転生領主はカン違い野郎

おかゆ

第1話 始まりと終わりと始まり

「ファング様!マーヤ様!!」

「なんだあの光は!?」

「スタン様!!」


(ん…なんだ…?)


妙に周囲が騒がしい。


おかしいのはそれだけではない。


自分はここで何をしているのか、

そもそも自分は何者なのかも曖昧だ。


(思い出せ…俺は確か…)


ふわふわと漂う煙を捕まえるような、

それでいて、深く海に沈んでいくような。


少年はそんな捉えどころのない感覚で、

自らの記憶を手繰り寄せようとしていた。


パアアアアアアアア…


「そうか…俺は…」


光が徐々に弱くなり、やがて消える。


そこには、先ほどの少年がやや青白い顔でうつむき加減に直立していた。


「ス、スタン様…」


眼鏡の男が気遣いを見せながら近寄ってこようとしたが、少年はそれに構わない。いや、構うことができない。


「俺は父と…母を…失ったのだな…」


少年はようやく状況を把握したが、

彼を待っていたのは、絶望であった。


彼の足元に横たわる男女。


それが彼の父と母だった。



-------------------------------



時は少しさかのぼる。


スタンは領主である父と、その妻である母に連れられ、領内を視察していた。


領主は元来領主の館で執務仕事をするのだが、スタンの父、ファングは少々型破りだった。


「この町ぐらい見させてくれよ」


これがファングの口癖であった。


その日も気さくな領民の店で夕食をとり、帰路についた。


いつも通りの和やかな一日だった。

はずだった。


「スタン!!」


「いって!なにすんだこの…」


いきなり突き飛ばしてきた父に悪態をつきながら体を起こしたスタンが目にしたのは、胸から刃を生やした父と母の姿であった。


何者かに急襲されたのだ。


もちろん周囲には護衛の者も大勢いた。


いたのだが、襲われた。


しかもスタンの目の前で、胸を刃に貫かれて。


「父さん…?かあさ…」


「スタン。」


膝をついて呆然自失のスタンに対し、父は仰向けのまま、しかし強い目で呼びかけた。


「なんだよ…うそだろ…」


「スタン!!!」


「はいっ!!!」


我を失っているスタンを父ファングが叱咤し、混迷を極めていた周囲の護衛達も静まり返った。


「お前に…与える…すべてを…」


「なんだよ全てって!いらねえよ!

 いらねえから!

 父さんと母さんさえ

 いてくれれば!!」


「ふふ…こんな時…だけ素直に…なって…」


気付けば母マーヤがスタンの手を握っていた。

顔は真っ青だが、微笑を浮かべている。


「スタン。お前に…」


「いやだ!やめろ!俺は父さんたちと…」


「すまん」

「ごめんね」


ぱたっ。

ぱたっ。


ファングとマーヤの頭が、

手が地面に落ちる。


それはまるで、操り人形の糸が切れたかのようにぷっつりと。


生命の糸が切れてしまったことをスタンに知らせるには、その情報量は十分すぎた。



「うああああああああああ!!!!!!!!!」


パアアアアアアアアアアア


「なんだあの光は!スタン様!スタン様ー!!」


-------------------------------



「俺は父と…母を…失ったのだな…」


沈痛な面持ちのスタンだったが、この空気を変えたのは護衛の一人であった。


「スタン様、お詫びのしようもない状況でございますが、ひとまず退避しましょう。私どもの処遇は、その後で如何様にも。」


「そう…だな…帰るか…」


「御意。領主の館まで退却するぞ!」


こうしてスタンは、父と母を失い、失意のまま帰宅の途についたのであった。




この時彼を困惑させているのは、

それだけではなかったのだが。

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