第17話「儚い夢」

「痛そうだな」


「まあ、大丈夫だ」

 

 いつものように屋上でそよ風を浴びているのは一年Aクラスのロイとヤスケ。


 包帯を全身に巻き付けてきたロイだが、元気よく学校に登校してきた。

 クラスメイトには心配そうな目で見られていたが、「間違えて、屋敷の屋上から落っこちた」というわけのわからない言い訳をして放課後までクラスメイトからの心配の声に耐え抜いていたのだ。

 結局ロイの怪我の正体を見抜ける生徒は言い訳を真として捉えることしかできなかったのだ。


「んで、何があったんだよ」


「ま、こればかりは運が悪かったとしか言いようがない」


 ロイはヤスケに噴水広場で起こった爆発事件を説明する。

 普段助けてもらっているヤスケだからこそロイは噴水公園の出来事を説明したのだ。

 クラスメイトにも打ち明けなかった事実、それは彼らを巻き込んでしまうかもしれないということを考慮してのことだった。

 ジャッジ・マンでもなければ、魔力のプロでもない人物を巻き込んでしまうのはあまりにも危険な行為なのだから。


「う~ん、なんかボマーの手口とは違う見てえだな」


 ロイから聞いた話をヤスケなりに推理した結果、彼の中でも疑問符ができたようだ。


「モアさん、じゃなかったジャッジ・マンの人もそうやって言ったが何が違うんだ?」

 

 ボマーの性格はロイにはわからない。

 犯罪手口からボマーの人物像を特定できるかもしれないが、世間知らずなロイにとってみればヤスケの考察には興味深いものがある。


「ボマーは絶対に証拠を残さない、犯罪予告なんかもってのほかだ。 今回の噴水広場の爆破事件みたいにあえて目立つように噴水に磔柱を設置しないし、それにスキルではない、物質として存在する時限爆弾をくっつけたりはしない」


「そこが気になる点の一つだな。 俺が巻き込まれた爆発は魔力による攻撃だったのにも関わらず、噴水での爆発は物質によるもの。 ボマーがジャッジ・マンから逃げ続けられる実力を考慮すれば、魔力による爆弾を二つくっつけることもできるはずだろうからな」


 ボマーのスキルは爆発。

 なのでわざわざ爆弾を設置しなくとも、スキルによる爆弾を取り付けて同時に爆発を起こすことは可能。

 それをボマーはあえてしなかったのだろうか。

 だとしたら目的は何なのか。


「誘導、か?」


 ヤスケがぼそりと呟いた。


「誘導?」


「ジャッジ・マンをかく乱させるための誘導」


「わざわざ物質の爆弾を使う意味があるのか?」


「それこそが狙いだとしたら?」


「なるほどな……」


 ヤスケがいつになく真剣な顔でロイを見ていた。

 ボマーであれば、魔力で作った爆弾を二つ設置することも可能。

 それをしなかったのは何か理由があるのではないか。

 そうジャッジ・マンに思わせただけで、ボマーの作戦通りになっているということ。

 おそらく今ジャッジ・マンは慌ただしく事件の解決に注力している。

 これこそ噴水広場の二つの爆発の真意だということだ。


「そういやロイ、お前どうやってその人を助けたんだ?」

 

 噴水広場で起こった二つの爆破事件は、幸いにも怪我人はロイだけとなっている。

 噴水で起こった爆発は重厚な装備を着ていたジャッジ・マンが対応していたため怪我人はもちろんいないが、噴水広場の外れで起こったもう一つの爆発に怪我人がたった一人だけというのは奇跡としか言いようがない。

 そして唯一の怪我人であるロイは全身に包帯を巻いているが、このようにピンピンして生活を送っている。


「俺のスキルだよ。 おっと、さすがにこれ以上は企業秘密だ」


「それもそうだな、スキルの開示は自分を危険にする。 まあ、一人で抱え込みすぎるなよって言いてえんだ俺は」


「ああ、それはわかってる。 感謝してるよ」


 ヤスケはそれ以上事件の詳細を聞くことはしなかった。

 人にスキルを尋ねることはこの世界にとってのアンリトンルールとなっている。

 少しだけ、悔しそうにしたヤスケ。

 その表情を見ても、見ないふりをしたロイは空を見上げた。


「なんか嫌な予感がするな」


「予感ねえ。 それは言葉で表せられるのか?」


「それができねえんだよな。 まあヤスケも気を付けておいた方がいいかもしれねえぞ、俺の予感は結構当たる」


「そうしておく。 何やら最近物騒だしな」


* * *

 

