3-1 線路を走ってそれから

 それからプラチナはスターにかかえられてドミスボの次の駅に向かった。

 夜の冷たい空気の中を疾走するのは普通に寒く、途中で降ろしてもらい、エネルが鞄から取り出した毛布でぐるぐる巻きにされて、再びお姫様抱っこで運搬された。


 流石に二人と三人分の荷物を抱えて、長距離を跳躍するのは、スターでも疲労の色を隠せずにいた。

 自分が負担になっているのが嫌で、お姫様抱っこを解いて走る提案しようと思ったが、エネルは一向に喋らないし、スターも有無を言わせない表情をしていたためプラチナは言い出せず仕舞いだった。


 やがて次の駅がある街に到着した。

 タミヤの街は勿論、ドミスボより規模が小さく村と街の中間ぐらいだった。


 到着してすぐ、エネルの案内で宿を探した。宿の質よりも襲撃からの対応を迅速に行う事ができるのを第一に考えた。

 見つけて一泊の手続きをして部屋に入る。スターも一緒だった。

 エネルに指示されて部屋に備え付けられていたシャワーを浴びて就寝する事になった。スターは寝ずに見張りをすると言った。

 プラチナは交代で起きてればいいと意見を出したが、エネルもスター側に回りニ対一で押し切られた。


 プラチナはベッドに入り込み横目でスターとエネルを見た。盾手裏剣は室内にスターがいるため最小限の設置となっている。

 暗い室内を薄緑の淡い光が二人を照らす。今は月の光が分厚い雲に遮られているから、盾手裏剣だけの光源ではその表情は読み取れなかった。


(あんな理不尽な事があるなんて……二人は今何を考えているんだろう)


 あの時の夫を亡くしたアンナの嘆きが頭に浮かぶ。スターとエネルの呆気にとられた顔も浮かぶ。


 しかし身体は正直だった。今日だけで呪文教とコミタバを経験したのだ。慣れない状況下に置かれ疲れた身体は、シャワーを浴びたさっぱり感と、ベッドの柔らかさに抵抗する事を諦めてしまっていた。


