第四十四話 悪女はパーティーでも騒動を巻き起こす

 アルトは単身で帝国に渡り、兵士に扮して城に忍び込んで私を救出するつもりだったという。

 その中で私と皇太子が決闘するという情報を聞きつけて急いで闘技場へ。と言っても、闘技場は城内にあったからすぐに来れたらしい。そして今に至るというわけだった。


 本当はものすごく心細かった。

 帝国で一人。帰れるかどうかもわからず、決闘で死ぬ可能性すらあった。

 だから私は、彼がこうして迎えに来てくれたことが嬉しくてたまらない。


「……王国ではもうすぐ戦勝を祝うためのパーティーが開かれるんだ。せっかくのお祝いだ、主役がいないと困るだろう。皆が待ってるよ」


「そうでしたね。すっかり忘れていました。では手早くあの皇太子に契約書を書かせるとしましょう」


「それで、木刀を口に咥えた……彼女は、どうするつもりなんだい」


「もちろん死なせはしませんよ。彼女のために手を汚す必要もありませんし」


 散々嫌な思いをさせられた元凶でもあるから恨みがないわけではないけれど、充分苦しみは味わっただろうしもういいかと思い、私は木刀を引き抜く。


「あがっがっ!? うが、がふ」


 そしてやっと解放されたフロー元公爵令嬢は苦しそうに息を繰り返した後、やがて気絶した。


「後は皇太子に正式な契約書を書かせるだけですね」


「もしも契約を破棄されたら?」


 アルトの苦笑い混じりの質問に私は悪い笑みを浮かべ、迷いなく答える。


「――その時はその時ですよ」


 もちろんその時が来ないことを祈るばかりではあるが。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 それから大急ぎでインフェ王国に向かって馬車――アルトが帝国に来る時にアロッタ公爵家の馬車をそのまま使っていたらしい――を走らせたのだが、王国入りするまでに丸一日かかってしまった。

 そしてアルトと別れ、さらにアロッタ公爵領に行くまでに一日弱。パーティーのためにおめかしし、祝賀パーティーへ向かって出発し……と目まぐるしく時間が過ぎていく。


 かと思えば私の前に王家の馬車が現れ、城へ招待させてほしいと言われ。

 再度元第二王子、今は王太子となった彼に帝国であったことの一部始終を説明。皇太子に書かせた契約書を手渡すことで要件は終了した。


「あなたはすごい人だ。王家に迎え入れられないことが本当に残念だ」


「お褒めに預かり光栄です。ではパーティーがあるので失礼いたします」


 そのまま彼の部屋を退出し、パーティー会場へ直行。

 開始から少し遅れてしまったが、悪女ならぬ戦勝の女神エメリィ・アロッタ登場となった。


 さて、アルトは一体どこにいるだろうか。

 エスコートをしてもらおうと考えアルトを探して視線を巡らせていると、こちらへ足早に駆け寄って来る人影が。そのうち一人は養女であるジェシー・アロッタ女公爵だった。


「お養母かあ様、連れ去られたと聞いたのでずっと心配していたのよ!」

「あら、ありがとうございます。私はこの通り無事ですよ。もっとも殴る蹴るの暴行を受けましたがこうしてドレスで隠せる範囲ですしすぐ治るでしょう」

「……まったく」


 呆れを隠そうともしないジェシー。その隣には、仲良さげな異性が一人。

 その人物がきっと彼女の婚約者なのだろう。


「これ以上立ち話しては彼に悪いですよ。私のことは構わなくていいですから」

「そうね。お養母かあ様……いいえ、戦勝の女神様もぜひ今夜のパーティーをお楽しみになるとよろしいわ」

「もちろんそうさせていただきますとも」


 今度こそアルトを探すことができる……と思いきや、話し終えるや否や私は若い男性の集団に取り囲まれた。


(どうやら人気者になり過ぎたようです)


 第五王子デュランを筆頭にした三十人以上の彼らは、皆が皆「貴女をエスコートする名誉を」と言って来るのだから大変だ。

 そのほとんどが私が悪女だと知っているどころか過去には後ろ指を差していただろうに、少し功績を立てただけですぐ掌を返すのだから嫌だ。もちろん私の答えは決まっていた。


「申し訳ありませんがお断りします」


「どうしてですか。ワタシの何に不足があると? ワタシは王子ですよ。公爵などよりよほど身分が高い」


「私、もう想いを決めた方がおりますの。いくら第五王子殿下でも、彼の魅力には敵いません」


「ならぼくは!?」「婚約を」「アロッタ未亡人!」「あなたは美しい」「清く正しい貴殿ならば俺の素晴らしさをわかってくれるでしょう」「どこの誰なんだ。ワタシより貴女の婚約者に相応しい男などいるはずがないッ!」


 もはや大騒動である。

 令嬢たちは白い目で見ているし、まだ婚約者のいる令息だけではなく一眼で中年とわかる紳士まで騒がしさに釣られてゾロゾロと集まって来てしまった。

 もしも第二王子ヘイドリックが「祝賀パーティーの演説をしていただきたいので」と言って呼びにこなかったとしたらどうなっていたのか、考えただけでも恐ろしい。


 いくら初恋を叶えるためとはいえ少しやり過ぎたかも知れない。

 どんどん尾鰭がついて美化されるのも困るなと思った私なのであった。

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