう、ミナリー。魔法が使えるようになった証だよ」


「まほうっ……! やったぁっ! ありがとう、レインくんっ! だいすきーっ!」


「おわぁっ!」


 俺はまたもミナリーに抱き着かれて押し倒された。まったく、困った幼馴染キャラだ。


 ……正規ルートでミナリーがオークに攫われるまであと2年。今この瞬間にも、あの惨劇にシーンが飛ぶかもしれない。


俺は無意識にミナリーの小さな体を抱きしめていた。


「レインくん……?」


「ミナリー。俺が必ず、君を守るよ」


 絶対にオークには奪わせない。この小さくて愛らしい少女を、何百回と繰り返したあの悲惨な運命から解き放ってみせると心に誓う。


「じゃあ、レインくんはわたしがまもってあげるね!」


 ミナリーは俺の上で体を起き上がらせると、屈託のない笑みを浮かべてそう言った。


「ありがとう、ミナリー。じゃあとりあえず俺の上から退いてくれ」


 ミナリーは8歳の小さな女の子なわけだが、俺も8歳の小さな男の子なので馬乗りにされると正直けっこう重いんだよな。


 女の子のほうが成長は早いみたいで、ミナリーのほうが俺より少しだけ背も高かったりする。


 朝ごはんが顔を出してしまいそうだ。


 …………いや、ちょっと待て。


 VRゲームなのに、重い……?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る