 起きてようと思っても瞼が徐々に重くなっていく。

 プラチナは何とか踏ん張ろうとしたが、すぐにその意識は闇の中に溶けていった。



○○○



「プラチナ、起きてプラチナ」


 翌朝、エネル肩を揺らされてプラチナは目を覚ました。部屋の窓から陽の光が差し込み明るく照らす。

 外の往来からがやがやと人の喧騒が聞こえている。夜明けではなく、太陽はとっくに登りきっていた。


 プラチナは慌てて起き上がり、半覚醒の頭を動かし周囲を見渡した。自分を起こしてくれたエネルと、壁に寄りかかって腕を組んで目を閉じているスターが視界に映った。


「よく寝れた? プラチナ?」

「う、うん……」


 エネルの声色は優しく、まるで昨夜の出来事が夢のように思えるくらいには、元の快活な調子に戻っていた。

 しかしスターの疲弊感ある顔で現実を実感する。呪文教もコミタバも、エネルが言う想像を絶する人間は存在するのだ。


「さ、プラチナ。出発の準備をして。遅い朝食は汽車の中で済ませるから」

「でもスターとエネルちゃんは一睡もしてなくて……」


 目を開けてエネルの横に立っていたスターが言った。


「俺は問題ない。汽車の中で寝る事にしたから」

「わらわもノー問題。そもそも剣だし睡眠なんていらないよ。昨日だって寝ずに見張りしてたし」

「……うん、分かった」


 今は言う事を聞いて少しでも早く汽車に乗って、二人に休息してもらった方がいい。プラチナはそう考えてベッドから起き出した。



 出発の準備を済ませてすぐに宿を出た。途中サンドイッチなどの軽食を適当な出店で購入して駅に向かう。

 イビスへと向かう列車は、プラチナが見た事がない超豪華列車だった。

 一つの車両を三つに分けたとても広いコンパートメント。列車の個室。

 ソファに冷蔵庫、床には高級そうな赤ワイン色のマット、日中なのに柔らかい光で室内を照らす電灯が三人を出迎えた。


 スターは縦手裏剣を設置して、暫く警戒していたがようやく眠りに付いた。ソファに深く腰掛けて発現した剣を手にしたまま静かに寝息を立てている。


「やっと一息ってところかな」

「うん、そうだね」


 エネルは鞄から毛布を取り出してスター掛けた。その言葉にプラチナは同調した。


「さ、朝ご飯食べよっか」


 ほっと一安心したエネルが言った。


 買ってきた軽食をエネルと食べる。自分を剣だと自称している少女が食事をしている。今更ながらその姿は不思議な光景だった。

 エネルは人間でない以上、口に入れた食物はどうなるのだろうか。プラチナはそれを聞こうと思ったがやめた。

 エネルは何やら考えて事をしているらしく、食の進みは遅かった。プラチナは首を傾げた。


「エネルちゃん、どうかしたの?」

「んー、やっぱりデイパーマーの意図が気になってね……」


 エネルはそう言って、水筒のお茶を飲んだ。


 ドミスボの住民の怒りと憎しみ。その元凶となったデイパーマー。呪文という概念の別の側面を見せつけてきたコミタバの人間。

 エネル曰く太陽の騎士団は、コミタバと五年ほど戦ってきた。同一体の発現のように凶悪な呪文を使う集団と。それは自分では想像が付かないほど過酷なものだったのだろう。


「あ、そうそう言い忘れてた」


 エネルが言った。


「プラチナが寝てる間に太陽の騎士団に連絡したけど、テッカ・バウアーなんて団員は存在しないって言ってたよ」

「……そっか」


 今一番聞きたくない名前を出され、プラチナは気分を害してしまった。

 タミヤの街で出会った時の明るい感じが頭に浮かぶだけでムカムカしてくる。真偽は不明だが、テッカが死者との対話を唆したせいでこっちは酷い目にあったのだ。文句の一つでも言ってやりたいくらいだ。いや、やっぱり会いたくない。


「……」


 食事で出たゴミをひとまとめにする。

 アルマンは今どうしているだろうか。書き置きを残したが、心配していると思う。早く帰って安心させてやりた……。


「あれ?」

「どしたの、プラチナ?」


 プラチナは結局聞けなかった事を今思い出した。

 ドミスボでエネルが目を泳がせて言葉を濁したあれ。イビスまで送り届けてもらって、それでお別れの話。

 あれは一体何だったのだろう。プラチナはエネルに質問した。


「エネルちゃん、ドミスボで言ってたやつ教えて」

「ドミスボ? 何かあったっけ?」

「これからも頼ってね、のやつ」

「ぶふっ!」


 虚を突かれエネルは食べていたおにぎりを吹き出しそうになった。気管に入ったのか咽せて何度も咳き込んでいる。

 またお茶を飲んで落ち着いてから言った。


「黙秘権は……?」

「駄目」

「そ、即答……」


 おそらくアルマンの事だろう。それならばプラチナは譲る気はなかった。どうしても聞きたい。

 エネルは腕を組んで唸り考え込んでいる。そこまで迷う事柄だったのか。

 少ししてエネルは口を開いた。


「ごめん! やっぱ秘密!」


 目を閉じて両手を合わせて謝罪の意を示される。スターが身じろぎした後、コンパートメント内に沈黙が流れた。プラチナが先に言葉を発するより手を解いたエネルが続けた。


「わらわやスターが言うより、アルマンがプラチナに直接伝えた方がいいと思う。だからごめん」

「アルマンが……?」

「うん」


 エネルが頷いた。


「でも一つだけ言えるのがあるとすれば……アルマンは凄い人で、本当にプラチナを愛しているって事くらいかな」

「エネルちゃん、それ二つじゃ」

「あ、いやわらわ剣だし」

「ゴリ押し……」


 アルマンを褒められてプラチナは聞き出すのをやめた。

 エネルの表情から緊急性は無さそうだった。このまま汽車に乗ってイビスへ戻れば分かる事だ。それからアルマンに教えてもらえばいい。


 その後は、今夜泊まる宿がある駅まで適当に時間を潰した。

 エネルとトランプで遊んだり、本を読んだり窓の景色を眺めたり。高級ソファでうたた寝したり、エネルの教えの元、スケッチブックに寝てるスターの似顔絵を描いたりもした。

 そして次の日、ようやくイビスへと到着する。

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