「こんにち~、わ!?」


 扉を勢いよく開けるのはロイ恒例のイベント。

 しかしロイよりも先に扉を開け、出てきた人物がいた。

 ロイは開いたはずの扉が急になくなってしまっため、そのままその人物の胸へとダイブしてしまう。

 

「おっと」


 二つのふわっとした感覚に包まれながら、ロイは頭上から降ってきた声の主の顔を見上げた。

 そこにいたのは一年Aクラスの担任、ナルカ・カロテリア。

 ナルカは武器製造部の顧問を務めている、なのでこの扉から出てきても不思議ではない人物なのだ。


「あら、ロイ君。 怪我は、大丈夫そうじゃないわね。 武器製造部に何か用?」


 ぴょんっと後ろに飛んでナルカと距離を空けた。

 ナルカはロイが胸に飛び込んで来た恥ずかしがることはない。

 その事実に少しだけロイは落胆してしまった。

 もう少し大人に見られてみたいものだ、と。

 

「どうも、えっとシルフィさんって中にいます?」


「シルちゃん? シルちゃんなら中にいるけど、今話しかけても無駄かも」


 ナルカはとりあえず、ロイを中に通した。

 ナルカは他の用事があったため部室からはいなくなり、この部室にはシルフィとロイの二人だけになる。

 部室の机には大量の武器資料がちらばっており、その資料を眺めながら一人の少女が何かを描き続けていた。


 彼女こそ、ロイが探していた人物。

 シルフィ・ハステリア。

 丸い眼鏡をかけ、ロングヘアーのカールがかかった黒髪は透き通ったように綺麗だ。

 顔立ちも整っており、文学少女のような純朴さも感じる。


「シルフィさ~ん」


カキカキ


「シルちゃ~ん」


カキカキ


「シルフィ!」


「わっ!」


 いくら話かけても無駄だと思ったロイはシルフィの手を止めさせるため顔を資料の前に突き出す。


「ど、どなた?」


「俺はロイ・アルフレッド、ちょっとあなたに用があってきた」


「ロイ、君? あ~、確か入学式で寝てた子だ!」


「なんかそれ噂になってるの嫌だな」


 シルフィはそそくさと立ち上がり、机に散らばった資料を片付けたのちロイにお茶を差し出してくれた。

 

「これ全部シルフィ先輩が書いたの?」


「うん、まあ私これぐらいしか取り柄が無いから」


 あははと言いながら照れくさそうにしているシルフィ。


「いや、これは凄いことだよ」


 ロイは武器に関しては知識がない。

 それでもシルフィが書いた資料を見れば、彼女の知識の多さ、努力の結果が良くわかる。

 紙にぎっしりと事細かにメモが書かれており、専門家でなければ内容すらわからないだろう。


「これって、普通の武器じゃないよね?」


 ロイは持っている情報をかき集めた結果、これが一般的に出回っている武器ではないことだけはわかった。

 

