勇者体質

第3話 遊佐紀リンは遭難をする

 異世界メリシア。

 私――遊佐紀リンがやってきた世界の名前らしい。

 そして、私はその異世界メリシアに来て、絶賛遭難中です!


「普通、遭難するなら森とか山とか無人島でしょ……なんで草原で遭難してるの……私」


 歩けど歩けど地平線しか見えない大草原。

 ちなみに、靴は学校の上履きではなく、革靴に変わっていて服も学校の制服ではなく、たぶんこの世界の一般的なデザインのものと思われる赤を基調とした布の服に変わっていた。

 ゲームのシステムの一つ、メニュー画面から地図を確認することができるんだけど、どうも、一度行った場所とその周辺しかわからないらしく、ほとんど真っ白の状態の地図しか見ることができなかった。

 近くの町の場所もわからない。


 私が女神アイリス様から貰った能力は一つではない。


 開発する能力!

 これを使って車を作れば――って、開発をするには素材が必要。

 素材を集めるためには、魔物を倒せる人に寄生して素材を集めて貰う必要があるが、そもそも、寄生相手どころか周囲に誰もいない。

 最後の能力がコンシェルジュ!


 そう、コンシェルジュさんさえいてくれたら、きっと今すぐ近くの町まで私を運んでくれて、宿の手配をしてくれて、美味しいレストランを予約してくれるはず!


 でも、そのコンシェルジュさんがまだ現れない。

 アイリス様、少し時間がかかるって言ってたもんな。


「はぁ……早く美味しいご飯のある町に行きたい。スタバのニューヨークチーズケーキが食べたい。お風呂に入りたい。温かいベッドで寝たい」


 とぼとぼと歩いていると、何かがこっちに近付いてくる。

 人間ではない。

 巨大なイノシシだった。

 明らかに目つきが悪い。

 さて、ここで野生の猪に出会ったときの対処法について思い出す。

 野生のイノシシは警戒心が強く臆病なため、こちらから変な動きをしなければ向こうから逃げ出してくれる。

 しかし、興奮状態の場合は攻撃的になる。

 うん、鼻息が荒くて興奮状態なのは間違いないね。

 だったら、その場合は背中を見せずゆっくりと後退したほうがいい。

 急に動くとイノシシがビックリして襲って来るかもしれないから。

 頭ではわかっているが――


「キャァァァァァっ!」


 私はイノシシに背中を向けて、全速力で大声を上げて叫んで逃げていた。

 やってはいけないことのオンパレードをしている気がするけれど、気が動転していてそれどころではなかった。

 イノシシは興奮して追いかけてくるけれど、私が叫ぶ前にこっちに向かって走ってきていた。

 ていうか、あれ、本当にイノシシなの!?

 瞳は血に飢えた感じで、角がものすごく大きくて口からは肉食獣みたいな牙が見えてるんだけど。

 全速力で走っているけれど、イノシシは力強い脚で大地を蹴りだんだんと距離が詰まってくる。

 え? 私このままイノシシに食べられるの?

 異世界に来てまだ三時間くらいしか経ってないのに?

 そんなのイヤ!


「助けてアイリス様!」


 返事がない。

 安全な場所に送ってくれるって言ったのに!

 だったら――


「助けてコンシェルジュさんっ!」


 と私が叫んだとき、近くの岩陰から誰が飛び出したのが見えた。

 その人は私とすれ違い、イノシシの方に向かっていく。


「え?」


 金属がぶつかる音が草原に響く。

 振り返ると、彼女は大きな剣を使って突進するイノシシの角を正面から受け止めていた。

 イノシシが咆哮を上げるが、突然現れた人物は何も言わずに剣を振り上げてイノシシの牙をはじき返すと、そのまま剣を振り下ろした。

 血は出ていない。

 まるで鈍器で殴られて脳震盪を起こしたのか、イノシシはふらふらと横に動き、倒れて動かなくなる。

 その人は倒れたイノシシの背後に回り、返り血を浴びないように首の血管を切り裂いた。

 そこで私はようやく助けてくれたのが大学生くらいの年齢の青髪に白い肌のお姉さんの顔が見えた。

 安心したせいで、私は思わず腰を抜かしてその場に尻もちをついてしまった。

 彼女は私を見て首をかしげる。


「子どもがこんなところで何をしてるんだ?」

「もしかして、コンシェルジュさんですか?」

「こんしぇる? ええと、私は冒険者のエミーリアっていうんだ。近くの村に向かう途中なんだが――」

「え? 冒険者の方でしたか」


 コンシェルジュさんじゃなかったみたい。

 冒険者って、探検家みたいなものかな?

 確かに、動きやすそうな服装をしている。

 左腕には包帯が巻いてあるが、怪我をしているのだろうか?


「私はリンっていいます。えっと、何をしてるのかでしたね? 遭難してました!」

「遭難って――こんな場所で?」

「はい! 助けてくださいっ!」


 私はエミーリアさんに縋りつくように言った。


「よくわからないが、近くの村まで案内しよう」

「ありがとうございます!」


 エミーリアさんがそう言って、手を差し出してくれたので私はその手を握って立ち上がる。


【エミーリアを寄生対象に設定しました。以後、メニュー画面より変更が可能です】


 突然、変な声が響く。


「あっ!」

「どうした? 腰を痛めたか?」

「いえ、なんでもないです」


 寄生の能力が発生してしまったようだ。

 アイリス様が言うには寄生されてもデメリットはないそうだし、別にいいよね?

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