「これはね、魔力がない人でも扱える武器だよ。 まだ、完成してはないんだけどね」


 魔力がない人でも使える武器。

 この研究は近年からされてきたものだが、今に至るまで完成はしていない。

 その原因は魔力が籠った石、通称魔力石の扱いが非常に難しいためである。

 魔力石はそれ自体に魔力があり、大変有用性のあるものだが加工がしにくいというネックを持っている。

 それさえできる技術があれば、魔力がない人でも使える武器は完成し市場にも出回ることだろう。


「魔力石は希少な鉱石だから、あんまり研究できないんだ。 だからこうやって紙に書いて机上の空論を並べることしかできないのが学園生の私が唯一できる研究なんだよ」


 いくら王立学園と言っても、たかが学生に魔力石をつぎ込めるほどの財力はない。

 シルフィがどんなに優秀な生徒であっても、たかが学園生に国自体が金を出すこともないし希少な魔力石を供給し続けることもない。


 学園生は世間からすれば優秀に当たり、一般人であれば贅沢な暮らしをしているのだろうと想像する。

 しかし、実情はただの学園生。

 王立学園の生徒というレッテルを貼られただけの子供。

 そういうふうにしか、国からは見られているということだ。


「それで、ロイ君は何の用事だったのかな?」


 恥ずかしくなったのか、シルフィは資料への注目から逸らすように話始めた。


「オーガ先輩のこと聞きに来た」


「…オーガ君の事?」


 ロイはお茶を飲み、じっとシルフィを見つめた。

 その目を見て、シルフィは視線を落とし表情を曇らせている様子。


「何にも話すことなんかないよ」


 まるで何か過去に合ったと言わんばかりの表情。

 ロイはその理由を知っている。

 ヤスケからオーガの過去を聞いているのだから。


「あんたら付き合ってたんでしょ?」


「ええ!? どうしてそれを!?」


 急に驚いた表情に変わり、あわあわとその辺をうろちょろしているシルフィ。

 

「まあ有名な話だよ」


「有名な話!?」


 ボンっと顔を赤らめた彼女は、恥ずかしそうに席に着いた。


「まあ、昔の話なんだけどね……」


「どうしてそんなにアツアツなカップルが別れちゃったんだ?」


 シルフィは思い出すように、部室に取り付けられた窓ガラスに目をやった。

 もう夕暮れ時。

 下校する学園生もまばらに見え、カップルもちらほら存在する。

 その姿を懐かしそうに見つめていたシルフィ。

 

「私はね、生まれつき魔力がないの」


 ロイは一目見た時からその事実に気づいている。

 生まれつき魔力がない、そんなことはロイにとってみればどうでもよいこと。


 しかし、世間には魔力がないものを卑下する人物もいることは確かなことだ。

 魔力を持つ者は、魔力がない者を軽蔑。

 魔力がない者は、魔力を持つ者に嫉妬する。

 そして質の悪いことに、魔力を持たない人物は圧倒的少数であるということだ。

 だからより、差別が激しくなり現代においても根強くその問題が残ってしまっている。


「輝きたかったんだ、魔力を持っている人と一緒に」


 シルフィは思い出すように言葉を紡いだ。

 輝きたい。

 誰かが言えば、笑われてもおかしくない言葉。

 学園生にもなって何を言っているんだと言われてもおかしくない。

 でも、シルフィの言葉から出た言葉は真実であり本心。

 その言葉にロイは笑うことも冷やかすこともしなかった。


「だからね、私の夢は魔力がない人でも使える武器を作ることなんだ」


 夢を追っている少女。

 その目は輝き、希望に満ちている。

 しかし、ロイの目にはどこか悲しさをはらんでいるようにも思えた。

 ロイは話の腰を折ることはせず、シルフィの言葉を待つ。


「そんな夢、笑えてこない?」


 微笑みながらロイを見たシルフィ。

 その目には少しだけ涙が溜まっていた。


 ロイは首を横に振るしかできなかった。

 夕日が彼女の顔に照らし、その顔が赤いのは恥ずかしさからの赤なのか、夕日による赤なのかはわからない。

 彼女の言葉でしか、彼女の気持ちを判断できないロイは歯がゆい気持ちとなった。

 

「ロイ君は優しいね、でも私の周りは魔力至上主義の人が多くてね、みんなにバカにされたの。 でもね、オーガ君が元いたパーティは私の夢を応援してくれたんだ」


 昔に比べたら減っているとは言え、未だに魔力至上主義の層はいることにはいる。

 差別というのはどこの場所でも、どんな世界でも起こりうる。

 少しでも自分の考えと離れた位置にある人物を遠ざけ、自分の考えを正当化する。

 もしかしたら自分がそうなっていた可能性もあるのにも関わらず。

 

「オーガ先輩と何かあったの?」


「私のせいだよ、私がオーガ君を助けられなかったんだ」


 へへっと笑うシルフィの目から涙が一滴零れた。

 心の底から笑っていない、微笑の仮面を被ったような表情。


 独りぼっちになってしまったシルフィに手を差し伸べたオーガ。

 彼がフラッグ・ゲームから降りて武器を作り続けている理由にはシルフィが関わっていることは間違いないと、ロイは確信した。

 

「ありがとう。 大体わかったよ」


 シルフィはきょとんとした様子だ。

 遠回りに話し、核心に近いことを話していないシルフィ。

 それでもロイはオーガとシルフィの異質で純粋な愛は伝わった。


「あ、そうだ一つだけ」


 シルフィは目を丸くして、ロイを見た。


「オーガ先輩を過去から救えるのはあんただけだよ、シルフィ先輩」

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